第3話 おっさん賢者が禁術で街を救いにいく件

 ロークは駆け出した。

 しかしすぐに足に来る。


(毎日……歩いているのに……走ったりしとくべきだったな)


 ぶわっと熱風が襲い掛かってくる。

 街は炎上していた。

 あちらこちらの小屋から炎が巻き起こり、阿鼻叫喚の巷だ。

 

 人々が逃げまどい、武器を持っているものはばらばらと魔物と戦っている。


(くそ! 老眼気味であんまり見えないな……こんな時司祭のリンナの法術があればな)


 ロッテンブルクの街は外壁は石壁だが魔王も去って長い。

 とっくにまともな防備は失われている。


 人々の家は木製だ。魔物の炎や魔術で簡単に炎上する。


 走り抜けていく途中であちらこちらに人が斃れているのが見えた。


 街の広場に近付くとあちらこちらからぬっと巨体が現れた。

 一つ目、身長は2.2mほどだろうか。隆々とした体格の半巨人グライアイだが実は雌だ。

 ぼろぼろの布をまとっている。帆布か何かだろうか。


 半巨人グライアイの背後からは黒煙が立ち上っていた。

 どうやら街の中心部から南側にかけては完全に炎上しているようだ。

 

 半巨人グライアイは手には乱雑にちぎったかのようなこん棒を携えている。

 並みの人間なら一撃で吹っ飛ぶ。


 ロークはふと魔力を強化する杖も何もなく、灰色の麻のローブに素手という服装に不安を覚えた。

 魔王討伐の旅をしていたころの装備も何もない。

 

 実はロークは普通の魔術はかえって苦手だ。 

 普通の魔術は初級の冒険者でも扱える火の攻撃魔術くらいしか持っていない。


 半巨人グライアイの一つ目がぎょろりと動きこちらを見据えた。

 濁ったような目には知性は感じられない。すぐに襲い掛かってくるだろう。


 ロークは周囲を見回した。

 冒険者らしき装備の人間が何人か倒れ伏している。

 武器が散乱しているが、革のアーマーがひしゃげた戦士や兵士らしき服装の者たちだ。

 

 人々は魔物の攻撃に逃げまどいロークに注意を払う様子はない。

 彼は覚悟を決めた。


 精神を集中する。自らを中心に魔法陣を展開する。

 黒い魔素マナが沸き起こり、魔法陣にそって煌めいた。黒ダイヤモンドのようなその昏い混沌とした輝きは普通の魔術ではない。


 熱風と雨が同時に叩きつけてくる。

 雨でも火が衰えないのはおそらく龍系統の魔物の攻撃によるものだ。

 その中でロークは朗々と術を口の中で唱えた。

 

 半巨人グライアイがその様子に一瞬ひるむ。

 そして半巨人グライアイがひるんでいる隙に鋼の武器が彼女の脇腹に差し込まれた。


「グガ……!」

 その鋼の武器を差し込んだのはひしゃげた革鎧を着こんだ戦士の死体だった。

 

 ロークがさらに精神を集中するとそのあたりから冒険者の死体が立ち上がり半巨人グライアイに剣を振るった。

 

「きゃあああーーー!」

 切り裂くような悲鳴。

 ロークは振り向かずともわかった。

 その声は酒場のサーシャだ。

 魔物に襲われたような悲鳴ではない。

 明らかに恐怖、困惑、畏怖が入り混じっていた。


 ロークから発した僅かに輝く黒いオーラはさらに広がり、そこら中の死体が起き上がった。

 素手で、あるいは棍棒で、冒険者なら何らかの武器を。

 その死体の群れは半巨人グライアイをよってたかって斬殺した。

 続いて散ってそのあたりにいる魔物に襲い掛かる。


 半巨人グライアイや龍族の魔物たちは明らかにぎょっとしたようだった。

 その上倒した半巨人グライアイも立ち上がり別の魔物に襲い掛かった。


 ロークは頬を雨に撃たれながら精神を集中した。

 同時に操れるのは人間サイズなら27人くらいまでだ。


 しかしロークの操る死人は攻撃されても、身が少々欠けても動けなくなるまで敵にくらいつく。

 魔物たちは完全に恐慌をきたしていた。倒れた魔物がさらに襲い掛かってくるのだ。

 空中の龍族の魔物がつんざくような奇声をあげた。

 

 その声を聴いた魔物たちが一斉に戦闘をとめて逃げ始めた。

 火をつける者がいなくなったのでこの雨で炎上もやがて止まるだろう。


 ロークはふっとため息をついた。

 黒く煌めくオーラは消え失せ、操っていた死体たちが一斉に崩れ落ちる。

 

「大丈夫か……」

 ロークは背後で震えているサーシャに声をかけた。

 彼女は蒼白な表情で焦点が定まっていなかった。

 ロークは彼女の肩に手をかけてぶつぶつと初級の法術を展開した。

 それがきっかけとなり彼女は生気を取り戻した。

 しかし彼女はゆっくりとロークの目を見つめると、恐怖の叫び声をあげた。

 

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