2.ロックン★チャンス
花咲マイカ。二十一歳。趣味ロックンロール。
現在私はギターケースを脇に抱えて、図書館の中にいます。
あの日、私はいつも通りの場所でイツメンと路上ライブでパリピっていた。騒いで飲んで、いつのまにか寝ていて。起きたらこのでかすぎる図書館の中にいた。
謎のロボットが管理するこの場所では私語厳禁のようで、誰かに道を聞こうとしたときに注意された。機械に訊こうにも私はこう言った機械全般を良く知らない。知らない方がロックだって誰かが言っていたから。
とりあえず、探索して分かったことは。ここの住人はここで寝てここで食事をとって、ここで生活しているということ。大半を読書に費やし、一言も発さずに不気味に生きている。
三日間。三日間私はここで生活している。夜にそこらへんで寝ているとロボットに誘導されて個室に案内される。腹が減っているとそこで食べ物がもらえたりもする。
だから、そこまで厳しくはない。でも、でも……。
『ロックンロールしたい!』
私は、我慢の境地に達して思うようになった。この静かな死んだ世界に足りないものは音楽だと。つまり、ロックンロールのチャンスなのだ。私の音楽で読書ゾンビどもの魂を開放するんだ。
『ヘイ、マイカ! ロックンロールに大切なものって何か知っているか?』
『ロンソン、急にどうしたの?』
『いいから。君の意見が聞きたいんだ』
ある日、でかいハコに私たちのバンドが招待された時があった。その際たまたまお忍びで来ていた巷で噂の男、ロンソン。出番が終わって、音楽を聴きながらお酒を飲んでいた私に彼は話しかけてきたのだ。
『自分かな? 自分のロックンロールはこれだというものを持つこと。それをみんなにぶつけるのが私にとっての快感だから』
『クレイジー』と言ってロンソンは笑った。彼のおすすめのお酒を奢ってくれたあたり、私の回答は彼を満足させたようだ。
『僕はね、優しさだと思うんだ。尖った優しさ』
『尖った優しさ?』
『傷つけてなおその人を変えてあげようとする優しさ。獅子が我が子を谷に突き落とすような。暴力的な優しさだよ』
『あんたの方がよっぽどクレイジーね』
『だったら、今度は君のおすすめを教えてくれ』
『いいよ、若者らしくとびっきり甘い奴だから。おっさんの口には合わないかもだけどね』
『構わない、自分を押し付けるのが君のロックンロールなんだろ?』
私と彼は朝になるまで語り合った。有意義だった。自分を押し付けることを快感にしている私は、よく自分自身を失ってしまう。歌を歌ってギターを弾いて、客を魅了することで自分をまた見つけていく。
ツギハギな私の心が少しだけ固まった夜だった。
問題は何時やるかだ。ここは四六時中ロボット蔓延る場所。何度も捕まった私は奴らの連携と力強さを知っている。
壁につけられている電光掲示板には本のコマーシャル意外にこの施設でのルールーもよく流れる。もちろん無音だ。
どうやら、レベル1は注意。レベル2は数日間の個室監禁、レベル3は追い出されるとのことだ。
ルールーは色々あったが、騒がないは大原則。罰の重さによってレベル2の監禁時間は多くなる。ギターなんか鳴らしたら、一発で没収もあり得る。
でも私は、ケースからギターを取り出して、高らかに弾き始める。そして、大声で叫んだ。
「私は今すぐロックンロールしたいんだよ!」
悩んでいるならロックンロール、三度の飯よりロックンロール、何が何でもロックンロール。私はそんな女だ!
結果、見事に捕まった。流石にはしゃぎ過ぎたみたいで即監禁。ギターは奪われなかった。そもそも、あのオンボロたちは楽器を知らないようだった。音の原因は全部私だと認識しているみたい。
ここは個室で、私はギターを持っている。
つまり、ロックンロールだ!
私は弾き語った。狭い密室の中で、知っている曲を何度も。それは誰かのためじゃなくて私のため。我慢していたものを吐き出すため。私はどこにいようが、どうなろうがこれしかないのだ。私を見つけるためにはこれしかない。
音楽は鏡だ。
そして、私はふとロンソンの言葉を思い出した。
『僕は、優しさだと思うんだ。尖った優しさ』
獅子が我が子を谷に突き落とす。と彼は言った。そうか、私が獅子じゃないんだ。私が落とされる側なんだ。自らを陥れてなお輝く。まさにロックンロールじゃん!
私は声を荒げて歌った。個室は防音機能があるのだろうか? どれだけ歌ってもロボットが来ることはなかった。
『マナミー。どうだった?』
『うん、良かったよ。マイカは、本当にギター上手いよね』
『そう思っているならさ、本読むのやめてよ』
『本を読む邪魔にならないくらいいい演奏なんだよ。だから、これは私なりの評価表現』
高校生の頃だ。
私が音楽に目覚めたのが中学生で、高校になったらバンドとか組もうとか考えていたけど、周りには音楽が好きでも楽器が好きな人はいなかった。
私の熱についていけない人ばかりだったけど、マナミは私に付き合ってくれた。読書好きで無口な彼女と、音楽好きで歌うのが好きな私は正反対のようで、それでいて見事にはまっていた。
『でもさー、いったい何だろうね。音楽よりも本が好きなマナミは私のロックンロールをわかってくれるのに、他の人たちはわかってくれない』
『マイカの音楽は自己顕示欲の塊みたいな感がするからね。よっぽどモノ好きじゃないと耳には入れたくないんじゃない?』
『なにそれ? じゃあ、何でマナミは聞いてくれているの?』
『見ての通りモノ好きだからだよ。もっと多くの人に訊いて欲しいならしっかりと、誰かに向けた音楽じゃないと。私はそういうのが嫌いなだけ。独りよがりを好む正真正銘のモノ好きなのよ』
『小説もそんなもんだしね』といって、彼女は本を閉じた。
自分のために歌う、誰かのために歌う。どっちの方がロックンロールなんだろうか? 悩んだ私はひとまず歌う。
マナミはずっと私の歌を聞きながら本を読む。
そんな関係は大学に入っても少し経つまで続いた。マナミは大学に行かずに就職して忙しくなった。私もバンドをやっと組めたせいで会う機会がどんどん減っていった。
最後にあった冬の日も、彼女は読書をしながら私の歌を聞いた。
『マイカは変わらないね。変わらないけどドンドンすごくなっている。私って音楽とか未だに分からないままだけど。多分、マイカはとってもロックなんだと思うよ』
そう、彼女は笑ってくれたんだ。
三日間くらいで私は解放された。次歌ったら、また監禁なのだろうか。それとも追放か? 意外と短かったから、注意という名目での監禁だったのかもしれない。
三日間のロックンロールで今はいたって冷静だ。少し考えながら次は行動しよう。
図書館の中を歩きながらそこで暮らす人々を観察する。死んだように無言でうろうろして、流れるように本を手に取って机につく。一体、そんな風に知識を手に入れてどうするというのだろうか?
気になって、私も本を手に取ってみた。私の知らない言語で書かれていた。
あれ? と思い、電工掲示板の方に向かう。なんと、この前は日本語だったのに目の前にはさっきのほんと似たような言語でコマーシャルやルールが流れている。
多分、ここはその言語の人用なのだろう。
ということはこの図書館には様々な言語、様々な人間が同じルールの下で暮らしているということだ。
ロックンロール鳥肌が全身に浮き上がり、魂が震えた。
ここのゾンビどもに私の音楽を聴いて欲しい。
でも、勢いに任せて歌っても前回の二の前。次はないかもしれない現状、デカいことをやりたいなら少しは考える必要がある。とりあえず、一曲邪魔されずに大勢の人に訊いてもらう。これを目的としようかな。
そういうわけでまずは、暮らす人々の観察。うろついていたら、案外近くに日本語区域があった。でも、言語が違うだけで人々の動きは変わりない。這いまわって本を手に取ったら、席について読書。昼になれば食いに行ってまた這いまわる。夜になれば個室に入って睡眠。
どうやら、個室は入れるところに自由に入るシステムのようで自分の部屋という概念がないようだった。個室に敷かれたマットの上で横になってマナミが言っていたことを思い出す。
『本を読む邪魔にならないくらいいい演奏なんだよ』
あくまで私は私のために歌う。でも、聞いてくれる人がいないと成立しないというもどかしさ。
私が目指すのは邪魔しない音楽だ。
路上でライブをやっている時も、誰かの日常を変えるためにやっているわけじゃい。日常の中で何となく私の声を聴いて欲しい。聞くこと以外を皆に求めていない。
ここでもそうだ。私はゾンビだの言っているが、決して彼らを否定したいわけじゃない。ただ、ここは私が歌う場所として最高の場所というだけだ。マナミのお陰でこの場所でなら思いっきり自分のために歌えそうだから。
次の日、昨晩色々と考えたせいでロックンロールしたくてたまらなくなっていた。そして、私はある簡単な答えにたどり着く。
――本棚の上で歌おう!
『ストップ、ストーップ! もう、マイカ! あんたそろそろ周りに合わせなさいよ。舞台は路上だけじゃなくなったの。恥をかくのはあんただけじゃないんだから!』
『まぁまぁ、姐さん。落ち着いて。マイカちゃんの暴走は俺らのアイデンティティみたいなものでしょ? 彼女が輝けば輝くほど俺らも輝く』
『で、でも。今日は流石に元気すぎるよ……。明日は久々に路上でするんだから、原点回帰。前みたいについて行ける程度にしてもらわないと』
姐さんことドラムとリーダー担当アカネ。ベース担当のタクヤ。ギター担当のキョウスケ。彼らはいつも練習をすぐにストップさせては話し合いを始める。議題は大体私だ。
『ごめん。でも、私のロックンロールは変えられないから。できる限りで頑張るね』
そんな曖昧なことを言ったら、だいたい皆ため息ついて『しょうがねーなー』なんて言ってまた再開する。すると、息がぴったり合って皆『やればできるじゃねーか』と私を叩く。
でも、私は何も変えてない。言葉だけで、後は好きかってやって、皆が合わせてくれる。できたのは皆の方なのに。
『なんで、私達こんなに続いているんだろうね?』
打ち上げの時に一回、どうしても不安になってそう言ってしまったことがある。とはいっても半年しか活動してなかったけど。
でもその時、記し合わせたようにメンバーたちが口をそろえて言ってくれた。
『お前(あんた)が好きだからだよ』
私は、何年たってもこのメンバーと演奏していたいなと思った。酒のせいで元々赤くなっていた頬を指さして『照れんなよー』と突いてくる彼らとのこの時間をずっと大切にしたかった。
ロボットたちはローラーで動いているようだった。ウィーンなんて音はせず静かに動くけど、動きはローラー。つまり、彼らは登れない。ここには階段がなくエレベーターだけだ。本棚の上に上がって歌えば彼らは何もできない。
私は早速本棚の上に上った。私の行動を冷たい目で見る人がほとんどだ。ここの住人の中でそんなことをする者はいないのだろう。すぐにロボットがやってくる。でも、彼らは静かだ。ロボットが通常の見回りから離れて誰か一人を凝視する。それがここでの警告なのだろう。
邪魔はされない。最高の場所だ。
本棚に腰を下ろして、ギターを弾く。次々にロボットが寄ってきて、それにつられて人々も興味の目をこちらに向けてきた。
後ろや横に仲間がいない寂しさはあるけど、それもまた一興だ。友達に聞かせるわけでもなく、すごい奴との出会いもない。
私は私のために歌っているけど孤独なわけじゃなかった。でも、今は孤独。
静かな中で放った音はどこまでも飛んで行ってなかなか帰ってこない。かなり緊張している。
でも、それは歌い始めてから消えていく。
そうだ、好きなんだ。メンバーが何で続けられるかと訊いたときに好きだからと言ってくれた。それと同じように私も音楽が大好きなんだ。歌うことが好きなんだ。だから、やめられない。
人やロボットがどんどん増えていく。ロボットが故障したように本棚の周りをグルグルと回り始める。
「いいじゃん」
何かを感じ取ったのか、人々の中に音楽に合わせて不細工に踊りだす人が現れた。
「待ってたよ、そういうの」
自棄を起こしたように、ロボットが本棚を掴んで揺さぶってきた。
揺れながらも、私は弾くのを辞めない、歌うことを辞められない。
知識に囚われ持て余しているゾンビどもに、私のロックンロールを教えてやる。ロックンロールは奇跡を起こす。四分間の曲が四時間かけて読んだ本よりも心を揺さぶることなんてたくさんある。
「ロックンロール!」
歌い終わって、立ち上がりポーズを撮った瞬間、私は足を滑らせて、本棚から落ちていく。
あぁ、素晴らしきかなロックンロール。
目を覚ますとそこは病院だった。
目の前にはリーダーのアカネがいて、私が目覚めたのを確認すると抱き着いてきた。
覚えていないが、話を聞くに。私たちはライブ後に飲んで騒いで、帰る途中公園ではしゃぎ始めたという。遊具の上でエアライブを始めだして、酔った勢いで遊具の上からダイブ。当然、受け止める客もなしに落下。入院となったらしい。
我ながらバカバカしいなと笑っていたら、駆けつけてきたメンバーを含めてお叱りを受けた。特に姐さんから。彼女は一番見舞いにも来てくれた。私はますます皆のことが好きになってしまった。
界隈にもある意味伝説となり、面白可笑しく広まった。そのせいでロンソンまでもが見舞いに来てくれた。
「若き才能を失うのは悲しい。また君のロックが聴きたいよ」
そして、どうやって情報を手に入れたのかはわからないけどマナミも来てくれた。久しぶりの再会がこんな感じになっちゃったけどマナミは『マイカらしい』と笑ってくれた。
「でも、病院って静かだよね。マイカといるときはいっつも音楽ガンガン鳴らしていたから、違和感がすごいよ」
「だよねー、体はしっかり動くからさ、早く退院して歌いたいな」
「あっ、そういえばさっき廊下でポスター貼ってあったんだけど、明後日にチャリティーライブで誰か来るみたいだよ。便乗して何かやらせてもらえるかも」
流石にそんな話をされたら目が光る。あの夢の図書館でのことのようにどんな制約にも私のロックは止められない。世界のどこかで音楽が乾いている場所があるかもしれない。私の声を聴いてくれる場所があるかもしれない。私は絶対にそれを逃さない。
ロックンロールのチャンスだ!
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