第361話 紅蓮のサンタ


 俺はなぜか、床に正座をしている。

そして、目の前にはサンタ、もといサタンが鬼の形相で俺を見下ろしている。

なぜこんな状況になった?


「お父さん、お茶……」

「ん……」


 サタンは杏里の出した紅茶のカップを手に取り、口元に運ぶ。

返り血で真っ赤になった服。その足元には人間が入るくらいの白い布袋が準備されている。


 きっと俺はここで始末され、あの袋に入れられ海の底にでも沈むのだろう。

杏里、君との生活は楽しかった。

もっと、君と一緒にいたかった……。


「ふぅ……。なかなかいい葉を使っているな」

「うん、とっておきの。お父さん、帰ってくるって連絡くれた?」

「いや、二人を驚かそうとな。今朝日本についたばかりだ」

「そうなんだ。連絡くれればよかったのに」


 杏里とサタン、いや雄三さんの会話が進んでいる。

まるで俺がこの場にいないかのように。


「あ、あの……。お体の具合は──」


 サタンの凍てつく視線が俺を凍らす。

あ、めっちゃにらんでる。


「体? 私の体かね? この通りピンピンしておるよ。なんなら司君の体で試してみるかね?」


 ゆっくりと椅子から立ち上がるサタン。

心なしかその背には黒いオーラのようなものが見える。


「え、いえ、大丈夫です。手術大丈夫だったんですね」

「ふんっ。あんなもの大したことはない。それよりも経過観察といって帰国できなかったことだ。やっと短期間の帰国ができるようになって、急いで戻ったらこのありさま。時に司君や、杏里と過ごしたクリスマスは楽しかったかい?」

「はい! それはもちろん楽しかったです! 水族館に行ったりイルミネーションを──」


──ガタンッ


 サタンの座っていた椅子が突然倒れる。

きっと暗黒パワーだ。


「ほぅ、それは良かった。杏里も楽しんでいたようで何より……」


 目が喜んでいない。はっきり言ってめっちゃ怖いです。


「お父さん、そんなに睨んだら司君が怖がるよ。それで、こんな朝からどうしたの?」


 サタンの視線が杏里に移る。

そして、鬼の形相が天使の微笑みに変わる。

なにこの変わりよう。


「あー、まー、ちょっと近くまで来たもんだから……。瀬場須、例のものを」


 ちょっと離れたところで控えていた瀬場須さんが、白い袋からごそごそと何かを取り出した。


「社長、こちらで」

「うむ。これは杏里に。こっちは司君にだ」


 雄三さんから渡された赤のラッピングされた箱は杏里に。

緑色のラッピングされた箱は俺に。


「もしかして私たちにクリスマスプレゼント?」

「あぁ。せっかく帰国したのだから、直接手渡そうと思ってな……」


 雄三さんの緩んだ顔。

なんだかんだ言って、きっと杏里のこと大好きなんだと思う。


「俺にも?」

「ふんっ。大したもんじゃないがな」

「ありがとうございます!」


 雄三さんから受け取った箱をテーブルに置き、少しの間話をした。

手術のこと、リハビリのこと、会社のこと。

雄三さんがいない間、杏里が過ごした日々のこと。


 気が付いたらそろそろお昼になるくらいの時間になっていた。

瀬場須さんも座り、ずいぶん長い時間話し込んでしまったようだ。


「あ、お父さんお昼どうする? 一緒に食べる?」

「そうだな、今日はまだ時間があるから久しぶりに食べようか。どこか食べに行くか?」

「ううん、今日のお昼はうちで作るよ」

「そうか、杏里の手料理か……」


 サンタの服を着た雄三さんの瞼に、うっすらと光るものが見えた気がした。


「よーし、おいしいの作るから待っててね! 司君手伝ってくれる?」

「もちろん──」


 雄三さんの顔をちらっと見る。

もし、ここで表情が変わっていたら俺は手を出さないようにしよう。

きっと杏里百パーセントの料理がいいはず。


 雄三さんお表情に変わりはない!

大丈夫だ、俺も手伝える!


「お父さんも、瀬場須さんもゆっくりしていて。あ、クッキーも出しておくね」


 茶箪笥から茶菓子を取り出し、雄三さんたちに出す。

なんだかお母さんみたいだ。


 杏里とお昼の準備をする。

二人で立つ台所もなれたな。


──ピンポーン


 ん? 誰だ?


「はーい! 杏里、ちょっと出てくる」

「うん」


 玄関に向かい、戸を開く。


「うっす!」


 目の前にはさわやかな表情の高山。


「おはよう。忙しかった?」


 と、その彼女の杉本さん。


「いや、忙しくないけど、どうしたんだ?」

「遊びに来たぜ! せっかくだから一緒に飯でもと思ってさ。ほら、彩音がいろいろと作ってくれたんだ」


 高山の手には風呂敷に包まれた四角いもの。

おそらく三段か四段くらいの重箱と思われる。


「わざわざ来たのか?」

「あれ? メッセ送ってたよな! ほら、昨日はお互い忙しかったけど、今日はパーッとさ! おっじゃましまーす!」


 俺が返事をする前に勝手に入っていく高山。


「ごめんね。高山君、なんだか今朝からテンションが高くて……。お邪魔じゃなかった?」

「大丈夫。ちょうどお昼の準備していたし。あ、でもいま来客中──」


 部屋の奥から声が聞こえてきた。


「うぉおおお! サンタがいる! 彩音サンタだぞ!」


 朝から騒がしい。


「サンタ? サンタが来ているの?」

「杏里のお父さん。今日帰国してきたんだ」

「ご、ごめん。全然知らなかった。どうしよう、帰ろうか?」

「いいよ。杏里も杉本さんがいてくれた方が楽しいと思うし」

「本当に?」


 ちょっと不安だけど、杉本にも部屋に入ってもらい席についてもらう。


「彩音、おはよう? どうしたの急に」

「メッセージ見てないんだね。二人ともスルーだよ」

「ご、ごめん。いつ送ってくれたの?」

「今朝かな?」

「今朝? だったら見てないかも。ごめん」

「ううん、直接電話すればよかった。急に来てごめんね」


 杏里と杉本が台所に立ち、男四人はテーブルを囲む。

しかし、そこに会話はない。


「天童、なんだか気まずいんだが……」

「勝手に入ったのはお前だろ? なんとかしよろ」

「俺? 俺が何とかするの?」

「ミッションだ。がんばれ。今日の俺は弱キャラだ。あのサタンじゃないや、サンタは強いぞ」

「よ、よし、。わかった、ここは俺の出番だな!」


 なぜか了承してくれた高山。

俺、お前と友達でよかったぜ!


「あー、雄三さん。本日はお日柄もよくてですね、絶好のクリスマス日和ですね」

「そうだな」


 ……。


 会話が切れる。

がんばれ高山! 応援しているぞ!

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