第350話 スケートデート


 高山に買わされたクッキーも杏里と二人でおいしくいただき、少しだけ展望室を見て回った。

正直、人が多すぎで暑苦しい。


 しかもあっちもこっちも腕を絡ませたながら歩いている恋人たちばっかり。

ふと、視線をベンチの方に向ければこっちもべったりと……。

なんだか心拍数が高くなってきた。


「司君、少し顔赤いよ? 大丈夫?」


 杏里が俺の頬に手を差し伸べてきた。

少しだけひんやりする杏里の手が気持ちいい。


「ありがと、少し暑くてさ」

「確かに暑いかも。どうしようか、そろそろ行く?」


 杏里が上目使いで俺を見てくる。

杏里さん、今日も可愛いですね。


「そうだな、そろそろ行こうか」


 杏里と腕を絡ませ、エレベーターに向かう。

まったく、ここにはカップルしかいないのか!

どいつもこいつもベタベタと暑苦しい……。


「クッキー、おいしかったね」

「そうだな、思ったよりもおいしかったね。帰りに買ってくか?」

「うーん、また今度にしよう。今度はクッキーを買いに二人でお出かけしようよ」


 それも悪くないな。

行ったことのない店だったけど、思ったよりもおいしかったし。

今度また杏里と一緒に買いに行こう。


――チーン


 エレベーターが着き俺たちは中に入る。

窓の向こうはさっきよりもほんの少しだけ銀世界になっている。


「今夜は積もりそうだね」

「だな。もしかしたら明日の朝には一面の銀世界になっているかも」


 なんとなくそんな気がした。

明日の朝、もし雪が積もっていたら杏里と雪だるまでも作ってみようかな。


 地上に着き、予定通りスケートリンクの会場を目指す。

少し距離はあるけれど、もともとその近くまで行く予定だったし。

途中アーケードを通り、街を眺めながら杏里と歩く。


「やっぱりクリスマスは楽しいね」


 響き渡るクリスマスソング、そして行き交う人々。

どのお店もクリスマス一色になっており、こっちも楽しくなってしまう。


「クリスマスも楽しいけど、杏里と一緒だと、きっとなんでも楽しい気がするよ」

「私も司君と一緒だとなんでも楽しいけど、それでもクリスマスは特別楽しいよっ」


 杏里は腕が俺に絡まった状態で、少し急ぎ足になる。

っと、危ないじゃないか。


「司君、早く行こう! スケート楽しみだね!」


 杏里に急がされ、予定通りスケートリンクに到着。

みんなで氷の上を同じ方向にぐるぐる回っている。

っふ、結構初心者が多いじゃないか。


「杏里、シューズ借りに行こうか」

「うんっ」


 カウンターでシューズを借り、ロッカーに荷物を預ける。

リンク横のベンチで並んで靴を履き替える。


「この靴きつくない? サイズ間違ったかも」

「サイズはあっている、それでいいんだよ。きつくしないとうまく立てないぞ」

「そうなんだ。あ、入った」


 杏里の細い足がスケートシューズに入る。

なんだか、シューズを履く姿を見ているだけなのに、ドキドキしてしまう。


「よし、準備できました!」

「俺もオッケー。じゃ、行こうか」


 先に立ち上がり、杏里に手を差し伸べる。

杏里は初めてだし、きっとバランスが取れなくて倒れるかもしれない。

もし倒れたら俺がさっと抱きかかえるのだ。うん、それなりにかっこいいかも。


 が、杏里は普通に立ち上がった。

俺の手も取らずに。立ち上がってから差し出した手を握ってくれた。

うん、それでもいいんだけどさ。いいんだけどね。


「思ったより普通かも。立てるし、歩けるもんだね」


 何というバランス感覚。

でも、氷の上で同じことができるかな!


「そ、そうだな。ここは地面だし、滑らないからさ。氷の上では気をつけてな」

「うん。じゃぁ行きましょう!」


 杏里の手を取りながら、ゆっくりと氷上に上がる。

久々のスケートでも大丈夫。俺の感覚は衰えていないはず!


 ゆっくりと足を乗せ、確かめるように両足を氷に乗せた。

うん、大丈夫だな。


「杏里、ゆっくりな」

「う、うん。転びそうになったら助けてね」

「おうよ。まかせろ」


 杏里の足がゆっくりと氷上に乗る。

右足から入り、左足が乗った!


「た、立てる。司君、立てた!」

「それじゃぁ、壁際で少し練習しようか」

「ひ、引っ張らないでっ! 滑る!」


 スケートだもの。

滑るのはあたりまえですよ。


「ゆっくり移動すれば大丈夫。ほら、腰が引けていると、転ぶよ?」

「あ、でも。ちょっと怖いかも……。司君……」


 杏里が少しだけ半泣きになっている。

珍しいな、杏里がこんな表情するのは。

俺は杏里の手を取り、そのまま引っ張って腰に手を回す。


「ほら、これで大丈夫か?」

「うん、この位くっつけば大丈夫。ごめんね」

「いや、気にするなよ。ほら、移動するぞ」


 杏里と壁際に移動し、手すりを使って練習をする。

そして数十分の練習が終わった。


「司君! 見てみて! ほら、まっすぐ滑れるし、曲がれるよ!」

「おう、見てる見てる」


 杏里さん、覚えるの早いっす。

ものの数十分で滑れるようになってしまった。

俺のウフフ計画が……。


 氷上で舞い踊る君。

少し離れた所から見ているけど、本当に楽しそうだ。

初めて買ってもらったおもちゃを見る子供の様に、杏里の目も輝いている。


「司君! どう? 私滑っているよ!」

「うまいな! 覚えるの早いぞ!」

「頑張ったもん! 司君と、一緒に滑りたいから!」


 杏里は俺に向かって滑り出し、そして手を差し伸べてきた。

俺はこの手を取り、杏里と一緒に滑ろうと思う。

一緒に滑った方が楽しいのは、もうわかっているからだ。


「司君、一緒に――」

「あぁ、一緒に――」


 と、目の前まで滑ってきた杏里が止まらない。

いや止まれない?


――ドシーーン


 杏里と衝突。

いや、杏里が俺に向かって突っ込んできた。


「んっ」

「いつっ」


 俺は杏里を受け止め、そのまま後ろに倒れこんでしまった。

何とか頭は打たずに済んだ。


 だが、しかし。

目の前に杏里の顔が、むしろくっついている?

俺は杏里につぶされるように、氷上に倒れている。


 あ、杏里は今日もいい匂いだなー。

杏里の髪が俺の頬をくすぐる。


 次第によみがえってくる感覚。

聞こえてくる観客の声。


「ヒュー」


 変な声が聞こえてきた。


「彼女、やるじゃん」

「あついねー」


 杏里が慌てて立ち上がろうとする。


「ちがっ! そうじゃないの! つ、司君、大丈夫! ごめんね!」


 杏里が大慌てで俺の手を取り、起き上がらせようとしてくれた。

が、それも裏目に。

杏里は足を滑らせ、そのまま転んでしまう。


「危ない!」


 杏里が倒れる瞬間、寝たままの状態で俺は杏里を抱きかかえる。

危うく杏里が頭を打つところだった。


「大丈夫か?」

「う、うん……。あ、ありがとう」

「いえいえ。良かったな、怪我しなくて」


 そのまま杏里を抱きかかえ、氷の上でしばし甘い時間を過ごす。


「立てるか?」

「うん」

「俺の肩につかまっていいから、ゆっくり立ってみてくれ」

「ありがと、大丈夫だよ。もう立てた」


 杏里が頬を赤くし、俺を見てくる。

俺も立ち上がり、服についた氷を取り払う。

ついでに杏里の服についた氷も払っておこう。


「ほら、これで大丈夫。もう少し滑るか?」

 

 杏里に手を差し伸べる。


「ありがとう。私で良ければ一緒に」


 杏里が俺の手を取り、ゆっくりと滑り始める。

二人で手をつないで、スケートリンクを回り始めた。


「今度はちゃんと滑ってるよ」

「だな。楽しいか?」

「うん。やっぱり来てよかったよ」


 杏里と初めてのスケートは楽しい。

こうして手を取り、同じスピードで滑っていく。


 歩くのもいい。

手を取り合うのもいい。


 たまにはこうして、一緒に滑ってもいい。

来年もまた、この季節が来たら一緒にこような。


「ねえ、司君。あのおじいさんすごくうまくない?」


 かなりのスピードで、きれいな弧を描いている。

足の運び方も申し分ない。このじいさん、できる!

他のお客さんと比べても上手さが全然違う。


「ん? あれってオーナーじゃないか?」

「あっ! 本当だ! 」


 なんでここにいるのはわからない。

ただ一つわかったのは、オーナーはスケートがうまいってことだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る