第349話 似たもの夫婦


 高山にそそのかされ、ちょっとだけ寄り道。

市内が一望できるSS31にやってきた。

一階から一気に三十階まで高速エレベーターで移動する。


 以前高山たちと食事に行った時にも、同じようにビルのエレベーターに乗ったがあの時とは違う。

この何とも言えないグワっとくる感覚。

隣にいる杏里も何かを感じ取っているようだ。少しだけ目が泳いでいる。


 ガラス張りの外を見てみると、雪がちらついているのが見えてきた。

まだ積もっていはいないので、一面真っ白にはなっていない。


「司君。ほら、あそこ」


 少し離れた所に見える大きな木。

毎年あの木にイルミネーションが飾られ、夜にはライトアップされている。

今日はあのライトアップを見てから帰ろうと、計画していたのだ。


「お、今年もやってるなー」


 木の周りには屋台が出ており、この時期限定で屋外スケートリンクも設置されるのだ。

屋外スケートとか、杏里は興味あるかしら?


「この時間だとまだライトアップされてないんだね」

「もう少ししたら点灯するだろ。それまでブラブラしよう」

「そうだね、なんだか楽しいね!」


 ウキウキ気分が顔にも態度にも出ている杏里。

それを見ているだけで俺までウキウキしてしまう。


「杏里さ、スケートってしたことある?」

「スケート? ないよ」


 あっさりと回答された。

少しキョトンとした目で俺を見てくる。

きっと『司君もしたことないんだよね?』と、考えているに違いない。


「そっか、屋外でスケートできるみたいだけど、興味ある?」

「んー、少しはあるかな。難しくない?」

「どうだろう? 実際にやってみないとわからないな」

「だったら一回やってみようかな。司君は初めて?」


 ふふん。自慢ではないが氷上の貴公子と呼ばれたこの天童司。

この地域でスケートの貴公子といえば熊のチョーさん好きなあの人の事だが、俺もそれなりに滑れる。

その昔真奈にスケートを教えて、滑れるようにしたのはこの俺だ。


「まぁ、少しは滑れるかな」

「そうなんだ。じゃぁ、大丈夫だね」


 また、予定が狂う。

でも、そんなデートも悪くないな。

杏里とスケートか、ふふ……。

杏里と一緒にスケートとか、楽しそうだね。

杏里の手を取って「ほら、こう滑るんだよ」「あ、司君怖いよっ!」

とかさー。いいね、スケート!


 期待に胸膨らませ、気が付くと三十階に着いた。

エレベーターを降り、隣の階段を使って展望室に移動する。


 ……まぁ、そうですよね。

見渡す限りの人人人。あっちもこっちも人だらけ。


「こ、混んでるね」

「ま、みんな考えることは同じってことだな」


 軽く周りを見渡し、何とか景色を見られる場所を確保。


「ふぅー、杏里は待ってて。ジュース買ってくるよ。ストレートティーでいいか?」

「うん、なかったら炭酸以外で」

「かしこまり」


 杏里を残し、自販機へ移動。

ここも混んでいるなんて、しょうがない少し並ぶか。


 やっと自販機でジュースを手に入れ、杏里の元に帰る。

が、杏里の隣に誰か知らない男が座っているのが目に入る。


「彼女一人? 俺も一人なんだ。この後何か予定あるの? 一緒にどっかいかない?」


 声をかけてくる男を無視し、杏里はずっと外を眺めている。


「ねー、聞いてる? 君も一人なんでしょ? 俺たち仲間じゃん。ほら、今日は特別な日なんだし、一緒に楽しもうよ」


 男が杏里の腕をつかみ、引っ張ろうとしていた。


「やめてもらえますか?」


 杏里の声が低く、そして限りなく冷たい態度。

そしてのその目。すべてが凍りそうな視線で男を見ている。


「な、なんだよその態度。せっかく声かけてやったのによっ」


 なんだか無性にイライラし、俺は杏里の腕をつかんでいる男の手首を力いっぱい握りしめた。


「彼女に何か用事でも? 杏里、悪かったな待たせて」


 杏里がいつもの優しい目で俺を見てくる。


「あん? お前の彼女? この子が?」

「あぁ、そうだ。わかったらどいてもらえるか?」


 さら手に力を込め、見知らぬ男を威嚇する。


「な、なんだよ。だったら一人にさせるなよな」


 男はその場を立ち去り、俺は杏里の隣に座る。


「ごめんな、一緒に買いに行けばよかったかな」

「そんなことないよ」


 満面の笑みで俺の腕に絡まってくる杏里。

俺は少しだけ杏里に体重をかけた。


「怖かった?」

「少しだけね。でも、司君がすぐに来てくれると思ったから」

「そっか」


 杏里も俺に体重をかけてくる。

二人でこうして肩を寄せ合い、景色を見ながらおやつを食べる。


「このクッキーおいしいね」

「こっちもおいしいけど」


 杏里と目が合う。


「「半分こしようか?」」


 互いに笑い、半分に割ったクッキーをそれぞれ相手の口に運ぶ。


「なんだか似た者夫婦になりそうだな」


 自然と出た言葉。


「そ、そうだね。そう、かもね……」


 杏里は少し照れながら頬を膨らませ、クッキーをほおばる。

周りには多くの人がいるけど、今だけは俺たちは二人だけの世界。

また来年、俺は杏里と同じ風景を見ることができるのだろうか。


 ふと、そんなことを考えていた。

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