第320話 二人の想い


 高山が席を離れ、残されたメンバーに変な空気が流れ始める。

誰も口を開かず、時間だけが経過していく。

この微妙な空気を作った高山は後でお仕置きだな。


「戻ったぜー」


 意気揚々と椅子に座り、炭酸のキャップを開ける。


――プシュッ


「ぷはぁー、うまい! で、井上さんさっきの続きからどうぞ!」


 マイペース。

このマイペースはある意味すごいぞ。


「えっとね、どこから話せばいいのかな……」


 遠藤と井上は互いに視線を交わし、井上の口が開き始める。


「夏の合宿でね、拓海と一緒に練習したんだ。初めは嫌な奴だと思った。ボクの事を下に見て、高飛車な態度がすごい嫌いだった」


 おっと、毒舌。

と言うか、なんとも井上らしい。


「僕の方はね、優衣が可哀そうに見えたんだ。一人で頑張って、でも結果が出なくて」


 二人で見つめあい、手を取り合う二人。

あー、熱い! 風は冷たく感じるのに、この部屋は気温がグングン上がっていくぞー!


 二人の話を真剣に聞いてる杏里と杉本。

杉本は手元に用意したノートに何か書きはじめている。

あ、ネタですね? 絶対にネタ帳ですよね!


「でもね、拓海が一生懸命ボクを応援して、一緒に頑張ってくれたんだ」


「ま、多少僕にも経験があったし、もったいないと思ったからね」


 二人に笑顔があふれる。

なんだ、お互いに好き合っているんじゃないか。


「そしてね、大会の日に拓海が『僕が井上さんを一番に想ってあげるよ』って言われたときに、この人しかいないかなって……」


「そう、あの日僕も優衣の事を好きなんだって……」


 熱い! 甘い! なのこのラブコメな展開!

だったらその場で付き合っちゃえよ!


「でも、ボクには告白する勇気が無かった。怖かったんだ、断られるのが」


「僕も同じさ。せっかく一緒に練習して、ここで『好きだ』って言って、今までの関係が壊れるのが怖かった」


 分かる。その気持ち分かるわ!

今までの関係が壊れるなら、いっそこのままでもいいかなって思うよね。


 井上が立ち上がる。


「でもね、二人の結婚式を見て勇気が湧いたんだ。自分の気持ちを素直に伝えたいって。姫川さんのブーケがボクに届いたんだ。勇気を出せって言われた気がした」


「井上さん……」


 杏里が井上に優しい目で何かを伝えている。

俺も遠藤を真剣な目で見ている。


「文化祭の最後、一緒に踊って、言うなら今しかない。今、言えなかったら、きっと後悔すると思って……」


 井上の頬が赤い。

かなり照れているのだろう。

聞いているこっちも何だか恥ずかしくなってきた。


「優衣から一輪のバラを貰ったんだ。本当は僕から言うべきことを、優衣が言ってくれた。断る理由はないよ」


 遠藤も席を立ち、井上の手を握る。

おーい、誰かブラック持ってきてー!

この二人、糖分多すぎですよ!


 と、高山が静かなので横目で見ると赤面しながら顔を隠している。

あ、そういえばこいつ恋バナの時ってこんな感じになるんだっけ。


 杉本は必死にノートを取っている。

あー、絶対に次の作品に書かれるわー。


「そんなわけでね、ボク達付き合う事にしたんだ」


「そっか、良かったな遠藤。ぐすっ、本当によがっだなぁー」


 涙を流しながら高山は井上と遠藤を大きな両腕で抱きしめる。


「ありがとう。なんだか照れるね……」


 黒い遠藤もさすがに頬を赤くし、照れている。

ま、こんな話をしたら照れますよね!


「で、ちゅ、ちゅーはしたのか!」


 さすが高山隊長。

その聞き方、最高です。どうしてそこまで突っ込めるんですか?


 ほら見ろ、みんな赤くなって下を向いてしまったじゃないか。


「高山、言い過ぎ。そろそろ勘弁してやらないと」


「そ、そうか? そうだよな。はははっ、幸せっていいよなー」


 高山は自分の事になると途端に奥手になるし、ヘタレだ。

だけど、みんなの事を考えてくれるし、その場の雰囲気も考えてくれる。

と、俺は信じている。


「ま、これからも今までと変わらず、優衣と一緒に練習して、一緒に次の大会に向けて頑張るよ」


「バスケは良いのか?」


「掛け持ちかな? 僕は運動も勉強もなんでもこなせるし、優衣の為にもっと頑張らないとね」


 笑顔をみんなに向ける遠藤。

その歯はいつもに増して白く輝いている。


「これからもよろしくね、拓海」


「祝杯じゃ! 今日はみんなでカラオケにでも行くか―」


 高山幹事が動き出した。


「俺、今日持ち合わせないぞ」


「大丈夫! 本当は昨日二次会で使う予定だったカラオケチケットがここにある!」


 ここまで来るとなんでもありだな。

つか、用意良すぎだろ?


 満足そうにノートを閉じる杉本。

どうやら満腹になったようだ。


「司君、行く?」


「二人の初デートになるのか? だったらみんなで行って、お祝いしないとな」


 笑顔を俺に向ける杏里。

そして、その笑顔をみんなに向ける。


「きょ、今日行くのかい?」


「当たり前だろ! もっと根掘り葉掘り聞かないとな!」


「ボクはちょっと……」


 すっかり赤くなった井上。

まんざらでも無いようだ。


「井上さん、行こうよ。みんなで歌おう!」


 杉本が井上の手を握る。

そして、みんなが荷物を手にもち、昇降口に向かって歩く。

すっかり夕方になってしまった。


 俺達の足元には、長くなった影が。

俺達六人の影が長くなり、ずっとついてくる。


 この先みんなどうなるんだろうか。

いつか、大人になった時もこんな関係を続けているのかな。


 杏里と手を取り、先に歩いてく四人を見る。


「みんな、仲が良いね」


「そうだな。でも、俺達も仲良いだろ?」


「ふふっ、そうだね。早く行こう!」


 俺の手を引き、みんなに追いつくように走っていく杏里。

その手を離さない様に、俺は杏里に着いて行く。


 こんな青春の一ページをみんなで作る事が出来た俺はきっと幸せ者だ。

そして、また一ページ一ページと、何枚も綴っていくのだろう。


「天童、今度は演歌じゃなくて他の歌ってくれよ」


「嫌だよ、俺は音痴なんだ。演歌じゃなければ童謡だ、童謡!」


 笑い声が響く。

この先も、きっと俺達は笑っていられる。

杏里が、仲間がそばにいてくれるから。




【後書き】

こんにちは 紅狐です。


ここまでお読みただきありがとうございます。

これで文化祭編は最終話となります。

色々ありましたが、文化祭編最後までお付き合いただきありがとうございました。


次話より、動物園デート編に入ります。

セブンビーチでもらった五枚のチケット。

さて、動物園デートはどのような展開になっていくのか。


それではこれからも、当作品をよろしくお願いいたします。

そして、★評価やフォローをお忘れの方は、これを期にポチッとして頂けると嬉しいです。


では、動物園デート編でお会いしましょう。

ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました!

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