第303話 大脱出


 ステージに上がったゲストの皆様。

それぞれが勝手に剣を手に持ち始める。

おーい、それ、予定にない事ですよ!

特に高山! おまえ、シナリオ知っているよな!


「中々良い剣だな」


 一本の剣を手に取り、刃の部分を見ている雄三さん。

輝く刀身は見た感じ本物のように見える。


「やっぱり、やってみたいよねー」


「だよなっ! 力いっぱいぶっさそう!」


 真奈と高山もニコニコしながら剣を手に持ち、振り回している。


「天童が先に、結婚か……」


 座った目で剣を手に持つ店長。

待って、お願い、ちょっと待ってください!


 目でマ・ジシャンに訴える。

だが、マ・ジシャンはあきらめムードだ。

その目を見ると『がんばれ!』と言っている。


 大丈夫だよね?


「お、お手柔らかにお願いします」


「司君、杏里を泣かすなよっ!」


 一本目が箱に突き刺さり、逆側に刃が出てきた。

セーフ! 箱の中で体が変な角度になる。


「司兄! 杏里姉を幸せにしてね! おりゃ!」


 のぅぅぅぅ! できればその下に刺してほしかった!

ギリだ、危なかった。


「天童、おめでとう!」


 ニヤつきながら高山は力いっぱい刺してきた。

箱が少しぐらつく。おっと、そこは安全な場所。

なんだ、高山わかってるー。


「天童、幸せにな。結婚できて良かったな……」


 座った目で一番危険そうなところに剣を突き刺す。

でもね、店長の持った剣は見た目固そうだけど、実は箱の中で曲がるんですよ。


 ステージに上がったゲストの皆様。

何だかほくほく顔で帰っていく。

マ・ジシャンが俺に小声で話しかけてきた。


「いける?」


「大丈夫です。予定通りに」


 再びマ・ジシャンは会場に向けて大きな声を出し始めた。


「おー、司さん! まだまだ余裕そうね! 一気に残りの剣を刺してみようか!」


 全く余裕ないですよ? そして、ステージに上がってきた奇術部員。

一人一人が剣を持ち、箱の周りに立ち始める。

最後に俺の頭部分には小さな箱を被らされた。

視界が真っ暗になる。


「それでは、一気に行きますよ! 司さん痛かったら叫んでね!」


――グサッ グサッ グサッ グサッ グサッ 


 箱に全ての剣が突き刺さる。

だが、その時俺はすでに箱の中にはいない。

みんなには見えないように箱の下から脱出済みなのだ。


 急いで杏里の元に行く。

お色直し中の杏里と合流し、再び会場に戻らないと。


――コンコン


『開いてます』


 中に入ると淡い水色のドレスを身に纏った杏里が視界に入る。

純白のドレスも綺麗だけど、こうしたドレスは本当にお姫様のようだ。

ドレスに合わせて着飾っていたアクセサリーも変えており、より輝いて見える。


「どう? 順調だった?」


「とりあえず。少し予想外の事もあったけど、予定通り進んでいるよ」


 笑顔の杏里は可愛い。

鏡越しに見える杏里は着ているドレスのせいなのか、少しだけ幼く見える。


「終わった! 杏里さんは終わり」


 杏里は急いで立ち上がり、姿見の前まで移動。

ドレスの最終調整に入る。


「次は俺だな」


 杏里の座っていた椅子に座る。

少し髪を整え、ネクタイの位置を調整。


「終わったわ」


 実質三分で完了。

服はジャケットをグレーから黒に変えて終わった。

男は早いね。


「司君、こっちは終わったよ」


「俺も終わった」


「そろそろ時間ね。二人とも頑張ってね!」


「「はいっ」」


 杏里の手を取り、会場の入り口に戻る。

閉ざされた扉、中では何やら盛り上がっている。

きっと奇術部が盛り上げてくれているんだろう。


「司君」


「ん?」


「生きてきた中で、今が一番幸せかも」


 二人だけで過ごす時間も悪くない。

でも、こうして杏里と一緒にみんなと楽しむのも悪くない。


「だな。さ、次のプログラムも頑張っていこう!」


「うんっ」


 杏里の手を取り、握ったその手で温もりを感じる。

会場の中ではゆったりとした音楽が流れ始め、少しだけ静かになった。


 ゆっくりと開く扉。


「それでは、新郎新婦の入場です! 拍手でお迎えください!」


 再び入場する俺と杏里。

杏里の手を取り、腰に手を回す。


 会場の後方にひらけた場所。

そこで音楽に合わせながら俺は杏里と踊る。


 数分、俺と杏里はみんなの前でダンスを披露する。

何度も練習した。学校で家で、杏里と手を取りながら。


 何度も杏里と練習し、何度もステップを踏んだ。

今日は間違えないし、下も見ない。杏里だけを見ている。


 静かな会場、みんなが俺達を見ている。

しばらくすると、ダンス部のメンバーが参加してくる。


 一組、二組、三組。

みんな着飾っており、音楽に合わせて優雅に踊る。

このメンバーとも練習をした。

日が落ちても同じステップを何度も何度も。


 覚えの悪い俺の為に、部長はいつも付き合ってくれた。

不意にダンス部のメンバーと視線が重なる。

みんな俺に微笑みを返してくれた。


 俺はうまく踊れているだろうか?

杏里が小声で話しかけて来る。


「ドレスを着て、音楽に合わせて踊る。まるでお姫様になった気分だよ」


「杏里はお姫様だよ」


 杏里は笑顔で俺を見つめてくれる。

俺もそんな杏里を微笑みで返事をする。


 杏里と踊り、気が付けば曲が終わってしまった。

俺と杏里はみんなに一礼をして、自分たちの席に戻る。

そして、再び流れ始めた音楽。


 今度はポップアップな曲だ。

ダンス部のメンバーがフロアを使って踊り始めた。

さっき参加していたメンバーに加え、大勢のメンバーが参加している。


「ダンス部のメンバーが踊ります。もし、よろしかったらゲストの皆様もご参加ください」


 人前で踊る事は少ないだろう。

そんな中、俺の父さんと母さんが席を立ち、フロアに出ていく。

手を取り合い、馴れない足取りで踊り始めた。


 続いて高山と杉本、それに遠藤と井上まで。

それを見たのか、一般のゲストまで参加してきた。

見様見真似のダンス。それでもみんな手を取り合い、踊っている。


「杏里」


「うん」


 俺は杏里の手を取り、フロアに出ていく。

本当は見るだけの予定だったけど、参加してもいいよね?


 みんなと踊るダンス。

これはきっと思い出になるだろう。


 良く見たら真奈と良君も踊っていた。

真奈がリードしながら良君の手をしっかりと握っていた。

なんだ、君たちもいい雰囲気じゃないか?


「楽しいね。こんな楽しい結婚式だったら何回でもしたいっ」


「いや、結婚式は何度もできないだろ? 次は本物の結婚式だけだよ」


 杏里は頬を赤くしながら、舞い踊る。

俺もドキドキしながら杏里の腰に手を回し、手を取り踊る。

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