第264話 出会った場所


 式場を出て杏里へ連絡をし、駅前で待ち合わせをする。

杏里と出会ったベンチで待つことになった。


 もうずいぶんと昔のような気がするな。

ベンチに座り、俺はスマホを操作しながらしばらく待つ。


 あの日、あの時、俺は杏里に声をかけた。

もし、見て見ぬふりをしていたら今の俺はここに居なかっただろう。

そして、杏里ときっと別な道を歩んでいたに違いない。


――


「お前、こんな時間に何してるんだ? 早く帰れよ」


「天童さん? あなたには関係の無い事よ」


「そっか、気を付けて帰れよ」


―― 


 何ともまぁ、初めての会話にしては良いとは言えないよな。

それでも、今こうして杏里と一緒に住む事になり、付き合う事にもなった。


 さえない俺が杏里とこれからも付き合い、将来結婚とかしちゃうかもしれないけど、まだまだ俺にはやらなければならない事がある。

杏里と並んでも胸を張れる一人前の男にならなければ。


 そんな事を考えながらスリープモードに入った真っ黒な画面を見つめていた。


「お待たせ。もしかして、結構待たせちゃったかな? ごめんね」


 見上げるとそこにはあの時と変わらない君がいる。

いや、あの時の杏里には無かった笑顔がある。


「いんや、俺もさっき着いたばかり」


 ベンチから立ち上がり、スマホをポケットにしまう。


「良かった、今日はまっすぐに帰る? それともどこかに寄って行く?」


 杏里が俺の腕に絡みつきながら上目で俺の目を覗いてくる。

その仕草、可愛いよな……。


「あー、今日はまっすぐ帰ろうか。これからの事もまとめないといけないし、杏里に伝えたい事もあるし」


「そうだね、良い話もらえたんでしょ?」


 さっきの電話で少しだけ内容を話していた。


「あぁ、予想よりもいい対応だったと思うよ。後で詳しく話すよ」


 こうして俺達はたわいもない話をしながら、帰路に着いた。


――


「オッチャン、大根と人参」


「お、司か! 今日はいいの入ってるよっ! 十本くらい買うか?」


「そんなにいらない。大根一本、人参五本で」


 相変わらず元気のいいオッチャン。

杏里は先に肉屋に行っている。

何だか以前に増して肉屋のおばちゃんと仲が良い。

別に嫉妬しているわけではないけど、買い物のたびに一人で先に行っている気がするな。


 ……。俺は店の看板を見ながらふと考える。

この八百屋も店だよね? ちょっと協賛してもらえるか聞いてみるか。


「オッチャン、式の日程が決まったんだけどさ」


「おぉぉおお! もう決まったのか? で、いつだ?」


「予定通り文化祭の日になったよ」


「そ、そうか! そりゃめでたいな!」


「そう、めでたいんだけどちょっと……」


「どうした? 何か問題でもあったのか?」


 オッチャンはすごく心配そうな目をして俺を見てくる。


「日程も場所も決まったんだけど、資金が中々……」


 オッチャンが考え込んでいる。

腕を組み、何かウンウン唸っている。


「司、お前まだ高校生だろ? 困ったら大人を頼るんだよ!」


 そうなんですよね。予算が結構少ないので少しでもかき集めないと。


「オッチャンの店の名前、招待状とかパンフレットに入れたら、資金に協力してもらうってできますか?」


「招待状くれるのか? だったら包まないとな! この商店街の面子に声かけて集められるだけ集めてやるよ!」


 のぉぉ! いい返事きたー! 言ってみるもんですね!


「いいんですか!」


「あたぼーよっ! 肉屋に魚屋、果物屋に印刷屋。瀬戸物から靴屋まで声をかける先はいくらでもあるからよっ!」


「ありがとうございます! もし、協力していただけるお店が決まったら教えてください」


「おぅ、任せておけ! もし、他にも必要な物があったら遠慮なく声かけるんだぞ!」


「分かりました! ありがとうございます」


 野菜を袋に入れ、杏里の所に向かって走り出す。

いい感じだ。今日だけでいい返事を二件ももらえた。


「杏里! オッチャンが協力してくれるって!」


 ちょうど肉屋から出てきた杏里に声をかける。

思わず嬉しくて杏里を抱きしめる。


「杏里、いけるかもしれない! 資金は何とかなるかも! 良かった!」


 力いっぱい杏里を抱きしめる。

杏里に綺麗なドレスを絶対に着せて、絶対に成功させてやる!


「つ、司君……。その、ちょっと恥ずかしいかな……」


 杏里の声にハッと気が付き、我に返る。

夕方の商店街。その道で杏里に抱き着いてしまった。

何となく周りを見渡すと、こっちを見ている人が何人か。


「帰ろうっ!」


 杏里の手を握り商店街を駆け抜ける。

きっと俺の顔は赤くなっているだろう。


 振り返り、杏里の方に視線を移す。

杏里も夕暮れの空と同じ様に頬を赤く染めていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る