第238話 親子水入らず


 花火大会イン天童家のイベントも終わり、俺は一人部屋で待機中。

父さんは先に風呂に入って寝てしまっているし、母さんと女子二人は三人でお風呂に入っている。

なぜか俺が最後になっているんだよね。


 久しぶりに来た実家だけど、以前と変わらず居心地が良い。

窓を閉めても聞こえるカエルの合唱。車のエンジン音も聞こえなければ隣の家の声も聞こえない。

窓の外には星が輝いており、田舎だと痛感させられる。


 しばらくすると下の方から声が聞こえてきた。


「さっぱりしたー! でも、杏里姉は思ったより着やせするんだねー」


「そ、そんな事無いって。真奈ちゃんだって私と似たようなもんでしょ?」


「またまたー、私はまだまだこれから! きっともっとおっきくなるよ!」


 さてはて、ナンノコトカナ?

どれ、みんな上がったようだし、俺も風呂に入るか。


 着替えを持って階段を下り、馴れた風呂場に向かう。

途中、杏里と真奈に声をかけて風呂に入る事を伝える。


「二人とも、上がったのか? 俺も風呂に入っていいかな?」


「いいよー。今日のお風呂はいつもより白いから、体あったまるよー」


 何やら風呂に入れたらしい。

入浴剤は嫌いではない。いい香りがするし、お肌にもいいしね。


「杏里、冷蔵庫に牛乳あるから適当に飲んでいていいぞ」


「うん、ありがとう。真奈ちゃんは?」


「のむのむー」


 杏里はいつものように頭タオル。

真奈は肩にタオルを垂らしているが、昔よりも髪が随分伸びている。


「真奈、髪伸ばしているのか?」


「そうだよ。髪が短いと女らしくないなって男子に言われてさ。短い方が楽なんだけどねー」


 俺の記憶にある限り、真奈の髪はいつでもショートだった。

そして、いつもキャップを被り、ショートパンツだったイメージが強い。

女の子っぽい男子って感じだったんだけどね。


「そっか、真奈も女らしさが欲しい年頃か……」


「そ、そんなんじゃないよ! ただ司兄にちょっとは可愛くなったねって思われたい位だしっ」


「ははっ、今も昔も十分可愛いさ」


 軽くあしらってみたらなぜか真奈のグーパンが鳩尾に飛んできた。

なんでだ? せっかく褒めてやったのに!


「そ、そんな事を真顔で言わないで!」


 何だよ、言って欲しいのか欲しくないのか分からないじゃないか。


「あのなぁ、いきなりグーパンはやめろ。痛いじゃないか」


「司兄が悪い。杏里姉、もう行こう。今夜の歌番、例のバンドが出るんだよー」


 少し苦笑いしながら杏里は真奈に腕を掴まれ、リビングに拉致されていった。


「じゃ、また後でね」


「おう。またな」


 少しだけダメージを負った俺は、その傷を癒すため風呂に入る。

脱衣所でスポポーンになって、いざ出陣!


「ん? 司も一緒に入るの?」


 湯船の中に母さんが入っている。

あれ? みんな出たんじゃないのか?


「な、何してるんだよ!」


「何ってお風呂に入っているんだけど?」


「そりゃ見たらわかるって! なんでみんなと出ていないんだ?」


「えー、だって折角杏里ちゃんにもらった入浴剤を入れたから、ゆっくり入っていようかなーって」


「お、俺はまた後で来る!」


「そんなー、良いから入っておいでよ。ほら、たまには頭洗ってあげるからさ」


 湯船から出てきた母さんに腕を掴まれ逃げられなくなった。

ちょ、目のやり場に困る!


「もしかして恥ずかしいの?」


「そ、そんな事無い!」


「だったらいいじゃないの。ほら、折角帰ってきたんだし、親子水入らずー」


 笑顔で俺を風呂場に引き込む母さん。

俺だって年頃の男なんですよ! やめてー!


「ほらほら、早く座って」


 無理やり座らされ、頭へいきなりお湯を掛けられる。


「ぼふぁ! ちょ、いきなりするのはー」


「はい、もういっぱーい」


 再び頭からお湯が。ここまで来たら逃げられない。

諦めて静かにしよう……。


「やっと大人しくなったねー。じゃぁ、いきますよー」


 頭をもしゃもしゃされ、頭皮をモミモミされる。

あー、でも気持ちいいかも。


「久しぶりだね。こうして二人で入るのは」


 思い返しても最後に入ったのはかなり昔だと思う。

いつだったかな……。


「流すよー」


 ふー、さっぱりしました!


「ほら、もういいだろ?」


「つぎつぎ―」


 テンション高めの母さんはタオルを手に持ち、石鹸を付け始める。

ま、まさかとは思うけど……。


「はいっ!」


 背中から責められ、腕に首、それから色々と綺麗にされました。

もう、お婿にいけません……。


「ふー、司も大きくなったね。あんなに小さかったのに、もうこんなに」


 何だか、母さんが小さく見えてしまう。

確かに体は大きくなりましたけど、まだまだ俺はガキなんだよね。


「ほら、湯船に入るよ。しっかりと百まで数えてね」


「数えるか」


 母さんと向かい合って湯船に入る。

お湯があふれ、少し流れ出てしまう。


「学校、楽しい?」


「まぁまぁかな」


「勉強にはついていけてる?」


「そっちもまぁまぁ。でも、クラスでは上位に入ったよ」


「あらー、頑張ってるじゃないの! その調子でねっ」


 そう話した母さんは、ザバッーと立ち上がり、俺の目の前に立ちはだかる。

のぉう! えっと、その、まぁあれですね。


「じゃ、私はあがるから、あとはよろしくねー。司――」


「ん?」


「あまり、無理しないようにね」


 風呂場の扉が音を立てて閉まる。

最後に言ったひと言『無理しないようにね』か。

無理はしてないよ、逆に杏里が来てから楽になったところも多いかな。


 全く、いつでも俺の事を子ども扱いするんだから……。

親ってこの先もずっとこんな感じなのか?

親になったら分かるのかな……。


 お湯につかりながら天井を見上げる。

確かに今の生活は楽しいし、やりたいこともできている。

ほとんど不自由ないし、勉強だってしっかりしている。


 父さんの言った『安定した職』って、下宿じゃ安定しないって事か?

そういえば、下宿もしたいって思っているだけで、収支の計算とかした事無かったな……。

まだ時間はある。一度自分の将来について見直しだ!


 俺も母さんと同じように立ち上がり、自分に活を入れる。

よし、ダメージも回復した! この後は牛乳を飲めば完璧!


 勢いよく脱衣所に出る。


「「あっ」」


 真奈がこっちを見ており、その視線が俺の顔から下の方に移動し、再び俺の目を見てくる。


「わぁぁぁ!」


 真奈が逃げるように飛び去って行った。

声を出したいのはこっちだ!


「お、おばさぁぁん! 司兄がぁー!」


「ちょっと待て! 俺は何もしてないぞ!」


 慌てて廊下へ出て台所の方を見る。


「「え?」」


 杏里とエンカウントした。


「ご、ごめんね」


 杏里は少しだけ顔を赤くし、振り返って台所の方に戻っていく。

なにこれ? 俺は何か悪い事したのか?


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る