第237話 月夜に浮かぶ姿


 楽しい夕飯の時間が過ぎていく。

ただひとつ違うのは、俺が問い詰められているという事だ。


 母さんの言う『娘になる』と言う事は、その言葉通りでいいのだろう。

もし、俺が鈍感な主人公であれば『薄目になるのかー』で言い逃れるだろう。

だが俺にははっきりと『娘になる』と聞こえたし、杏里の瞳がキラキラ光っている。


 でも、一応念の為に確認しておこう。

勘違い主人公でも困るしな。


「母さん、念の為に聞くけど娘になるって、そういう意味だよな?」


 ニヤニヤしながら母さんは杏里と俺に対して交互に視線を送ってくる。

何を考えているんだ?


「そういう意味ってどんな意味だろう? 司に分かる?」


 答えないつもりだな?

良いだろう、はっきりさせてやる!


「俺は杏里と将来を考えている。もちろん、杏里が俺の想いに答えてくれればだけどにゃ」


 かんだ。


「司君……」


 杏里の頬が少し紅潮している。

そして、その瞳はさっきよりも、イチゴケーキを目の前にした時よりも輝いている。


「司兄、残念だけど決まらないね。『にゃ』ってなに?」


「うるさい」


 何だか急に恥ずかしくなって、手に持っていたトン汁を一気に飲み干す。

自分で作った豚汁だけど、いい味だよなー。


「司も少しは男の子らしくなったかな? ね、龍一さん?」


「ん、そうだな……」


 父さんの顔が少し赤いような気がする。

今日はビールを飲んでいない。酔ってはいないようだ。

と言う事は、父さんも恥ずかしがっているのか?


「龍一さんは、私になかなか言ってくれなかったのになー。杏里ちゃんはいいなー」


 母さんが父さんの腕を突っついている。

何だか、両親のイチャイチャとか初めて見たかも。


「百合、そう責めないでくれ。当時はあれが精いっぱいだったんだ」


 おっと、父さんが弱気発言!

普段の父さんとは違ったイメージだ! これはレアですね!


「龍一さんも、今の司位はっきり言ってくれれば良かったのにー!」


「司兄、杏里姉と結婚するの?」


 ど直球! さすがです、若いって素晴らしい!

その期待する眼差しはなんですか?


「と、とにかく、これからも杏里と仲良くやっていくよ。軽い気持ちで付き合っているわけではない!」


 言い切った! 言い切りました!


「司君、ありがとう。これからもよろしくね」


 杏里の笑顔が眩しい。

その笑顔を見るだけで、胸がいっぱいです。


「そっか、二人とも何かあれば遠慮なく私達を頼ってね。ほら、龍一さんも何か言ってあげれば?」


 母さんが父さんの方をぽんと叩く。

何か気の利いたセリフでも言ってくれるのだろうか?


「司、互いに手を取り合って進め。一人で困難な道でも、二人だったら切り開ける」


 意外にもまともなセリフだ。


「父さん……」


「な、何だか今日はいつもより暑いねっ!」


 真奈が甘い雰囲気にメスを入れる。

そんな甘い食卓を囲み、みんなでとる食事の時間は幸せの時間と言っても過言ではない。

食事も無事に終わり、後片付けタイムに入る。


「おばさん、洗い物とかは真奈がするから休んでいてよ」


「あら、いいのかしら?」


「いいのいいの!」


「私も一緒にするよ」


 杏里も席を立ち、真奈と一緒に台所で作業を始めた。


「よーし、じゃぁ、終わったらみんなでこれをしようか」


 さっき母さんが買ってきたと言っていた袋。

その袋の中から大きな花火セットが出てくる。


「花火か……。うちの庭でするのも去年以来だな」


 昨年も夏の時期に真奈と一緒に庭で花火をしている。

その時は今日のように再びみんなで花火をするとは思っていなかった。


「いいでしょ? 小さいけど打ち上げもあるから。それに、スイカも!」


 庭でスイカを食べながら花火をする。

それに両親と大好きな彼女。馴染みの妹分も一緒にいる。


 なんだかんだ言って、きっと俺は幸せ者に違いない。

帰る場所がある。大好きな彼女と一緒にいる。

もし、天国にいるばあちゃんに伝える事ができるのであれば、いまの気持ちを伝えたい。


 俺は今すごく幸せです。



――シュパァァァァァ


「きれー!」


 真奈が庭ではしゃいでいる。

両手にもった花火を持ちながらクルクルと回っている。

危ないからやめてほしい。


「ほらほら、真奈ちゃん危ないよ!」


 母さんがスイカを切って、縁側に持ってきてくれた。

父さんは縁側に座りながらビールをちびちび飲んでいる。

そして、少し遠い目をしながら杏里と真奈を眺めていた。


 俺も何本か花火をしたが、真奈ほどはしゃげなかった。

大人になった証拠だと思われる。


「司君! ほら見て!」


 杏里も花火をしているがクルクル回ってはいない。

闇夜に浮かび上がる杏里の姿は幻想的で、美しい。

風が吹くとその長い髪が揺れている。


「司はしないのか? まだ花火は残っているんだろ?」


 隣に座っている父さんに声を掛けられた。


「んー、見ている方が楽しいかな」


「そうか。司、もし雄三の身に何かあったら、お前がしっかりと杏里さんを守るんだぞ」


「何かあったらって? 何かあるのか?」


「いや、今はまだない。私も雄三も年を取るだろ? お前よりも早くいなくなるんだ。しっかりとな」


「一体何年先の話をしているんだよ? まだまだ先だろ?」


「そうだな。せめてひ孫の顔を見ないとな。まだまだばーさんの所には行けんな」


 ニヤつきながら父さんは空っぽになったグラスを持ち、腰を上げる。


「どれ、私は明日の朝早いんだ。後は頼んだぞ」


「分かった」


 いつもより口数の多い父さんだったけど、普段からこんな感じだったけ?


「杏里ちゃーん、真奈ちゃーん。そろそろ花火もなくなるし、最後にこれしない?」


 母さんが取り出したのは線香花火。

ふと、公園で杏里と二人でした線香花火を思い出す。

少しだけ、鼓動が早くなるのがわかった。

思いだすだけでドキドキしている。


「あ、線香花火! するする!」


「線香花火ですね。では、みんなで勝負しますか?」


 杏里が俺の目の前にやってきて、俺の腕をつかんだ。


「一緒にいかが?」


 手には線香花火を持っている。


「いいだろう。大きさですか? 長さですか?」


「もちろん、長さで勝負!」


 家の外からカエルの鳴き声が聞こえてくる。

四人で線香花火に火をつけ、この夏最後の花火を楽しむ。


「あぁぁ! 落ちた!」


 真奈の声が響き渡った。


「あっ、おしい! もう少し行けたと思ったのにぃー」


 母さんも一緒に花火をしている。

残りは俺と杏里。前回優勝者の俺は負けるわけにはいかない。


「あっ……」


 俺の方が先に落ちてしまった。


「私の優勝ですね」


 杏里が俺の方を見ながら微笑んでいる。


「三回勝負だろ?」


「今日は四人なので、一発勝負ですよ?」


 なんでですかー!

前回は三回勝負だったじゃないですか!

まぁ、俺は大人だし、負けても悔しくないしっ!


「そっか、じゃあ杏里が優勝だな」


「そうです。優勝です。もちろん景品あるんですよね? 司君」


 杏里の意地悪が始まった。

用意しているはずないだろ?


「しょうがないな。後でなにかやるよ」


「ふふ、ありがとう。あー楽しかった!」


「杏里姉、来年も来る? そうだ、来年と言わずに秋休みとか冬休みにも来てよ!」


「そうだね、時間が取れたら、また来ようかな? いいよね、司君」


「もちろん。ここは俺達の帰ってこれる場所だ。いつでもこれるさ」


「そうよ、みんないつでも来てね。もちろん、手ぶらでいいからさ」


 空に月が浮かび、下宿よりも星がきれいに輝いて見える。

そして、輝く星の下にはいつでも輝いて見える杏里の姿が。


 俺は杏里と離れたくない。

杏里も俺の事をそんな風に思ってくれているのだろうか?

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