第212話 世界で一番幸せな男


――ピンポーン


 杏里とソファーでゴロゴロしていたらインターホンが鳴った。

何だよ、折角二人でマッタリしていたのに。


「はーい」


 杏里が玄関に向かって出て行った。

ん? 立場的に俺が出ないとダメなんじゃないか?


『ここにサインお願いしまーす』


 玄関の閉まる音が聞こえ、車の遠ざかっていく音も聞こえた。

何か届いたのか? というか、俺のサインじゃなくて良かったのか?

不思議に思い、俺もホールに行ってみる事にした。


 目の前には段ボールが二箱。

はて、何か頼んでいたっけ?


「何が届いたんだ?」


 杏里が段ボールを手に持ち、二階に行こうとしている。


「これ? 旅館から荷物送っておいたの。結構増えちゃって」


 確かに。

帰ってくるときは随分荷物が減ったと思ったけど、向こうで発送していたんだ。


「手伝うよ」


「いいの? ありがとう。じゃぁ、その箱持ってきてもらえるかな」


 杏里はすでに一箱持っているので、残りの箱を持つ。

ぐがっ! お、重い! 何だこれ!

俺は全力で箱を持ち上げ、少し肩で息をしながら杏里の後をついて行く。


「あ、杏里。これ、重く、ないか?」


「うん、重いよ。発送する時も彩音と二人で運んで大変だったし」


 一体中には何が入っているんだ?

漬物石でも入っているのか?


 杏里が自分の部屋に入り、手に持っていた段ボールを床に置く。

チラッと部屋の中を見渡すと、以前よりも物が増え、すっかり女の子っぽさが出た部屋になっている。


 机の上にはヒヨコのぬいぐるみや一緒に撮った写真が飾られてる。

何だか、ドキドキしますね。


「あ、その辺に置いてもらえるかな。後で整理するから」


「お、おぅ。どっこいしょっと」


 はぁー、重かった!


「ありがとう、助かったよ」


 笑顔でお礼を言われてしまう。

ふっ、男として、彼氏として当然じゃないですか!


「何買ったんだ? 結構重かったぞ」


「えっとね、海の塩で作った入浴剤とか、向こうでしか買えないような化粧品とかかな?」


 女の子は大変ですね。色々と。

この日の夜は、おいしいキノコと鯛の煮つけ。

杏里と一緒に作って、おいしくいただきました。


 でも、急に気前の良くなったオッチャンとじっちゃん。

今度何かお礼でも持っていくかな……。


――


 あれから数日経過し、今日は高山と杉本がうちに来ている。

そろそろ課題を進めなければ間に合わないからだ。

ここ数日で下調べはほとんど終わっている。

あとは、集めた資料をまとめて、書きだしていくだけ。


「で、これはこことまとめていいのか?」


「うーん……。だったらこっちと一緒にした方がいいんじゃ? 彩音はどう思う?」


「私だったらこうするかな?」


 俺と杏里、杉本が話を進めている。

その隣で高山は一人ノートと参考書を持って一人勉強中だ。


「な、なぁー、俺も混ざりたいー」


 高山が仲間になりたそうに、こっちを見ている。

仲間にしますか?


「ダメだ」


「何でだよ!」


「個人の課題がまだ終わってないだろ? 俺達はみんな終わってるんだ」


「だけどさー、折角みんなでそろっているんだし……」


 高山だけ個人課題が終わっていない。

あれだけ先に終わらせていかないとと、念を押したのに。


「高山さん、早く終わらせてください。こっちも時間が無いんですよ」


「ごめんね杏里。高山君の時間、私が結構もらったから……」


 恐らく何かイベント系の作業を高山に依頼していたのだろう。

高山は確かバイト前に少し顔色が悪かった気がする。


「あと少しで終わるからさー」


「早くしてくれ」


「俺、今日ここに泊まってく。家に帰ると多分進まないと思うから」


 と、勝手に話を進める高山。


「勝手に決めるなよ。親にも聞いていないんだろ?」


「既に許可は取っている」


 随分準備がいいですね。


「えっと、私も泊めてもらっていいかな?」


 と、杉本もびっくり発言。


「彩音も? ご両親には?」


「えっと、前と同じ所で勉強会するって話してる」


 ははーん。二人とも計画してきましたね!

俺は気が使える男。

良いでしょう、この気を解放しようじゃありませんか!


「まったく、二人とも勝手に……。いいよ、泊まって行けよ。ただし!」


「ただし?」


「食費は出してくれ」


「出したら豪華になるのか?」


「それなりにはな」


 今夜もイベントが開催される。

夏休み。海にいったり、お祭りにいったり、花火をしたり。


 それに宿題をギリギリまでやらないで、最後の追い込みは夏の風物詩。

俺達は、早めに終わらせることができるよう、早めに手を付けている。


 この後、井上の大会に行くし、実家にもいかなければ。

杏里と一緒に過ごす事が多くなり、隣にいつもいるのが当たり前になっている。


 当たり前の事が普通。でも、それは自分が望んだ姿。

俺は杏里と一緒にいたいし、これからもずっと一緒にいたい。

年をとっても子供ができても、じーちゃんになっても、杏里と一緒にいたい。

そんな想いを胸に、杏里を見つめる。


 杏里も俺の想いに答えてくれるかのように、優しい微笑みを返してくれた。

俺達は両想い。杏里も俺の事を心から想ってくれている。


 俺は世界で一番幸せな男かもしれないな……。


「司君?」


「どうした?」


「今夜は焼肉ですか?」


 ま、そんな杏里が好きなんだけどな。


「そうだな、高山の懐次第だな」


「まじか! 今日はそこまで手持ちがないぞ!」


「わ、私も出しますよ!」


 俺達の夏は、まだ続く……。

肉、冷蔵庫に入っていたっけ?


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