第211話 必要な事


「どの本にする?」


 俺は杏里と一緒に商店街にある本屋に来ている。

街にある大型の書籍店とは違い、売られている冊数もそんなには多くない。


「うーん、どれにしようか……」


 雑誌コーナーにある結婚情報誌は何冊もあるし、専門誌の所に何冊もある。

全部に目を通していたらきりがないのが正直なところだ。


「とりあえず、多すぎるのは困る。適当に雑誌一冊でいいんじゃないか?」


「そうしようか。じゃ、一番手前にあるこの雑誌でいいかな?」


 杏里が手に取った雑誌は毎月発刊されている結婚情報誌。

かなり厚みがある雑誌だが、ペラペラ中を見るとほとんど写真だ。


 いくつか記事の様なものも書かれているが、ドレスやアクセサリーの写真。

それにエステや化粧品などの写真が多い。


 逆に男性が見そうなページがほとんどない。

何だかんだ言いつつ、結婚式というのは女の子の夢でもあると、この雑誌一冊からでも読み取れてしまう。


 『夢』

俺の夢は下宿を継ぐこと。今はその為にできる事を考え、行動しているつもり。

だが、夢は一つだけではない。

俺だって、結婚したり、息子とキャッチボールしたり、奥さんとイチャイチャしたり……。

それに、表紙に載っているドレスを杏里が着たら……。


「――君? 司君? 聞いてる?」


「へ? あ、うん。聞いているよ」


 杏里が不思議そうな目をして俺を覗き込んで来る。

ちょっとだけ考え事をしていただけです。


「で、どうするの? これ一冊でいいの?」


「とりあえず一冊買って、よく読んでみようか。あと、高山とか杉本にも進んでいるか確認しておかないとな」


 あの二人にも俺達と同じように情報を集めてもらっている。

高山はちゃんと調べているのだろうか……。


――ブルルルルル


 ポケットに入れたスマホが震えだす。


「ごめん、遠藤から電話だ。ちょっと外に行って話してくる」


 本屋の中で電話はご法度。

静かな店内に俺の声が響くのはやめた方がいい。


「もしもーし」


『天童君かい? メッセみたよ』


「あのさ、大会について何か知っているか?」


『井上さんの出る大会の事かい?』


「そうそう。折角だし応援に行こうかと思ってさ」


『そうか、彼女もきっと喜ぶよ』


 そんな話をしながら遠藤は大会の日時や場所、スケジュール等について詳しく教えてくれた。

まぁ学校のホームページにも開示されているという事は、最後に言われたんですけどね。


「じゃ、当日俺も行くからよろしくな」


『あぁ、彼女に伝えておくよ。他に何か伝言はあるかい?』


 伝言? 特に話す事などないし、伝える事なんてないな。

いや、遠藤が最後に話を振ってきたという事は、何かメッセージを残せと言う事か?


「杏里と応援に行くから頑張れって、伝えてくれ」


『分かった。彼女にしっかりと伝えておくよ』


「どうなんだ? 入賞できそうなのか?」


『入賞? この僕がついているんだ、優勝の間違いだろ?』


「ははっ、遠藤も言うね」


『有言実行。『できるかもしれない』ではなく、やらなければならない。彼女には必要なことだ……』


 遠藤の言葉に少し重みを感じた。井上に必要な事。

井上は確か闇を飼っているとか言っていたっけ?

で、遠藤がお祓いするために、走り込んでいるんだよね?

間違ってたらすまん。


「遠藤もしっかりとな」


『あぁ。夕方からはまた彼女と練習するさ。ほどほどにねっ』


 電話越しでも遠藤スマイルが見えてくる。

つか、あいつこの数日でがっつり黒くなったよな。


 電話も終わり店に戻った。

杏里は手に持った雑誌を見つめている。


 開いているページはウェディングドレスの特集。

夏仕様のドレスは涼しそうなカラーが多く、スレンダーなドレスから、フワッとしたお姫様のようなドレスまで多種多様。

どんなドレスが杏里に似合うのか、つい想像してしまう。


「ただいま」


「あ、おかえり。日程わかった?」


 杏里に遠藤から聞いたスケジュールと場所を伝える。


「夏休み中に大会があるんだ。場所はそんなに遠くないから行けそうだね」


 今回の大会が行われる競技場は『グランディム陸上競技場』。

街の中心から少し離れた所にある大型の陸上競技施設だ。

宿泊施設や体育館、ジム等がそろっている施設で色々な大会がここで行われている。


「そうだな。日程的に大会が終わってから実家に帰るか」


「うんっ」


 杏里から雑誌を受け取り、会計をする。

心なしかレジをした店員さんが俺と杏里を交互に見ている気がした。


「ありがとうございましたー」


 最後までお店の人は俺達の背中を見ている。

変な格好でもしていたかな?


「よし、買うものも買ったし帰るぞ!」


「早くクーラーのきいた部屋でゴロゴロしたいねっ」


「ついでに買い物して帰るか。そしたらもう家から出なくて済む」


「そうしよう! 私肉屋に行くから、司君は八百屋さんね」


 杏里としばしの別行動。

いっつも二人で行動しているわけじゃないよ?


「らっしゃい! お、なんだ司か。今日は一人か?」


 だから、いつも二人で行動してないってば。


「いや、杏里は肉屋。えっと、人参とキャベツと、白菜……」


 俺は適当に野菜をかごに入れ始める。


「司、その雑誌何買ったんだ?」


 さっき買った雑誌だ。

雑誌の名前は見てなかったな。


「えっと、結婚情報誌だけど?」


 オッチャンが目を丸くした。

まるでニワトリが散弾銃で撃ち抜かれたような表情だ。


「けっ、っこ、け、っこ、んー!」


 そうか、オッチャンはニワトリの真似をしているのか。


「オッチャン?」


 肩で息をしている。どうしたんだろうか?

ここ数日暑かったので、熱中症かな?


「そうか……。最近は色々と早いと聞いていたが、もう……。いつだ?」


 いつ? 課題の発表かな?


「問題が無ければ秋の文化祭の日かな」


「そ、そうか……。司、しっかりと姫ちゃんをサポートするんだぞ」


「分かってるって。多分杏里が中心になると思うし」


 今回の課題は難題だ。

きっと、杏里や杉本、女性陣の意見を参考に進めなければならない。

俺と高山はおまけだ。


「司、これ持ってけ」


 オッチャンはなぜか高級なキノコをくれた。


「え? いいの? 結構高いんじゃ?」


「いいから、いいから! おーい! 魚屋!」


 道路を挟んで向かいの魚屋さんに声をかけている。

オッチャンはそのまま向こう側まで走っていき、何やら魚屋のじっちゃんと何か話している。


 しばらくするとじっちゃんが俺の方を見て、普段は見せない満面の笑みを向けている。

き、気持ち悪いな、とりあえず笑顔を返しておくか……。

しかし、一体何を話しているんだ?


 と、思ったらすぐに戻ってきた。


「司、これは魚屋からだ」


 出てきたのは少し小さめの鯛。


「え? な、何で?」


「いいから、いいから! 今日は商店街緊急招集と今決まった。忙しくなるぞ!」


 そうか、おっちゃんも結構忙しいんだな。


「熱中症には気を付けてくれよな。ここで野菜が買えなくなったら困るんで」


「大丈夫、大丈夫! 何か必要なもんがあったらすぐに教えろ!」


 随分と元気だな。

何かいい事でもあったのか?


「あ、ありがとうございます。じゃ、ありがたくいただいて行きますね」


 野菜分の会計を終え、なぜか高級きのことお魚をゲット。

良い事があったなー。今日はこの魚とキノコで夕ご飯にしよっと。


「司君、終わった?」


 ちょうど肉屋に向かっていたら杏里と遭遇。


「こっちは終わった。そっちは?」


「うん、こっちも終わり。さ、早く帰ろう」


 少し荷物が増えたけど、当初の予定はクリア。

おっちゃんの様子が少し変だったけど、いつもの事だしな。


――


「「ただいまー」」


 無事に家に着き、買ってきた物を冷蔵庫へ入れる。


「アイスティー飲む?」


「お、良いね。シロップ多目に」


「はーい」


 すっかり杏里もこの家に馴れてきた。

俺はソファーで横になりながら買ってきた雑誌に目を通す。


 分厚い雑誌で全てのページがカラー。

欲しい情報はどこにあるのかなー。


「私も読みたいっ」


 杏里がソファーで転がっている俺の横に無理やり入ってくる。


「ちょ、狭いって」


「半分」


 俺の体半分に杏里の体半分が乗ってくる。

狭いけど、その分密着度が……。


 俺の高なる鼓動音は杏里に伝わってしまうのか?

この距離、ドキドキする……。


 最近の杏里は、随分積極的だと感じるのは俺だけか?

それとも、俺が気にしすぎなのか?

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