第210話 パフェの甘さ


 杏里と一緒に暑い日差しの中、商店街にある本屋を目指し歩いて行く。

もしかしたら夕方から出かけた方が正解だったかもしれない。


「杏里、暑くないか?」


 杏里はつばの大きい麦わら帽子に薄い水色のワンピース。

見た感じ涼しそうだが、少し肩で息をしている。


「暑いよ。だって、今は夏でしょ?」


 当たり前だ。夏が寒かったら冬になっちまう。

しかし、暑すぎる……。


「そうだけどさ、本屋に行く前にちょっと喫茶店でも入らないか? 喉が渇いた」


「喫茶店? 商店街に喫茶店なんかあったっけ?」


 杏里が普段よく使う店は肉屋や八百屋、でも一人で喫茶店とか入らないから場所を知らないのかな?


「あぁ、レトロな喫茶店が裏路地にあるんだ」


「パフェとかあるかな……」


「ん? 何か言ったか?」


「な、何でもない! 早く行こう、喉渇いちゃった」


 杏里が俺の腕を取り、からんでくる。

俺を見つめるその目は、いつもより輝いている。


 この輝きの原因は何なのか、俺は知っている。

おいしい物への期待だ。きっと喫茶店でパフェとかプリンとか、何か甘いものを期待している。

いいだろう、その期待に応えようじゃないか!


 二人でどんな資料が欲しいか話しながら歩くと、目的の喫茶店に到着。

裏路地にあるせいなのか、いつもお客さんが少ない。


――カランコローン


「……いらっしゃい。奥の席へ」


 無表情なマスター、年も結構いっていると思う。

いつも白いシャツに黒のボトム。

顎から生えている白ひげがおしゃれだ。


「水はセルフ。オーダーが決まったら教えてくれ」


 相変わらずなマスター。

きっとこんなんだから客が少ないんだな。

でもね、俺は知っているのだ。ここのコーヒーはいい味なので結構オススメだったりする。


 さっきから杏里がずっと見ているメニュー。

デザートが載っているページからずっと目を離さないで、真剣に見ている。


「杏里?」


 返事が無い。ただの食いしん坊のようだ。


「あーんーりー。聞こえてるか?」


「ふぁ? うん、大丈夫。しっかり聞こえてるよ」


 目の輝きがいつもの二倍になっている。


「決めた?」


「こ、これってどうなんでしょうか?」


 杏里の指さす品は『パフェマックス』。

アイスやチョコ、クリームにフルーツ、さらにミニケーキまで上に乗っているジャンボパフェだ。

コメントには『二人でちょうどいいサイズです』と書かれている。


 ま、まさか……。


「一人で食べるのか?」


 微笑みながら頷く杏里。

良いのか? その、確かにうまそうだけど、一人でいいのか?


「ダメ、かな?」


「いや、いいんじゃないか? 食べたいんだろ?」


「うん。大きいパフェが食べてみたかったの。普通のサイズは良く食べられるし、このサイズは珍しいよね!」


 テンション高めで話しかけてくる杏里は、すでに臨戦態勢に入っている。

紙ナプキンをテーブルに置き、自前のティッシュまで準備していた。

ま、杏里だったらいけるかな?


「じゃ、オーダーするぞ」


 マスターにオーダーを伝え、パフェとアイスコーヒーを待つ。

俺も甘味は好きだし、やや甘党だけど、さすがにでかいよね?


「お待たせしました……」


 目の前にでっかいパフェが到着。

そして、杏里の手に武器が握られた。

右手にフォーク、左手にスプーン。二刀流で二回攻撃が可能だ。


「い、いただきますっ」


 俺は頼んだアイスコーヒーにミルクを入れながら杏里がおいしそうに食べるのを見ている。

笑顔でフォークを握り、頂上に立っていたミニチョコケーキを一口で口に放り込む。

そして、数秒後には隣のフルーツに手を伸ばしている。


 満面の笑みで食べている杏里は、微笑ましい。

でもさ、この大きさ全部いけるんですか?


「杏里、おいしいか?」


「うん、とっても! 少し食べる?」


 スプーンに乗せたパフェを俺の口元に差し出してきた。

ここは遠慮なくいただきましょう。


「甘いな」


「あまいよー。ミニケーキもおいしいし。あ、このミニマロンは司君にあげるよっ」


 杏里からもらったケーキも甘いが、この空気も甘い。

少し遠くに見えるサラリーマンがこっちをちらちら見ている。


 もしかしたらあの人もパフェが欲しいのだろうか?

それとも、杏里に見惚れているのか?


「おいしぃー。司君も頼めばいいのに」


「いや、さすがにその大きさはちょっと……」


 時間の経過と共にパフェがどんどんなくなっていき、そろそろ無くなりそうである。

しかし、笑顔だった杏里の表情が少し曇ってきている。


「つ、司君……」


 口元にクリームをつけ、大好きなイチゴを最後まで残している杏里が、何やら困り顔で話してきた。

ついに杏里も限界か? ま、この量ならしょうがないよな。


「どうした? さすがに食べられなかったか?」


「いえ、あと少しでなくなるかと思うと、とても残念で……。イチゴはあげませんよ?」


 さすがです! さすがは杏里、俺の惚れた彼女。

俺の予想を大きく外す結果を出してきます!


「そっか、食べ過ぎ注意だからな」


「うっ……。少し、食べます? イチゴ以外で」


「食べた分動けばいいだろ? 食べきれるのか?」


「もちろん! 甘いものは別腹って言うじゃないですか!」 


 再び食べ始めた杏里は、最後にクリームのたっぷりついたイチゴをフォークに差す。

そして、そのフォークを俺に向けてきた。


「どうした? 食べないのか?」


「イチゴは好きだけど、司君の事も好き。良かったらイチゴ食べて」


 これは杏里なりのお礼なのかな。


「そっか、じゃ遠慮なく」


 俺はフォークを受け取り、杏里の表情を読み取る。

本当は自分が食べたいのか? 俺に食べさせたいのか?


 杏里の表情は変わらない。

さっきから笑顔で俺を見ている。まさか、本当にイチゴを差し出すというのか?

あの、イチゴ大好き杏里が。これはある意味事件です。大事件ですよ!


 その後、俺はフォークに刺さったイチゴを杏里の口元に運ぶ。


「あーん」


「え? イチゴ、いらないの?」


「杏里はイチゴが好きなんだろ? 遠慮するなよ」


「でも……」


「いいから。ほれ、あーん」


 杏里のカワイイ口が開き、中にイチゴが放り込まれる。

もし、笑顔のメーターがあれば振りきれているだろう。

ほっぺにイチゴを隠した杏里はハムスターのようだ。


「うまいか?」


「おいひいでふ」


 そして、俺の指は杏里の口元に着いたクリームを取り、そのまま自分の口に運ぶ。


「俺はイチゴじゃなくて、このクリームで十分だ」


 顔を赤くした杏里が可愛い。

でも、あの量のパフェはどこに消えていったのだろうか?

本当に別腹で異次元に消えて行ってしまったのか?


「クリーム、ついていましたか?」


「あぁ、たっぷりとな」


「早く言ってください!」


「だって、どうせまた食べたら付くんだぜ? 最後に取った方がいいだろ?」


「そうじゃありません! 恥ずかしいじゃないですか」


「大丈夫、杏里を見ているのは俺しかいないから」


 なんせ、客が少ない。

マスターとサラリーマンの人だけだ。

それに、杏里の顔は二人から死角になっているから、見えないしね。


 なぜか撃沈している杏里は、手鏡で自分の顔を覗き込んでいる。

そんなに恥ずかしいのか?


「司君、そんな事サラッというのは反則ですよ」


「そっか、反則か。じゃぁ、罰として、ここの支払いは俺がしておくよ」


「え? でもそれじゃ」


「デートだデート。気にすんな」


 食べ終わった食器を少し整理し、席を立つ。

杏里は満足そうな顔で俺の後ろをついてくる。


「お会計お願いしまーす」


「アイス、パフェ。二点で二千円」


 た、高い! え? あのパフェってそんな金額するのか!

予想以上の金額にびっくり、幾らだったのか見てなかったな……。


「「ご馳走様でした」」


――カランコローン


 二人で喫茶店を出ると、再び暑い日差しが俺達を襲ってくる。

遠藤からの連絡はない。一体いつになったら連絡くれるんだ?


「早く本屋さんに行こうっ」


 俺の手を握り、先に歩き始めた杏里。

俺はこの手をずっと握りながら、君と一緒に歩いて行くよ。


「早く本を買って帰るか。外は暑いしなっ」


 振り返る彼女の笑顔を見ながら、俺は心にそう誓った。

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