第207話 旅立つ者と残る者
「「お疲れ様でした!」」
予定していたバイトも無事に終わり、何とか最終日も終える事が出来た。
この短い期間ですっかりと仕事を覚え、全員がどのポジションでも仕事ができるようになった。
特に会長はオーナーの右腕としてカウンターやクレームまで対応できるようになっていた。
やっぱりなんだかんだ言っても会長はできる人なんだと再認識。
「今日で仕事も終わりじゃの。すっかり世話になったのー」
オーナーも最後の方は仕事せず、グラス片手にのんびりしていた気がする。
趣味の範囲でしている仕事と言っていたが、毎年ここで店を開けているらしい。
何か理由でもあるのだろうか?
「よーし、お前たち、荷物をまとめたら帰るぞ!」
結局仕事場にはほとんど顔を出さなかった先生も、最後の日は店に来た。
ほぼ海で遊んでいた気もしないでもないが、それはそれでもいいか。
わざわざ引率してくれたんだ、そこには感謝せねば。
「いやー! 疲れたな!」
高山は肩を回しながら軽く体を動かしている。
「でも、楽しかったね!」
杉本も高山の隣でニコニコしている。
あの日以来、何となく二人の距離に変化が起きた。
二人で歩く時とか何となく距離があったが、今じゃすっかりくっついて歩くようになっている。
会話をするときも心なしか、二人の距離が近い。
時折見せる杉本の表情は、以前よりも柔らかく、高山に向ける視線が優しい。
「旅館に戻ったら帰る準備をしてロビーに集合じゃ。塚本と遠藤の二人はこのまま残るのでいいんじゃな?」
会長と遠藤はオーナーとはなして、もう少しバイトを続けるらしい。
明日からは新しく人が来るが、新人のみだとお店が大変になるらしく、オーナーから何人か残れないか打診があったようだ。
先生も俺達と一緒に帰るが、引率はそのまま熊さんが引き継いでくれた。
熊さん達、ようは陸上部の合宿が終わるまでは残る事になった。
「遠藤、まさかこのままバイト終わったら走り込みするのか?」
遠藤はずっとバイトが終わった後、井上と何かしら練習している。
バイト、走り込み、寝る。遠藤の体力って思ったよりあるんだな。
「僕かい? そうだね、一度自分から言いだした事だし、ここでやめたら後味が悪いしね」
すっかり黒くなった遠藤。
心なしか体が引き締まって見えるのは多分錯覚だ。
「あんまり無理するなよ」
「無理はしないさ、彼女にはぜひとも入賞してもらわないとね」
遠藤スマイルが眩しい。
顔の黒さと歯の白さ。ツートンカラーになっている。
「じゃ、五人は送っていくからの。明日の仕込は二人に任せていいじゃろ?」
「昨日と同じで?」
相変わらず口数が少ない会長。
でも、仕事をする男になっている。腕を組み、その眼光は鋭い。
まるで第二のオーナーのようだ。
「昨日と同じで大丈夫じゃ。足りなかったらバーさんの所に行ってくれ」
後から聞いたがかき氷屋のばーちゃんはここのお店の常連で、互いに良く行き来して話をしているんだと。
店の仕入れや発注もばーちゃんにお願いしているらしく、休業中の建物管理もしてくれているらしい。
「分かった。遠藤、仕事に戻るぞ」
「了解っ」
二人がカウンターに戻っていく。
「私達は帰って平気なのかな?」
杏里が少し不安そうに俺を見てくる。
「大丈夫だろ? みんなが残ったら逆に人員過剰になるんじゃないか?」
「そっか。だったらいいんだけど」
「それに、まだ俺達は課題が残っている。早くまとめないと休み明けまでに間に合わないぞ」
「そうだね、早くまとめて、残りの夏休みを満喫しないと!」
店を後に、俺達は旅館に戻る。
先を歩く高山と杉本はもともと仲が良かったが、このバイトを通じて少し距離を縮めたようだ。
ま、俺のサポートがあったからだな!
「司君、来てよかったね」
「そうだな。また来年も参加してみるか」
歩く俺の腕に絡んで、杏里は俺に体重をかけてくる。
「そうだね。でも司君とだったらどんなイベントでも楽しいよ、きっと」
「よし、来年もまた参加しよう」
「うんっ」
前を歩く二人は手を恋人繋ぎし、互いに見つめ合いながら何か話をしている。
二人とも笑顔が絶えない。本当に仲が良いな。
俺と杏里も仲は良い方だと思うけど、少しは距離が縮まったのかな?
先頭を歩く先生は一人遠くを見ながら歩いている。
そういえば、恋しちゃった先生はどうなったんだ?
ま、大人には大人の事情があるんだし、気にするのはやめよう。
――
「忘れ物はないかの?」
「大丈夫です!」
ロビーに全員が集まり旅館を出る準備が終わった。
「また泊まりに来てね。ちょっとだけならサービスするからさ」
「その時はよろしくお願いします!」
「よし、帰るぞー」
オーナーを先頭に駐車場に移動する。
なぜか杉本の手には大量のお土産が。
「彩音、お土産多くない?」
「だって、弟が一杯買ってきてって。甘いもの好きなんだよね」
「少し持ってやるよ」
高山がさりげなく手を出し、杉本の荷物を肩にかけた。
「ありがとう、助かるよ」
「いえいえ」
男らしさアピールですか?
俺も何か杏里にと思ったが、杏里の荷物が少ない。
あれ? こんなに少なかったけ?
むしろ来た時より少なくないか?
「荷物は積んだか? じゃ、出発するぞ」
サングラスをかけたアロハオーナーは車を動かし始めた。
来た時と同じ車。でも、帰りのメンバーは少ない。
助手席に先生が乗り、二列目に高山と杉本が。
一番後ろに俺と杏里が乗っている。
俺の隣には大量のお土産も積まれているが……。
もし、会長と遠藤も同時に帰っていたら、みんなの膝の上にはお土産が乗っていただろう。
「駅まで時間がかかるからのー」
来る時はテンション高めだったが、帰りは逆。
遊び疲れた子供のように睡魔が襲ってくる。
心地よい振動と静かな空気。
や、やばい出発してまだそんなに時間は経っていないのに眠い……。
ふと肩に何かが乗っかってきた。
杏里の頭が俺の肩に。
そして、そのまま崩れて俺の膝の上に杏里の頭が落ちてきた。
よっぽど疲れたのかな?
杏里の乱れた髪を整え、顔が出るように髪をかきあげる。
すっかり寝息を立てて、夢の世界に旅立った杏里はどんな夢を見ているのだろうか?
杏里の頬に手を当て、その無邪気な顔を見つめる。
ふと前を見てみると、高山の肩に杉本が寄りかかっている。
そして、高山も同じように杉本に寄り添うように寝ている。
寝てるよね? 後ろからだと分からないけど、多分二人とも寝たんだよね?
俺も寝るか。オーナーには先生が付いているし、大丈夫だろ。
と、先生を見たら先生も窓ガラスに体重をかけ、寝ているようだ。
「天童も寝ていていいぞー、他のメンバーは全員寝ておる」
「良いんですか? 俺まで寝ちゃって」
「いいんじゃよ、運転手の運命じゃ」
では、遠慮なく寝ます。おやすみなさい!
杏里の口元が、もにゃもにゃ動き始めた。
「むにゃむにゃ……。かき氷、おかわり……」
俺は杏里の寝言を聞きながら、俺も夢の世界に旅立つ決意をした。
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