第208話 そんな君が大好きです


 バイトが終わって、みんなが駅で解散する。

オーナーは一度、喫茶店に顔を出してから、セブンビーチに戻ると言っていた。

別れ際に名刺を一枚くれて、もしバイトがしたくなったら連絡をしてもいいと。


「いいか、家に帰るまでが仕事だぞ。気を付けて帰るんだからな!」


「分かりました! 先生も気を付けて」


 高山は先生に向かって敬礼をしている。

片手にお土産の袋を大量に抱え込みながら。


「ごめんね、ちょっと買いすぎたかな……。で、でもちゃんと高山君のお土産も買ったからねっ」


「ほんとか! いやー、嬉しいなー。早く帰ろうぜ! 天童も気を付けてなっ」


 杉本と高山が駅の方に向かって歩いて行く。

きっと、あのまま二人で杉本の家に行くんだろうな。

絶対にそうだ。


「で、お前たちも真っ直ぐに帰るのか?」


 さて、俺と杏里も特に予定はない。

荷物もそれなりにあるし、今からどこかに行く予定もない。


「どうしようか? 司君はどこか行きたいところある?」


「いや、今日は帰ろう。なんだかんだ言って疲れたし」


「そうだね、帰りに商店街で何か買ってから帰ろうか」


「そうだな、今日はそうしよう」


「それじゃ、気を付けて帰れよ」


「はい、引率ありがとうございました」


 杏里と駅に向かって歩き始める。

色々あったけど、結構楽しかったバイトも終わった。

明日からは課題に取り組むか。


「あ、天童!」


 急に先生が声をかけてきた。


「何か?」


「今度、陸上部が参加する大会がある。良かったら見に行ってやってくれ」


 そう話した先生は、まだ明るいにもかかわらず、街の中に消えて行った。


 電車に乗り込み、自宅に向かう。

揺れる電車は心地良く、再び睡魔が襲ってくる。

気が付くと肩に杏里の頭が乗っており、そっとつないだ手からぬくもりを感じる。

俺も、ついうとうととし、杏里に少しだけ体重をかける。

彼女のぬくもりを感じながら、ほんの少しだけ電車の中で夢の世界に。



「――きて! 司君、起きて! ここで降りるよ!」


 杏里に手を引かれ、無理矢理引っ張られていく。

電車から降りるとすぐに扉が閉まった。


「危なかった。もぅ、ちゃんと起きててよねっ」


「ごめん、すっかり寝てしまった」


「後少しで乗り過ごすところだったよ」


 危うく次の駅までいってしまうところでした。

ありがとうございました。


 杏里がハンカチを取り出し、俺の口元を拭く。

なんだ?


「司君、ちょっと口元が白く……」


 まさか、よだれですか!


「ありがとう。何だか久々に戻ってきた気がするな。まるで一ヶ月以上帰っていない気がするよ」


「ほんとだね、すっごい久々な気がする」


 改札口を出て、いつもの商店街に突入。

目的は今日の夜ご飯、たまにはお弁当でもいいかな。


「杏里、今日の夕ご飯どうする?」


「うーん、なんだか疲れちゃったし、外食かお弁当でもいいかなって」


 奇遇ですね。俺も同じことを考えていましたよ。


「じゃぁ、肉屋のお弁当でも見てみるか」


「いいねっ、私メンチカツ弁当が良いな」


「あそこのメンチはうまいからな。俺は何にしようかなー」


 そんな話をしながら杏里と手を繋いで、仲良く商店街にあるいつもの肉屋を目指す。


「いらっしゃーい。お、姫ちゃん久しぶりだね。今帰りかい?」


「はいっ、今帰ってきました。お弁当ってまだあります?」


 見た感じ、いつもあるお弁当コーナーには何も残っていない。

残念ながら売り切れのようだな。


「今日の分は売切れちゃったんだけど、良かったらお弁当二個、作ってあげようか?」


「良いんですか?」


「いいよ、うちのお弁当は地域で一番おいしいからねっ」


「ありがとうございますっ」


 すっかり仲良くなった杏里とおばちゃん。

おばちゃんは売っている惣菜を適当に詰め込んで、お弁当を二個作ってくれた。

杏里は他に何か買おうとしているらしく、少し離れた所の惣菜を見ている。

おばちゃんは俺にお弁当の入った袋を手渡し、先に会計をする。


「司ちゃんもいい奥さんもらったねっ」


 ニヤニヤしながら小声で俺に話しかけてくる。


「ちょ、奥さんてっ――」


「どうしたの? 何か言った?」


 杏里が俺の方を見てくる。


「何でもないっす! あ、杏里は他に何か買うのか?」


「えっと、ハムカツ買ったら明日の朝ハムカツサンドが食べられるかなって……」


 いいねー。ハムカツサンド、おいしそうじゃないですか。


「おばちゃん! ハムカツ四枚追加で!」


「はいよ、四枚ね。ついでにキャベツの千切りも入れておくよ」


 笑顔で店を後にする杏里。

俺の右手にはお弁当にハムカツ。

左手には杏里の手が。


「お弁当、楽しみだね」


「久々に弁当買ったよ。さ、早く帰ろう」


 日も落ち始め、空が赤く染まり始める。

いつもの公園を通り過ぎ、歩くこと数分。


「やっと帰って来たな」


「うん、私たちの帰る場所」


「「ただいまっ!」」


 杏里と一緒に玄関に入り、電気をつける。

久々に帰ってきた。やっぱり家は落ち着くなー。


「ご飯にする? それとも少し荷物整理する?」


 どうしようかな……。


「杏里はお腹、空いてるか?」


「少し空いているかな」


「だったら先に荷物整理しておこうか。洗濯も回した方がいいだろうし」


「そうだね、先にまわしちゃって、その間にご飯にしよっか」


 意見がまとまりました。


「司君の洗濯物出しておいて。私がまとめてまわしちゃうから」


「え? いいよ、自分でするから」


「いいからいいから。その代り、ご飯の準備お願いっ。司君が作ったお味噌汁食べたいな」


 そんな甘い視線を俺に向けるとは。

しょうがない、可愛い奴め。


「しょうがないな。じゃ、簡単に荷物整理したら、ご飯の準備しておくよ」


「ありがとう、司君のお味噌汁はおいしいからねっ」


 杏里はバッグを肩にかけ、そのまま洗濯場にまっすぐ行ってしまった。

俺も一度自分の部屋に荷物を置き、洗濯物をまとめる。


「あんりー、洗濯物どこに置けばいい?」


 洗濯場に入った俺は、つい杏里の手にもつ白とかピンクの何かが目に入る。

とっさに杏里はバッグに戻したが、多分あれだと思う。


「あ、えっと、そこのカゴに入れておいて」


 少し焦ったのか、杏里の目が左右に泳いでいる。

安心してくれ、俺は見てない。


「じゃ、うまい味噌汁でも作って待ってるな」


「う、うん。こっちも終わったらすぐに行くね」


 その後、一緒にお弁当を食べて、味噌汁もおいしくいただく。

久々の二人っきりの夕飯。お弁当で少しそっけないが、それでも杏里と一緒の食卓は楽しい。


 こんな、なんでも無いような日が、いつまで続くのだろうか。

これをきっと、平凡な日常と感じてしまうのはきっと杏里がいて当たり前の生活になったんだな。


「おいしいね」


「やっぱあそこのメンチは一級品だな」


「司君のお味噌汁も一級品だよ」


 おいしそうにみそ汁を飲んでいる杏里は、ちょっと食いしん坊。

そして、少し甘えんぼうで寂しがり屋。


 俺はそんな君が大好きです。


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