第199話 二日酔いには


 女湯から出てきた直後に先生に出会ってしまった。

エンカウント。どうする?


 このままこの場を去るか?

いや、先生が女湯に入った時に、そこから出てきたのがばれる可能性がある。


「先生、お話があります」


「ん? 風呂の後でもいいか? 二日酔いなんだよ」


「いえ、重要なお話が。今、直ぐに」


 俺はこれでもかと言う真剣な目で先生に訴える。


「そ、そうか。そこまで言うなら……」


「では、ここでは何なので、こちらでいいですか?」


 温泉の入り口から少し離れた所にあるソファーに移動する。

昨夜卓球をしていた時に使ったソファーだ。


「何か飲みますか?」


「え? いや、別に……」


「二日酔いに良い飲み物が売ってますよ?」


「お、そうなのか?」


 俺は先生をソファーに残し自販機で一本購入。

多分これは二日酔いに効くはず。

 

「どうぞ」


「これが本当に効くのか?」


 差し出した飲み物はお馴染み、コーヒー牛乳。

二日酔いに効くかは全く分からん。


「乳製品が二日酔いに、コーヒーも二日酔いに効くらしいです。そのダブル効果でめっちゃ効きます」


「そうか、それは知らなかったな。いくらだ?」


「一本くらい奢りますよ、普段お世話になっているので」


 ここで上手くごまかせることができれば、ジュース一本くらい安いもんだ。


「そ、そうか。何だか悪いな」


「いえいえ。ささ、グイッといってください」


 シュポンと良い音を鳴らし、キャップを取る。

グイッと飲む先生は少しだけ子供っぽく見える。


「プハー! 甘いな!」


「その甘さが良いんですよ」


「で、重要な話ってなんだ?」


 うーん、重要な話って無いんですよね。

さっきはとっさに言ったんですが、まったく思いつかない。

さて、どうしたものか……。


「えーと、ですね……」


「ははーん、さては課題の事だろう?」


 課題? そういえば課題の事あんまり考えていなかったな。


「その通りです。良くわかりましたね」


「そうだろ、そうだろ? 毎年あのグループ課題は難題だからなー」


 やっぱりそうなんだ。調べる事もまとめる事も難しいが何より、どんな議題にするのかが一番の問題。

俺達のグループもその一歩目でつまずいてしまった。


「そうなんです。何かご教授願います」


 ニヤニヤしながらコーヒー牛乳を飲んでいる先生。

何を考えているのだろうか?


「そうだな、私からはひいきになるからあまり細かい所は言えないな」


「そうですか……。細かくない所だと?」


「毎年上位になる議題は大体同じ傾向がある」


「それは?」


「今、社会が抱えている問題だな。過疎化とか正規社員の雇用率とか少子化、環境問題ってのもあるな」


 やっぱりそうか。会長から聞いた話とほとんど同じ。

やっぱりそこに焦点を置いた方がいいのか。


「もし、天童が未来を考えるのであれば、どうなっていてほしい? それは今の社会で問題になっているのか?」


 俺の未来。それと社会の問題。

うーん、このままいけば結婚して、子供ができて、家庭を作って、孫ができる?

あー、就職とかどうするんだろ? このまま高校卒業したら下宿をやるのか?

やっぱり、就職系か子供に対する社会保障とかが良いのか?


「難しいですね」


「そうだな、簡単ではないな。問題に取り組む事、悩んでチームで取りかかって、未来を考える。そんな課題なんだよ」


 未来を考えるか……。

やっぱり俺の未来は杏里と結婚して、子供が三人くらい欲しいな!

家族団らん、幸せな家庭を作りたい!


 杏里は俺と結婚してくれるのかな?

もしかして、ちゃんと就職して安定した収入とかないとダメだったりするのか?

家族を養うための収入ってどれくらい必要なんだろうか?


「天童、さっきからニヤニヤしたり真面目な顔したり、少し変だぞ?」


「すいません……。いろいろ考えちゃって」


「ま、そんなに深く考えなくていいぞ? 遠い未来が見えないんだったら、近い未来を考えたらいい。天童の近い未来には何が見えている?」


 俺の未来。数年先くらいでいいのかな?


「あー! 天童さんと先生! こんな所で何しているんですか?」


 温泉上がりの杉本が俺達の目の前にやって来た。

その後ろには杏里と井上がいる。


 よし、なんとか時間を稼ぐことができたな。


「ん? お前たち天童と同じところから……」


「気のせいです! 先生、少しお酒が残っているんじゃないですか!」


「そ、そうか? でも……」


「いやー、男湯の方もいい湯でしたよ! 先生、酔って逆に入らないでくださいよー」


「まさか。酔ってても逆にはいる事は無いだろ?」


「ですよね! じゃ、俺そろそろ高山起こすんで、この辺で!」


 ソファーから立ち上がり、ダッシュでこの場から消える。

杏里とすれ違う時に互いに視線を交わす。

俺達はやりきった! この危機を乗り越えたんだ!


「司君、ちょっと待って!」


 杏里が俺を呼び止める。

そして、俺の目の前にやってきて小声で話しかけてきた。


「これ、司君のスマホだよね?」


 杏里の手には、なぜか俺のスマホが。

自分の懐をあさってもスマホが無い。

でも、あのスマホについている杏里とのお揃いキーホルダーが付いたスマホは間違いなく俺のだ。


「あー、俺のだな」


「良かったね、みんなに見つからなくて」


 本当にその通りだ。

あんな状況で見つかったら言い逃れができない。

杏里様、ありがとうございます。


「また、休憩のときにかき氷一緒にねっ」


 笑顔で去っていく杏里の後姿を見送りながら、俺はその場を立ち去った。

遠くの方で先生たちの声が聞こえる。


『姫川は天童と本当に仲が良いなー』


『そうですね、私達とても仲がいいですよっ』


 そんな話声を聞くと、俺も少し嬉しくなる。

また、杏里と一緒にかき氷食べに行こうっと。


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