第186話 デンジャードリンク


「お帰り。楽しんできたか?」


 先生はさっきと同じように、パラソルの下でくつろいでいる。

空き瓶や空き缶は増えていない。良かった。


「ま、まぁ、それなりに……」


 杏里もシートに座り、会長から貰ったジュースを飲んでいる。

俺のは先生にあげちゃったんだっけ。俺も何か飲みたいし、何か買ってこようかな。


 すると杏里は手に持っていたジュースを俺に差し出してきた。


「飲んでもいいよ。のど、かわいたでしょ?」


 ここは遠慮なくもらっておこう。

俺も成長しているのだ。もはや間接チューでは動揺しない!

勇気を出して、杏里からジュースを貰う。

それにさっきまで人工呼吸とはいえ、チューしてるしな!

今の俺ならいける!


「天童、これ返す。見た目がまずそう」


 先生が俺に差し出してきたのはセロリジュース。

返さなくていいのに! もしくは、もっと後のタイミングでも!


「あ、ありがとうございます」


 少し低い声で先生にお礼を言い、さっきあげたグリーンジュースを手に入れる。

きっとおいしいんだろうなー! 会長はきっと不味いものは作らないだろうし!


「杏里。俺はこっちを飲むから大丈夫」


 ため息を口から洩らしながら、返ってきたジュースで喉を潤すか。


「そう、ですか……」


 少し、残念そうな表情をするのは何でですかね?


 セロリジュースを一口飲む。


「ブホゥァー! な、何だこれ! まずっ!」


 思わず本音が出てしまった。

今までいろんなものを飲んできたが、ここまで飲めないのは初めてだ!

会長、何を混ぜたんですか!


「だ、大丈夫?」


 今すぐに何か飲みたい。別な何かで喉を癒したい!

あかん、この際海水でもいい!


 目の前に赤いジュースがある。

イチゴは全てなくなっているが、赤いジュースはまだたっぷりとある。


 そのジュースを握っている杏里は、俺にジュースを差し出している。

その眼差しはまるで聖女。そして、癒しのジュースをお持ちになっている。


「杏里……」


「司君……」


 ジュースを持つ杏里の手に、俺の手を重ね、見つめ合う。

互いに心は通っている。間違いない。


「いいのか」


「うん。私は大丈夫」


「ありがとう」


「一気にいって」


 無言で頷く俺は杏里から癒しのジュースを貰い、一気に喉へ流し込む。

う、うまーい! そして、あまーい!


 同じ人が作ったジュースとは思えない!

何ですかこの差は。天国と地獄、月とすっぽんじゃないですか。


「ありがとう、助かったよ」


「そんなにまずかったの?」


「あぁ、今まで飲んだ飲み物の中で最高峰だ」


 もはやジュースと呼ぶのはやめよう。

デンジャードリンクと名づける。これは飲んではいけない。


「そ、そんなに……」


「絶対飲むなよ? 絶対だからな」


「それは、フリじゃないよね?」


「ちがう! フリじゃない。絶対に飲むな」


「うん……」


 シートに置いた緑の悪魔。デンジャージュース。

こいつをどう処分するか……。


「いやー、やっと見つけたぜ!」


 その声は、戦士高山!


「杏里、どこにいってたの! 待ってても来ないし、探してもいないし!」


 そこには二人目の女神もいらっしゃいました。

杏里が白の聖女であれば、杉本は黒の魔女だ。


 俺は杉本の胸を強調した黒い水着に目を奪われる。

杉本も杏里に負けないくらいのスレンダーな体つきだが、杏里と異なりでかい。

谷間ができている、それも深い峡谷の様に。


 しかも、杏里とお揃いなのか、似たようなビキニじゃないですか。

あ、でも紐タイプじゃないんですね。

黒のレースが付いた、大人っぽさも可愛さも掛け合わせたナイスな水着。

ごちそうさまです。


「え? だって店から右の方で泳いでいるって……」


「違うよ、左だよ。店から出て左の方に行くって言ったのに」


 なんだ、向かった先が違うのか。

道理で探してもいない訳だ。


「ごめん、逆の方に来ちゃった」


「でも、こうして合流できたから良かった」


 杏里と杉本は仲良くシートに座り、休み始めた。

高山はバッグをシートに置き、杉本の隣に座り込む。


 そして、隣のパラソルからはジト目でこっちを見ている先生が。


「楽しそうだな」


 うらやましいんですか?

そうなんですね?


「ま、まぁ、それなりには楽しんでますね」


「生徒に先を越されるなんて……」


 なんだか少し可愛そうになってきた。

でも、しょうがないじゃないですか。俺達は楽しみに来たんだし!


 ふと、パラソルの後ろから誰かが声をかけてきた。


「お一人ですかな?」


 ダンディーな声、そしてその声は先生に向けられている。

ジト目だった先生の目がカッと見開き、満面の笑みで振り返った。


「はい、わたくし今ちょうど一人で――」


 なんだその言葉使い。普段と全く違うじゃないですか!

隣にいる三人もぽかんとした表情で先生を見ている。


「そうですか、お一人ですか」


 そこに立っているのは履いているのか、いないのか分からない。

そして、シャツのボタンを全開きにしてダンディーなサングラスをかけているクマさん。


「熊田先生……。こ、こんな所で何を?」


 先生の表情が一気に変わる。


「いえ、宿に浮島先生がいないので、探しに来たんですよ」


「わ、私はこの子たちの引率としてここに――」


 なぜか焦っている浮島先生。

さっきからワタワタしている。


「少しアルコールの匂いがしますが、気のせいでしょうか?」


 気のせいじゃないですね。そこのボックスにはまだたっぷりと。


「気のせいです! 全くの気のせい! な、天童。気のせいだよな!」


 涙目で訴えてくる浮島先生。

さてはて、アルコールですか? アルコールですよね?


「ぼくは、なにも、しりません。わかりません」


「そっか、天童がそう言うなら……。浮島先生、宿に戻りましょか? これから打ち合わせですよ」


「え! でも、まだ時間に……」


「片付け、着替え、準備。時間はありません。さ、戻りましょう。天童達はまだ海に?」


「はい、もう少し遊んでから。あと、今日はバイト先でバーベキューなので宿に戻るの遅くなります」


「そうか、わかった。みんなが戻るまで浮島先生は仕事をするので、何かあったら声をかけてくれ」


 そう話した熊さんは浮島先生を半ば強制的に連れて行ってしまった。

そこには海用のシートとパラソルだけが残されてしまった。


 これ、どこに返すんですかー!

俺達は分かりませんよ!


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