第184話 私、綺麗?


 白い肌に、俺の手が吸い込まれていく。

オイルまみれの手が、杏里の真っ白な背中に触れる――


「天童、姫川? 何してるんだ?」


 隣のパラソルから声がする。

動きを止めた俺は横目でパラソルの方を見ると、そこには浮島茜(うきじまあかね)先生が。

パラソルから顔を出してこっちを見ている。


「せ、先生?」


「中々楽しそうなことしてるな」


 パラソルから出てきた先生は大人な水着を身にまとい、そのナイスバデーを俺に見せつけてくる。


「オイルだったら私が塗ってあげるよ。天童はその手で自分を塗ったらいい」


 おーまいがっ! なんでだよ!

どうしてここに先生がいるんだよ!


「姫川も私が塗るのでいいだろ?」


「……だい、じょうぶです」


 なぜか杏里から黒っぽいオーラを感じる。

自分の手で体中にオイルを塗りながら杏里を横目で見る。


 杏里と目が合う。

少し寂しそうな表情。そうか、俺に塗って貰いたかったんだな。

ごめんな、先生の目つきが怖いからそのまま流されてしまったよ。


 俺だって、俺だってー!

と、心の中で言いながら、自分の体にオイルを塗りまくった。


「で、二人で遊んでるのか? 高山とか他のメンバーは?」


 先生には軽く今の状況を説明する。


「遠藤は走って、塚本は店に残り、あとの二人は行方不明。お前たち、仲悪いのか?」


 別にそうじゃないです。たまたまそうなっただけですよ。


「私はここで待機しているから遊んできていいぞ。高山達を見かけたら声をかけておく」


「いいんですか! ありがとうございます」


「荷物番も必要だろ? それに、一人でいた方が声もかかりやすいはず……」


 なにやらブツブツ言っている先生。

パラソルの陰にはビールの空き缶が数本、何かのボトルが落ちている。

飲んでるんですか!


「先生? もしかして、ナンパ待ちですか?」


「ち、違う! そんな事は無い! こうして海を見ながら、色々と考えているんだよ」


「だったらいいんですけど。でも、その空き缶見たら、男の人は引きますよ」


「ん? そうなのか? ダメなのか?」


「ダメですね。ここにグリーンのトロピカルジュースがあります。これを先生にあげるので、その缶は全部破棄して下さい」


「分かった。それで効果が出るなら……」


 渋々先生は缶を処分し、持ってきていたクーラーボックスに入れ直した。

ちょろっと中が見えたけど、鮭の燻製、チーズ、氷にウィスキーのボトルまで見えた。

見なかった事にしよう。


「これでいいか?」


「はい、綺麗になりました」


「え? 私が綺麗だと? 本当の事をさらっと言うな、照れるじゃないか。でもな、生徒と先生の恋は禁断の――」


 確かに先生は美人だ。大人の色気も十分。

口を開かなければ、そのスタイルにつられて声をかける男もいるかもしれない。

でもね、美人とかナイスボディーとか、きわどい水着とかは目を引くかもしれませんが、砂浜に転がった空き缶とビンの方が目立つんですよ。


「じゃ、荷物番よろしくお願いしますね。杏里、海に行こう!」


「う、うん」


 杏里の手を引き海に向かう。

海までもうすぐ。杏里の手を握って海に向かって走る。

夢に見た光景を、実現する。


「司君」


「ん?」


「私って綺麗?」


 先生のまねか?


「綺麗だよ、誰よりも。俺はかっこいいか?」


 逆に聞いてみる。


「うーん、普通! 司君は普通だね」


「そっか。じゃぁ、杏里の隣にいても変じゃないように、かっこいい男にならないとな!」


 砂浜を二人で駆け抜けていく。

例え、俺がどんな大人になっても杏里はそばにいてくれる気がする。

でも、その優しさに胡坐(あぐら)をかいてはいけない。


 恥ずかしくない大人に、かっこいい大人に、杏里にふさわしい大人になるんだ。


「司君は、世界で一番だよ。全部……」


「何か言ったか?」


「何も言って無い! 海、見えてきた!」


 冷たい海の水に足が触れる。


「冷たいっ! 司君、水が冷たいよ!」


「そりゃそうだ、海だからな!」


「えいっ!」


 杏里が急に海の水を俺に向けてかけてくる。

冷たいじゃないですか!


「こら、急にかけるなよ!」


「あは! 楽しいねっ!」


「お返しっ!」


「きゃっ! 私もお返しのお返しっ!」


「やったなー!」


 俺達のリゾートが始まった。

夏、海、バーベキュー!


 この夏は忙しいけど、楽しくなりそうだ!

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