第180話 仕事終わりに
会長と遠藤が休憩に行き、オーナーはまだお休み中。
特に大きな問題も発生せず、俺は一人カウンターで仕事をする。
遠目で見ている杏里たちも段々と慣れてきており、忙しくなければ俺の助けも必要がない。
意外だったのが高山。何気に普通に一人でキッチンを回している。
やっぱりできる男は覚えるのも早いんだな。
そして杉本は子供を相手に浮き輪やボールを貸出ししている。
杉本は子供に人気があるようで、なぜか腕を引っ張られている。
「おねーちゃん! 一緒に遊ぼうよ!」
「ごめんね、お姉ちゃんはお仕事なの」
「えー! いつ終わるの? 僕たちまだ海にいるから、お仕事終わったら遊ぼうよ!」
「うーん、お仕事終わるの夜遅いの。ごめんね、また今度ね」
笑顔で子供を見送る杉本は、教育番組にでてくるお姉さんのようだ。
会長の時とは違い、借りに来る人が少し多い様な気がする。
杏里もホールで一人仕事中。みんな何だかんだで仕事できるんだな。
俺の出る幕もなさそうだし、安心した。
「天童、もう一人でもいけるな?」
カウンターで目を閉じ、瞑想をしてたオーナーが悟りを開いたようだ。
目が大きく開き、顔の赤みも引いている。
「寝てました?」
「寝とらん。意識を集中させていただけじゃ」
「そうですか。一人でもいけるとは?」
「ちょっと席を外す。店、任せてもいいな?」
多分、いけるだろう。変な客が来なければな。
オーナーの連絡先も聞いているし、大丈夫じゃないかな?
「多分、大丈夫だと思います。どちらに?」
「ちょっとな……」
オーナーはそのまま杏里たちに声をかけて裏口から出て行ってしまった。
どこに行くんだろう?
しばらくすると遠藤と会長も戻って来た。
これで休憩も全員回ったし、安心してカウンターに集中できる。
俺も馴れてきたのでレシピを見なくてもオーダーをこなせるようになってきた。
成長するっていいことだよね!
「お客さん、ずいぶん引いてきたね」
杏里がふらっとカウンターにやって来た。
昼時の忙しさから比べると、今は随分お客さんが引いている。
「適度に来客はあるし、こんなもんじゃないか?」
「そっか。今日さ、バイト終わったら会長と話したいんだけど、司君も一緒に付き合ってくれる?」
「もちろん。すぐに終わるだろうし、会長との話が終わったら一緒に海に行こうぜ」
「うんっ」
トレイを胸に抱き、杏里は持ち場に戻る。
さっさと終わらせて海に行く!
早くバイト終わらないかなー!
――バタン! カチャ
正面の入り口が閉められ、鍵がかけられる。
今日の営業は終了だ。
「みんなお疲れさん、初日は大変だったか?」
みんなそれぞれの感想をオーナーに伝える。
馴れたせいなのか、そこまで忙しくなかった。
明日も同じメンバーで仕事をするが、ポジションは適度に変えても良いと。
「ワシは明日の仕込があるからまだ店にいる。お主らはあと自由にしても良いぞ。今日の夕飯は旅館ではなく、ここでバーベキューの予定じゃ。八時位でいいかの?」
「「バーベーキュー! やったー!」」
大声で喜んでいるのは高山夫妻。
二人でハイタッチしている。高山達もシンクロ率高そうですね。
横目で杏里を見てみると、無反応で無表情。
おかしい、いつもの杏里だったら杉本と一緒に大喜びしているはずなのに。
ん? 良く見るよ口角がぴくぴくしている。
そうか、押さえているのか……。我慢できるようになってきたんだね。
俺は少しだけ瞼に涙を溜める。
「なんだ? 天童は泣くほど嬉しいのか?」
「泣いてません!」
「そうそう、天童と遠藤は最後にゴミ捨てをしてからじゃぞ」
最後に大きなごみ袋を渡され、ゴミ捨て場まで遠藤と向かう。
ごみを捨てる集積所までちょっと遠い。
先に杏里たちは宿に戻り、海に行く準備をしてくるそうだ。
俺も早く終わらせ、旅館から水着を取ってきて店で合流しよう。
早く遊びたい! ゴミ捨て場にごみを放り投げ、お仕事完了。
お疲れ様でした!
「天童君、あれが見えるかい?」
ゴミ捨て場からの帰り道、少し向こうに見える砂浜。
その砂浜を誰かが走っている。
こっち側の海はやや荒れており、遊泳客はいない。
店も出ていなく、ボートや小屋があり、観光できるような所ではなさそうだ。
向こう側の人が大勢いるビーチとは大きく違う。
「あれって井上か?」
「どうやら一人で走っているようだね」
次第にはっきりと見えてくる井上。
一人で走り込みしているけど、なんでだ?
他のメンバーはどうしたんだろうか?
「おーい! 井上さーん!」
遠藤が井上に声をかけた。
珍しいな遠藤が声をかけるなんて。
「はぁはぁ……。遠藤君に天童君、何しているの、こんな所で」
それはこっちのセリフですよ。
「ゴミ捨てに来ただけ。井上さんは?」
「走り込みだよ」
「他のメンバーはどこにいったんだい?」
「他のメンバーはもう上がってるよ。海にでも入ってるんじゃないかな?」
「一人で走り込みを?」
「そうだよ。ボクには練習が必要なんだ。今度の大会は、絶対に、負けられない……」
すごいやる気を見せている。
他のメンバーが遊んでいる中、一人で練習か。
井上も頑張っているんだな。
「……井上さんを見ていると、好きで走っているようには見えないね」
遠藤が直球で井上に問いかける。好きで走っていない?
そんなに練習していても、好きでもないのに走っているのか?
「悪い? 嫌いでも辛くてもボクには必要なの」
なんだか雰囲気が悪くなってきた。
ピリッとした空気になったぞ。遠藤、何してるんだよ。
「必要? 嫌いなのに必要とは、おかしなことを言うね」
「遠藤君には分からないよ。ボクの気持ちは」
「分からないな。だって、僕は井上さんがどんな人か知らないしね」
遠藤さん! そろそろやめて下さい!
段々空気がつめたくなってきましたよ!
ここはリゾート地! 仲良くいきましょうよ!
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