第164話 怒り姫現る


 杏里はまだ布団の中で、夢の世界に旅立っている。

高山と杉本はすでに目が覚めており、寝癖が付いたままではあるが俺の目の前にいる。


「さて、朝ごはんの準備でもするか」


「私も何か手伝いますか?」


 杉本が席を立とうとしている。

昨日は高山と一緒に夕飯の準備をしてくれたんだよね。


「いや、俺が一人でするからいいよ。二人はゆっくりしていてくれ」


「いいのか? 俺も少しは手伝うぞ?」


 ここで高山に手伝わしたら、きっと変な朝食ができる予感がした。

ここは俺一人で普通の朝食を準備した方がいいだろう。


 野菜だ。肉はもういい。野菜と果物を多めに出そう。


「いや、高山もゆっくりしてくれ。そうだな、杉本さんと一緒にテレビでも見ていたらいいんじゃないか?」


「そうか、なんか悪いな」


「昨日頑張ってくれたし、朝ごはん位俺一人で出すよ」


 俺は二人をリビングに案内し、一人台所に残る。 

二人はソファーに座って、仲良く寄り添いながら朝のニュースを見ている。


 高山の肩に寄り添う杉本。

朝から随分と糖分が高いですね。


 俺は冷蔵庫の中身とにらめっこしながら朝食の準備を始める。

昨夜余ったフルーツ盛りは細かくしてヨーグルトをあえる。

食パンを準備して、野菜たっぷりスープを作りながら、付け合わせのハムエッグを作る為フライパンを準備する。


 パンをトースターに入れ、フライパンをコンロに乗せ冷蔵庫から卵を取ろうとした時、不意に目の前に卵が現れた。


「はい。卵、四つでいいかな?」


 少し髪の毛がバサついている杏里が目の前にいる。

起きたのか。


「おはよう。ごめん、起こしちゃったか?」


「少し前に目が覚めたの」


 杏里の視線が隣の部屋にいる二人に映る。


「あの二人、仲良いね」


「そうだな。顔洗って来るか?」


「うん。ついでに着替えてくるね」


 杏里は洗面所に向かう前に、高山達に顔を出していった。


「おはよう。良く寝れた?」


「あ、杏里。おはよう。うん、良く寝れたよ。杏里は?」


「良く寝れた。久しぶりにゆっくり寝れた気がするよ」


 確かにそうだな。ここ最近はなんだかんだでみんな寝不足だったし、やっと普通に寝ることができたしな。


「姫川さんおはよう」


 高山はなぜか杏里の方を見ないで挨拶をしている。

そして、心なしか顔が赤い。体調でも悪いのか?


「彩音、一緒に顔洗って着替えない?」


「そうだね。一緒に行こうか」


 女子二人は二人で洗面所に行き、高山はなぜか俺の後ろに立っている。

無言で立つのやめてくれませんかね?


「どうなんだよ?」


「何がだ?」


「何って、あれだよ。あれ」


 あれでは分からん。

何が言いたいんだ?


「高山らしくないな。何が言いたい?」


 スープの味を確認しながら、フライパンにハムを乗せ、卵を落とす。

ジューっといい音を出しながら、透明だった白身が次第に白く色つきはじめる。


 フライパンに水を少し入れ、蓋をする。

しばらく待てばハムエッグの完成! 超簡単!


「したのか?」


「何を?」


 高山の方を見ると少し頬を赤くしながらもじもじしている。

男が頬を隠してもじもじすると、若干気持ち悪いな。

杏里と比べると月とすっぽん、そもそも比較してはいけない気もする。


「……だよ」


「はい? 全く聞こえない。はっきり言えばいいだろ?」


「だから、チューはしたのか?」


 ……チュー。高山の言いたいことは何となくわかった。

そうか、高山もやっぱり男の子。そんな所が気になるのか。


「聞きたいのか?」


「聞きたい。ちょっとでいいから、聞かせてくれ!」


 男と朝から恋話(こいばな)。何だか変な気もするが、気になるところなんだろう。

良いだろう、俺は男として、先輩として高山に真実を話してやろう!


「一度しか言わないぞ」


「おう。一度でいいから聞かせてくれ」


 真剣な眼差しの高山は、その目を真っ直ぐ俺に向けてくる。

瞳が光っており、キラキラしている。


「した。俺は世界で一番、杏里の事が好きだ。その好きな彼女と唇を重ねた。甘かった。互いに募る想いを寄せ、静かな夜にそっと唇を重ねたんだ」


 高山は耳を赤くし、両手で顔を隠している。

なにその反応。せっかく話してやったのに。


「て、天童。恥ずかしくないのか?」


「何がだ?」


「隣に彼女がいるのに、そんなセリフを堂々と言って、恥ずかしくないのか?」


 ゆっくりと隣を見ると、着替え終わった杏里と杉本が目の前に立ってた。

二人とも顔を赤くし、特に杉本があわあわしている。


 杏里も同じように顔を赤くしているが、手がプルプルしている。


「あ、朝から何を言っているんですか!」


 怒られた。高山の質問に対して、正直に答えただけなのに怒られました。

おかしい。俺が悪いのか?


「俺は正直に言っただけだ。何か問題でも?」


「おおありです! そ、そんな事は私達の問題です! 簡単に話さないでください!」


 焦げる匂いがしてきた。


「あ、卵が!」


 俺は急いでフライパンの火を止める。

急いで蓋をあけ、中を確認したが端っこが少し焦げたくらいで済んだ。


「ふぅー。良かった」


「良くありません!」


 朝から騒がしい。もっと静かに過ごしたいもんだ。


「杏里、朝からテンションが高いな。ほら、そろそろご飯にしよう」


「ごまかさないでください」


「その件についてはご飯を食べながらでもいいだろ?」


「そ、そうですね……」


「ほら、高山も杉本さんも座ってくれ。ご飯にしよう」


 配膳をみんなで手分けして、ささっとテーブルに並べる。

昨日の焼肉とは違いヘルシーにいこう。しばらく肉はいいや……。


「天童、パンってまだあるのか?」


「ん? まだあるけど」


「あと四枚焼いてもいい?」


「い、いいぞ」


「サンキュー」


 朝から随分食べますね。


「司君。今後、ああ言う事は話さないでください。恥ずかしいじゃないですか」


「分かったよ。話す前に杏里に確認するよ」


「確認しなくていいです!」


「分かったってば。もう話さないよ」


 頬を赤くしながらすっかりご機嫌斜めの姫。

さっきまで眠り姫だったのに、今では怒り姫だ。


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