第84話 不安定な心


 ベッドの上で仰向けに寝ている俺の隣に、杏里が寝ている。

枕持参で俺の部屋に来た杏里を、あんなつらそうな顔をした杏里を追い出そうとは思わなかった。


 俺は無言で起き上がり、隣にスペースを作って杏里を招き入れる。

杏里も無言で俺のベッドに入ってきて、そのまま枕を置いて横になった。

俺に背中を向けて寝に入った杏里の背中は、いつもより小さく見えるのは気のせいだろうか。


 杏里に布団を掛け、俺も杏里に背中を向けて寝に入る。

いつもだったらドキドキして寝に入る事が出来ないが、今日はなぜかそんな心境になれなかった。


 少し時間が経過し杏里の方から寝息が聞こえる。

どうやら寝たようだ。何も会話が無かったが、安心したのだろうか。


 俺もこれでやっと寝れる。目を開け、天井に光る常夜灯を眺める。

ぼんやり光る常夜灯から目線を隣にいる杏里に目を向ける。


 目が合ってしまった。なんだ、寝ていなかったのか。


「寝れないのか?」


「うん……。どうしても、彩音の事を考えてしまって……」


 まぁ、今日はいろいろあって、頭が追いついていないのだろう。

一晩寝て一度リセットしてしまえば、今日よりも思い悩む事は無いような気がする。


 実際問題、俺と杉本の関係は今迄通り。

杏里が気にすることが無ければ、本当に何も変わらないのだ。


「早く寝て、明日の朝にもう一度考えてみたらいいんじゃないか? 今日はまだ色々と心の整理が出来ていないだけだと思うからさ」


「そうかもしれない。でも、司君の幼馴染は彩音に間違いがない。このまま何も変わらないとしても、やっぱり不安なの……。司君は、私から離れていかないよね? 一緒に居てくれるよね?」


 少し涙目になっているのか、杏里の瞳が少しだけ輝いて見える。


「大丈夫だって。そんなに考え込むなよ。こうして、俺達はいま二人でいるだろ? これからも同じだよ」


 布団から手を出し、杏里の頭をなでてあげる。

杏里の髪はサラサラで、俺の指の間から髪がすり抜けていく。

何回か杏里の髪をかきあげ、杏里のおでこがしっかりと出るように、そのまま前髪を押さえる。


 少しだけ杏里に近づき、そっとおでこにキスをする。

そのまま杏里を抱きしめ、杏里の顔を俺の胸に押し付けた。


「心配するな。俺はここに居る。杏里の帰る場所はここだ。いつでも俺がいる。何も心配することはない」


「うん……」


 杏里の腕が俺に絡みついてくる。

人肌が温かい。この温もりを、杏里を俺は失いたくない。


 人を好きになる、大切にしたいと思う、その人の笑顔を見たいと思う。

一緒に同じ時間を過ごし、共に歩み、同じ様に年を取っていく。

それでいいじゃないか。


「ほら、もう遅い時間だ。早く寝よう」


「うん。ありがとう……。私ね、ずっと、いつまでも、司君の事好きだよ……」


 そんな真顔で言われるとさすがに照れますね。

今の俺はクールな仮面をかぶっている。

そんな事言われたら仮面が取れてしまうじゃないですか。


「ありがとう。俺も杏里の事好きだよ。おやすみ――」


 ベッドの中、二人で見つめあい、そして互いに照れている。

きっと俺達はいま青春時代のど真ん中。


 大人になった時、この時の事をどう思っているのか。

それはまだまだ先の、遠い未来の話。

大人になった時、良い思い出になるように、その一ページを作っていく。



――



「天童。お前、ナデシコと付き合ってるのか? 俺の気持ち知ってて、陰でコソコソ付き合ってたのか!」


「高山……。別に隠していたわけじゃないんだ!」


「俺は、お前の親友だと思っていたのに! 最低だ……。金輪際俺に話しかけるな! じゃぁな――」


「違うんだ! そうじゃないんだ! 高山! 話を聞いてくれ!」


「天童さん? どうしたんですか? 喧嘩ですか?」


「杉本さん! 実は、高山と――」


「そんな事より、早くデートに行きましょう。もう、何年も離れていたんですよ? これからはずっと、一緒ですねっ」


「っな! なんでそんな事をっ! 俺には――」


「司。おまえ、二股しているのか? 信用していたのに、まったく……。失望したよ。例の件、話は無かったことにしてくれ」


「父さん! 聞いてくれ! 俺は、違うんだ!」


「あらー、司も中々手が早いのね。父さんとは大違い。でも、女の子を悲しませちゃだめよ? さ、早くここから出て行って、貴方に住まわせる家はないわ」


「違う! 俺はそんなことしていない! 母さん、これには理由が――」


「ふんっ、ほら見ろ、言った通りじゃないか。所詮無理だったんだ。こうなる事は分かっていた。まったく、この女たらしめ」


「姫川さん! 違います! 説明を! 俺は、杏里さんと――」


「では、今回の件は詐欺罪が適応されますので、この令状通り、出頭をお願いしますね。あ、逃げられませんよ? 私はとことん追い詰める派ですから」


「今井さん! 俺は詐欺なんてしていない! せ、説明を――」


「天童、なかなかすごい事をやらかしたな。学校だけが全てじゃない。社会に出て働けるだろ? ほら、退学届だ。明日からもう学校に来なくていいぞ」


「先生! 俺はまだ学校に――」


「司君? そんなに慌ててどうしたの?」


「杏里! み、みんなが俺の事を……」


「大丈夫、安心して。私はずっとそばにいる。世界で誰も司君を必要としなくても、私は司君を必要としている」


「杏里……。俺は、皆にとって必要のない人間なのか?」


「さぁ? それは分からないわ。でも、私は司君が必要なの。ねぇ、いつものように抱きしめて……。私のそばにずっといて……。約束、したよね?」


「や、やめてくれ。そんな目で俺を見ないでくれ……。く、苦しい、そ、そんな力で、や、やめてくれ……」


「ずっと、そばに居てほしい。ずっと、一緒にいましょう……。私も司君をこんなに、強く強く抱きしめてあげているのに!」


「あ、杏里。や、やめて、くれ……。い、息が――」


「司君、司君、司君、司君、司君、司君、司君、司君!」



――


 目が覚める。最悪な夢だ……。

心拍数が凄い事になっている。まるで全速力で走った後のようだ。


 なんでこんな夢を見る? 俺の脳が作り出した夢だ。

何かしら俺も影響を受けているに違いない。

しかし、凄い濃い内容だ。現実に起きたらきっと俺はヒッキーになるかもしれないな。

心拍数が段々と落ち着いてくる。さすがにこんな夢を見るとは、夢にも思わなかった。


 気が付くと、俺の背中に抱き着いて寝ている杏里。

片腕が俺の首に絡まっており、寝言なのか何なのか、小声で『司君』と連呼している。

あぁ、これが原因か……。


 段々と冷静になってきた。杏里の心が不安定なように、きっと俺もどこか不安定になっているんだな。

杏里は杉本さんに対して不安要素がある。俺は高山に対して不安要素はあるか?

何も考えていなかった。高山に話をするべきか。


 そう言えば、杉本さんから今夜連絡が無かったな。もしかして、俺の気のせいだったのか?

杉本さんに似たまったくの別人だったとか。


 俺も、考えなければならないな。

間違った選択をすれば、きっと俺達四人の関係が総崩れになり、学校生活もおかしくなってしまう。

間違った選択はできない。慎重に考え、選択していかなければ……。


 とりあえず、寝よう。考え込むのは朝になってからにしよう。

杏里も寝ているし、このまま俺ももう一度寝に入ってしまうか……。


 ふと気が付いてしまった。

背中に当たる感触。俺を抱きしめながら寝ている杏里。

俺はこの感触を知っている? いや、知るはずがない。

しかし、この感触は以前感じた感触と同じだ……。


 いや、考えるのは明日。今日は寝よう。

まだ、日が昇るのに時間はある。

杏里、俺は高山にどう話をしたらいい?

俺も杏里に相談してもいいのか? 


 俺は、自分で答えを出さなければならないのか?

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