第81話 秘密の話


「やっぱ炭酸は最高だな!」


 俺は買ってきた飲み物を杏里と杉本に手渡し、座っていた席に腰を下ろす。


「ありがとう。幾らだったかしら?」


 杏里がバッグから財布を取り出そうとしている。


「あ、私も」


「いや、これは高山のおごりだ。お金はいらないよ」


 三人分高山はおごってくれたのだ。

でも、俺はともかく女子二人分もおごるとは、なかなかできる奴なのか?


「でも、悪いし……」


 杉本は遠慮がちに高山の方を見ている。


「いや、気にしないでくれ。デザートのお礼だ」


 そうか、杉本さんにはお返しする必要があったのか。

ん? 俺は弁当を貰っていたが、お返ししていないな。

もしかして、だめなんじゃないか?


「でも、私は特に高山さんには何もしていないわよ?」


 杏里が高山の方を見ながら、小銭を渡そうとしている。


「いやいや、姫川さんから勉強を教わる身だ。ジュース位出させてくれ」


 と、言う事らしい。なんだ、杏里にも杉本にもおごる理由がしっかりとあったのか。

この状況だと何もしていない俺がダメっぽいな。

今度は俺がみんなに何かおごるか。


「まぁ、ジュース位気にしないでくれ。これで勉強がはかどれば、安い投資だ!」


 再び俺達は涼しくなった部屋で、それぞれが参考書や教科書を片手に勉強を始める。

しかし、外が少し騒がしいな。ここは防音の部屋ではなかったのか?

あれ? そういえばさっき扉の前で中の声が聞こえていたよな?


「杉本さん。ここって防音加工されてないの?」


「そうですよ。ここはもともと物置として使われていたので、壁とかは普通の部屋と同じですよ」


「そ、そうなの? 他の自習室は防音だけど、ここは声が外に聞こえるの?」


「そこまで大きな声で話さなければ大丈夫。扉の目の前だったら中の会話位聞こえるかもしれないけどね」


 杏里の表情が少し変わる。そして、目線を俺に送ってくる。

もしかしてさっきの話の件かな。まぁ、帰った後で杏里と少し話をしてみようかな。


「高山が騒がなければ問題ないな。他の三人は普段静かだろ?」


「天童、何を言っている。俺だってやる時はやる男だ。今だって静かに勉強していただろ?」


 確かに騒いでいない。


「そうだな。どれ、静かに勉強しますか」


 しばらくすると杉本が教科書を眺めながら唸っている。

ノートと教科書を交互に見ながら眉間にしわを寄せ始めている。


「どうした? 何か分からないところでも?」


 高山が杉本に声をかける。

おっと、杏里じゃなくて先に高山が言った。ここで答えられれば高得点。

だが、答えられなければマイナスポイントだ。

杉本は一度俺と杏里に目線を送っていたが、杏里は下を見ている。

俺とは目線が重なったが、特に声をかけることはなかった。


「えっと、ここなんですが……」


 高山が杉本のノートを見ながら、教科書をめくる。


「ここだったら、このページを参考にすれば大丈夫。ほら、例題が出ているだろ?」


「あ、本当だ。ありがとう……」


 高山。俺は少し勘違いしていたかもしれない。

何気に気が使え、行動も早い。

そして、さりげなくみんなをフォローしている。


 もしかしたら、俺よりもお前の方が良い奴なのかもしれない。

そんな高山を横目に、再び俺は杏里の方を見ている。


 ところが杏里の手が止まっている。

特に何か調べていたり、見ているわけではない。

一点を見つめ、何か考え込んでいるようだった。


 気が付くと、そろそろ図書室の閉まる時間になりそうだ。

杉本は図書委員としての仕事が残っているらしく、俺達三人は先に帰る事になる。


「ごめんね、先に帰ってしまって」


「大丈夫だよ。いつもの事だし、それにみんなで勉強会するの楽しいし。明日もしようか?」


「そうね。空いていたら明日も勉強会しましょうか」


 高山が女子二人に見えない角度でガッツポーズをしている。

その気持ち分からなくもない。


「では、鍵かけてから帰りますので、私はここで」


 図書室に他の委員の人と残る杉本。

他のメンバーも杉本と似た感じの生徒だ。皆真面目そうな感じがする。


「では、私たちは帰りましょうか」


 三人で昇降口に行き、正門を目指す。


「あ、天童今日は俺と帰らないか? ちょっと話したいことがあってさ」


 目線で杏里を見る。

少しさみしそうな表情をするが、ここで声をかける訳にはいかない。


「あぁ、駅まででいいのか?」


「おう。じゃ、姫川さん、また明日! 今日はありがとうございましたぁ!」


「うん、また明日ね。二人とも、帰り気を付けてね」


 高山と二人で帰る事になった。

最近よく高山と一緒にいることが多い気がするな。

後ろの方で杏里がこっちを見ている。

まぁ、駅までも同じ道なので、必然的に同じ道を通る事になるんだけどね。


「なぁ、天童。俺は気が付いた」


「何にだ」


「ナデシコと杉本についてだ」


「だから、あの二人の何に気が付いたんだ?」


「今日、自習室が暑かっただろ? で、ナデシコは制服脱いだよな?」


「それがどうした?」


「でも、杉本は脱がなかった。なぜだと思う?」


「さぁ? 寒かったんじゃないか?」


「そんなはずはないだろ、あの時は暑かった」


「結局なんなんだ?」


「ここから先は俺達の秘密だ。特にあの二人には絶対に話すなよ」


「分かった。だから何なんだよ」


「俺の目が確かなら、ナデシコよりも杉本の方がボインだ。しかもかなりの」


 母印。ぼいん。ボイン……。

高山、俺が間違っていたよ。

少しでもお前をすごい奴かもと思った俺がな。


 勉強中に何を見ている?

そんな邪(よこしま)な目であの二人を見ていたのか?


「そうなのか?」


 でも、俺も少し気になる。

俺だって健全な男の子。興味があってしょうがないじゃないか。


「あぁ、今まで気が付かなかったが、恐らく間違いない。天童、何としても映画に行くぜ。そしてあの二人の私服姿を見る。さらに、映画を見た後にディナーに誘う。完璧じゃね?」


 高山が暴走し始めた。

ここでこいつを止めるのは俺の仕事か?

ボス、行きすぎは良くない。だが、その気持ちも分かる。


「と、とりあえず映画に行けるように勉強は頑張ろうな」


「おう。今回の勉強会もいい感じだし、もしかしたらいけるかも!」


 そんな高山の妄想話を聞きながら、俺達は駅に向かって歩いて行く。

高山はどこに向かっている?


 空は赤みが帯び、星も見え始めている。

とりあえず、駅で高山と別れたら構内で杏里を待ってみるか。

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