第二章 輝く未来に向けて
第75話 直撃
「「ただいま」」
さっきまで俺と杏里は手を繋いで帰ってきた。
公園からここまで人通りは少ない。人通りが多い商店街をすでに抜けているからだ。
誰もいない公園でしばらく抱きあったが、誰にも見られることはなく、その余韻を二人で味わっていた。
俺はやった。父さんが越えなかった壁を越え、そして一歩大人への階段を登ったのだ。
その後どちらがという訳ではなく、自然と手を繋ぎ、一言も話さず下宿の玄関まで来た。
そして、同じタイミングで手を離す。思わず杏里を見て微笑んでしまった俺と、俺と同じように微笑んでいる彼女。同じことを考えているのだろうか。
「おっかえりー! 思ったより早かったねっ。ご飯にする? お風呂にする? それともたまにはみんなでゲームでもする?」
昨日も同じようなフレーズを聞いた気がする。
「いや、ゲームはしないだろ。杏里はどうする? 腹へってるか?」
「お腹は空いていますが、胸がいっぱいですね。司君は?」
おぅ、母さんの前で危険な発言はやめて下さい。
今はまだ、母さんには内緒にしておきたいんですよ。
もう少し後で、時間がたったらちゃんと話しますから。
「あー、俺はどっちでもいいよ。杏里に任せる」
「では、先にご飯にしましょう。お母さんもこの後帰りますし、少しでも早い方がいいですよね?」
それは、母さんの為に早く帰った方がいいと言う事か?
それとも俺と二人きりになりたいから、母さんを早く帰したいのか?
うーん、前はそんな事考えもし無かったが、余計な事は考えない方がいいのか?
「そうだね。帰る事を考えたら、少し早目の方がいいかな? じゃ、ご飯にしようか」
母さんは俺達の前からスキップで消えていく。
その後ろ姿はやはり年相応には見えない。白エプロンに右手にお玉。
どこぞの幼妻ですか? もう少し、大人っぽくしてほしいものだ。
まぁ、その、色々と感謝はしていますけど……。
玄関からホールを経由し、杏里は二階へ。俺は台所に行き、そのまま自室で着替える。
お、制服がきれいになってクローゼットに入っているじゃないか。
母さんがアイロンまでかけてくれたのか、これはありがたいな。
ラフな格好でソファーに寝転がり、空いた時間で少し参考書を読む。
あ、昨日は土曜だったのに動画投稿サイトにアップするの忘れた!
でも、部屋にみんないたからしょうがないか。来週まとめてアップしよう。
「つかさー! ちょっと手伝って!」
少し大きめの声で叫んでいる母さん。
一体何を手伝えと? 俺はソファーから起き上がり、のっそりと台所に向かう。
その瞬間、椅子の上に爪先立ちで茶箪笥の上にある大きめの箱を取ろうとしている母さんが目に入る。
あ、危ない!
「母さん、俺がとる!」
少し早歩きで母さんのフォローに入ろうとするが時すでに遅し。
母さんではなく、茶箪笥の上から大きな箱が俺のデコに直撃する。
その後、何とか両腕で落ちてきた箱をキャッチし、床に落とすことはなかった。
が、デコが痛い。先日も同じところを打った記憶がある。
なぜ? 俺は何か悪い事をしたのか?
「あ、ごめんね。でも良かった! 箱は無事だねっ」
「結構痛いんですけど……」
息子より箱。一体中身は何ですかね?
そんな事をしていると、台所に杏里がやってくる。
「二人で何をしているんですか?」
振り返ると随分と丈の短いワンピースに身を包んでいる杏里。
今までこんなに短い丈のスカートをはいている所を見た事が無い。
珍しいな、ロングスカートとか他の着る服が無かったのか?
「杏里ちゃん! その服可愛いっ!」
母さん、それよりもこの箱取ってくれ。
「司君! おでこから血がでているよ!」
ありがとう杏里。気が付いてくれて。
その後、母さんは俺から箱を受け取り、リビングに移動させる。
そして、姫川はソファーで俺のおでこに絆創膏を貼ってくれた。
ありがとう、杏里。君は天使だよ。
「よし、これでオッケー! じゃぁ、ご飯にしようか! 杏里ちゃんも一緒に準備する?」
「そうですね、私もお手伝いしますね」
昨夜同様、俺の出番はなくリビングで転がっている。
でも、昨日より母さんと杏里の仲が良さそうに見えているのは気のせいか?
まるで本当の親子のように、二人で台所にいる。
母さんも杏里の事、好きなのかな……。
「つかさー! ほら、準備できたからご飯にしようっ」
母さんが叫んでくる。
そして杏里がエプロンを取り、俺の元にやって来た。
「ご飯、食べよっ」
俺の手を引く杏里。
昨日とはちょっと違う。少しだけドキドキしている俺がいる。
昨日はただのクラスメイト。今は、俺の彼女。
そう、今さっき俺達は恋人同士になったんだ。
いつもの椅子に座ると不思議な光景を目にする。
毎日使っていた茶碗ではない。そして、箸も新しいのに変わっている。
「そうそう、そこに置きっぱなしになっていた茶碗とか箸とか洗ったから使うよ」
あ、そういえばこないだセールで食器を増やしたんだっけ。
すっかり忘れていた。母さんが洗ってくれたのか、ありがたいな。
「ありがとう、母さん。すっかり忘れてた」
「気にしないでっ。じゃ、食べましょうか」
「「「いただきます」」」
今日は煮物とか味噌汁とか普通の和食。
そして、例のメンチカツがある。サクサクして、おいしんだよね。
一口メンチを口の中に放り込む。うん、おいしいね。
「でも、なんで夫婦茶碗と揃いのお箸買ってきたの? 杏里ちゃんと使うの?」
俺の口の中でメンチが、そして俺のハートも砕け散りそうだ。
そんな罠があったなんて。ただのセール品じゃなかったのか。
動きの止まった俺はそのまま杏里の方に目線を移動させる。
あ、俺と同じように茶碗を持った杏里の手が止まり、箸を口にくわえたまま止まっている。
多分杏里も脳内処理をしているのだろう。俺も脳内処理中です。
「ただのセール品です。細かい所は、その、見ていませんでした……」
正直が一番。食器が少し足りなかったのでただ買い足しただけです。
杏里と夫婦茶碗なんて……、ん? それはそれでありなのか!
「まぁ、特に気にすること無いよ。ただの茶碗と箸だし。普通に使ってね」
母さんはあっさりと答え、御新香を口に運ぶ。
そして、杏里の時も動き出す。
「そうですね。ただの茶碗と箸ですから。毎日使いましょう、普通に……」
そんな会話をしながら、おいしいメンチとみそ汁を食し、本日のディナーは終わった。
俺と杏里は揃いの茶碗、そしてお箸。
母さんが仕組んだのか、それともたまたまなのか。
でも、杏里とのお揃いはちょっと嬉しいかもしれない……。
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