第41話 並んだ文字


―― 良かった。

 俺は数学が良かったと言った。


―― 一番悪かったんですよ。

 姫川は一番数学が悪かった。


 これは俺に数学で点を取りに来いと言う事ですね。

俺から聞くまでもなかった。姫川、自ら墓穴を掘ったな。


「姫川は勉強しなくてもそれなりに点は取れるんだろ?」


「まさか。私だって空いた時間で勉強してますよ?」


「今回のテストでも勉強するのか?」


「もちろん。成績落としたらお父さんに何を言われるか……」


 確かに。姫川の現状を考えると、成績を落とすわけにはいかないな。

きっと成績が落ちたら『昭和の下宿のせいだ!』とか言われそうだし。

と言うか、俺も成績落としたら何か言われるのか?

まずいな、思ったより本気でしなければ……。


「私も一緒に勉強してもいいですか?」


「別にいいぞ? でも自室の机でもできるけどいいのか?」


「一人より、二人でした方がいい事もありますよ?」


 少し足取りが軽い姫川はそのまま部屋を出ていき、やや重そうに勉強道具を持ってきた。

えっと、そんなに使うんですか? 今からどのくらい本気で勉強するの? 徹夜?


「ではやりますか!」


「この量は流石に……」


「あ、これは今日は使いませんよ」


「どういうことだ?」


「試験までに使うと思われる勉強道具一式です。学校では使わないので、ここに置かせてください」


「つまり、これから試験まではここで勉学に励むと」


「はい。毎回持ってくるのも重いので」


 ニコニコしながらノートを開き、ものすごい速さで参考書を開いていく姫川。

字もきれいだし、何より勉強している姫川の真剣な眼差しに、俺は目を奪われてしまう。


 目の前でペンを握り、頬にかかった髪を耳にかける仕草に俺の胸は鼓動を早くする。

交わす言葉もなく、姫川は真剣に黙々とノートを取っている。

すごい集中力だな。俺も負けてはいられない。しっかりとしなければ……。


 ノートを開き、一学期のノートと教科書を広げ総復習を始める。

まだ難しい内容ではないが、次第に難しくなっていくと思われる。

今のうちに基礎をしっかりとしなければ、今後の授業についていくことは難しくなるだろう。


 しばらく黙々とノートを取っていると、ふと何かを感じた。

ゆっくりと目線を上げると、俺をじっと見ている姫川がいる。

何を見ている? 俺のノートか?


「なんだ?」


 ビクッと一瞬、肩に力が入ったように見えた。

なぜか、少し慌ててペンを握り直している。


「な、なんでもありませんよ。ちょっと天童君のノートが気になっただけで」


「そっか。見るか?」


「じゃぁ、ちょっとだけ」


 俺のノートを姫川が手に持ち、しばらく見ている。

ページの初めから最後までをあっという間に目を通し、俺に返してくる。


「えっと、結構きれいにまとめていると思いますが、もう少しわかりやすくまとめた方が復習する時に分かりやすいですよ」


「そうか?」


「そうですね。ノートに書き込んでもいいですか?」


「あぁ、いいぞ。適当に書き込んでくれ」


「えっと、ここは、これとこれをまとめて、赤ペンで線を。あと、ここもこうしてこっちをマーカーで……」


 前かがみで俺のノートに書き込みをしている姫川。

少し薄手のシャツからは鎖骨が見え、その胸元も少し見え隠れしている。

健康な男子には目の毒です。見てはいけないのもわかっています。


 ノートに集中したい気持ちと、邪な気持ちが俺の心の中で戦争を始める。

戦いは長期にわたって繰り広げられた。それは熾烈な展開で、互いに相当力を消耗したに違いない。

俺の精神力もそろそろ限界だ……。


 長い戦いの末、最終的に勝利を掴んだのは正規軍だった。

ここでも俺は一つ成長できたかもしれない。


「ほら、さっきよりもグッと見やすくなったでしょ?」


 笑顔で俺にノートの説明をしてくれる彼女は勝利の女神と言っても過言ではないだろう。

新しく姫川に加筆されたノートは、確かにわかりやすい。


 ノートの取り方も学年一位との差が出るのか……。ちょっと悔しいな。

手渡されたノートにはやや雑にかかれた俺の字と、若干丸みを帯びた可愛い字が並んで書かれていた。

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