第37話 今日も一日頑張ろう!


 ソファーに座り姫川の方を見ながら俺は、はっきりと姫川に伝えた。


 俺は責任を持って姫川を下宿させよう。

まだ経験も浅く、頼りないかもしれないが、管理人としての責任を持ち、姫川のサポートをする。

下宿したから成績が落ちました! などと言う事を起こしてはいけない。


 そして食事が最も重要。


 バランスよく、食べて楽しい食事を考える必要がある。

いままで自分一人だったので、何となく適当になりがちだったが、今よりも気を使おう。

姫川は女の子なので、俺と同じメニューだときっとバランスが悪くなる。


 野菜や果物、使用する油にも気を使わなければ……。

意外とやる事は多いかもしれない。

しかし、雄三さんに撤回してもらうためにも、自分の為にもやらなければ。


「心配するな。たとえ、何があっても俺は責任を持って対応する」


 真面目な顔をして、姫川に俺の意思を伝える。

相変わらず姫川は固まったまま動こうとしない。どうした? 笹かまがおいしくないのか?


「わ、私は!」


 叫んだとたん、足に力が入ったのかソファーが勢いよく沈みかけた。

そして、隣に座っていた姫川が俺の胸に飛び込んできた。笹かま片手に。



 落ち着け俺。これは事故です。

しかし、俺の胸の中に姫川の顔が。髪からほんのり漂ってくる石鹸の香りが俺を襲ってくる。

そして何より、お腹辺りに当たるやわこい感触。これって、あれですよね?


 慌てて顔を上げる姫川。

さっきより顔が真っ赤になっており、耳まで赤い。


「ご、ごめんなさい!」


 俺は動揺しながらも、何か返事をしなければいけない衝動に駆られる。

早くこの場を平常にさせなければ。どうかして姫川と離れないと……。

もう時間も遅い、早く風呂に入って、今日はもう寝よう。色々と疲れました。


 俺は片手で姫川の肩を掴み、姫川の体を起こす。

思ったより軽い。姫川は起き上がり、ソファーに座りなおした。


「あ、ありがと。ごめんね、痛くなかった?」


「大丈夫だ。でも、気を付けてくれ。危うく笹かまを落とすところだった」


 動揺を隠しつつ、笹かまでカモフラージュし紳士の仮面をつける。

俺の鼓動は早く、もしかしたら背中に変な汗も出ているかもしれない。


 姫川はそのまま立ち上がり、部屋を出て行こうとする。


「今日はもう、お風呂に入って寝ますね。ちょっと疲れました」


「そうだな、俺も疲れた。風呂、上がったら教えてくれ。俺も入って寝るわ」


 リビングの扉を開け、姫川が部屋を出ていく。

扉が閉まる直前、少し開いた扉の隙間から姫川の背中が見えた。


「責任、とって下さいね……」


 小さな声でやや扉越しだったが、確かにそんなように聞こえた。

その後、すぐに扉は閉まり、階段を駆け上がっていく音が聞こえる。


 責任ね……。俺にどこまでできるかわからない。

これから何をしなければならないのかもぼんやりだ。


 予定では一年位、色々と準備してから下宿してくれる人を探す予定だったが、ちょっと予定がずれた。

まぁ、早くなったことも、下宿人が見つかった事もメリットと言えばメリット。

だが、圧倒的に俺自身の準備が足りない。そこは姫川に我慢してもらいつつ、両親を頼らせてもらおう。


 父さんとの約束。高校卒業までにクリアして、何としても……。

ソファーに寝ながら笹かま片手にこれからの事を考える。







――


 く、苦しい。口に何かが入ってくる。

何だこの感触は……。い、息ができない。いったい何が起きている……。


 ぼんやりとした視界が次第にはっきりとしていく。

目の前には頭にタオルを巻いたパジャマ姫川がいる。

かなりの至近距離で俺の顔を覗きこんでいる。


 あ、せっけんの香りが……。

そして俺の脳は次第に覚醒していき、状況を判断し始める。


 ソファーに寝ている俺。風呂上りの姫川。

そして、俺の口に突っ込まれている笹かま。なぜ笹かま?



「起きました?」


 姫川が俺に手を差し出す。

その手をとりソファーから起き上がった俺は、口に入った笹かまを食べ始める。


「おふぃた」


 喉を通り越した笹かま。やっと通常呼吸ができるようになり、発音も平常運転に入る。


「何しているんだ?」


 隣に座った姫川の手には牛乳の入ったコップが握られている。


「お風呂あがって、呼びに来ましたが無反応。ソファーで寝ている天童君を発見したので、手に持っていた食べかけの笹かまを口に入れてみました」


 笑顔で答える姫川。牛乳を飲む風呂上りの姫川にドキッとするが、だんだん俺にも耐性がついてきた。

初日ほど動揺していない。成長しているな俺。


「普通に起こしてくれ。窒息死するじゃないか」


「大丈夫です。笹かまでは死にませんよ。お風呂、空きましたよ」


「ありがと。んじゃ、俺も風呂入ってくるわ」


 姫川をソファーに残し、風呂場に向かう。

やっと一日が終わる。長かったな。


 ここ数日でしばらく会っていなかった父さんや、姫川の父さんに会った。

そして、うちに一人住人が増えた。これは俺にとってチャンスだ。

出来ない事をできるように、知らない事を知るチャンス。

経験値を積んで、レベルを上げていこう。




――


 翌朝、いつものように起き、二人で走ってから朝食の準備をする。

今日の朝食は笹かまだ。


 簡単に二人で調理して食べ終わり、姫川が学校に向かう時間となる。


「では、先に出ますね。行ってきます」


「おぅ。気を付けてな。行ってらっしゃい」


 何気ない会話。でも、こんな会話が新鮮で微笑ましいと感じてしまう。

毎日がこんな感じだったら、当たり前になってしまうのだろうか?

そんな事を考え、学校に向かう準備をする。

どれ、俺も行くかな。


 よっしゃ、今日も一日頑張ろう!


 ふと思う。いままでそんな事を思って家を出たことはない。

この変化はきっと姫川の影響だと思われる。

この先もきっと俺は変わっていくだろう。


 きっと成長できる。

俺は勢いよく玄関の扉を閉め駅に向かって歩き始めた。

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