第27話 茶菓子の準備


 朝、姫川といつものように走り込みをして、一緒に朝食をとる。

今朝のメニューは姫川の千切りキャベツ野菜炒めを中心としたメニューだ。


「「いただきます」」


 ご飯を食べながら、俺は昨夜の件を姫川に確認の為、話しかける。


「昨日のメッセ、確認した?」


「今井さんとお父さんの件ですか?」


「そうそう。今日の夕方来るらしいから、よろしくな」


 しばらく、姫川は目を閉じ何か悩み始めた。


「どうした? 何かあったのか?」


「何を着たらいいでしょうか?」


 はい? 何を着たらいいか? 何でもいいんじゃないか?

俺は普通に学校の制服か家着のジャージの二択だが……。


「何でもいいと思うぞ? なぜそんなに悩むんだ?」


「え? 天童君のお父さんが来るんですよ? 変な格好出来ないじゃないですか?」


 そんなもんなのか? まぁ、女子はというより姫川は服装とかにも気を使っていた生活をしていた事だし、しょうがないか。

俺の父親とか、別にその辺にいるおじさんだし、まったく気を遣わなくてもいいんだけどな。


「姫川が着た服なら何でも似合うから、何でもいいぞ」


 姫川が箸をくわえたまま動かなくなり、少し頬が赤くなるのがわかった。


「そ、そんな事無いです……。天童君に合わせます。まさか、ジャージとか言わないですよね?」


 そのまさかです。考えていたとは言えないな。

弁護士さんと下宿で世話になっている人の父親が来るのに、ジャージとか。

うん、ないわ。ここは妥協案だな。


「まぁ、無難に制服でいいんじゃないか? 学校から帰ってきたら直ぐに会うかもしれないし」


「そうですね。では、私も制服のまま待機しますね」


 一緒に朝食を終え、洗い物もすぐに終わらせる。

一人よりも、二人が早い。昨夜姫川に言われた通りだ。


姫川が先に出ようと、玄関に向かう。

ホールで姫川がシューズを履き始めた。


「いつも私が先に出て行ってもいいんですか?」


「ん? この後ごみ捨てとかあるし、それに俺と一緒に登校したら何かとまずいだろ?」


 シューズを履き終えた姫川は通学バッグを肩にかけ、俺の正面に立つ。


「では、先に行きますね」


「あ、これ渡しておくよ」


 出る直前に俺は一つのキーを姫川に渡した。

どこにでもある普通のカギだ。


「これは?」


 受け取った鍵をまじまじと見ながら姫川が俺に問いかける。


「下宿の正面入り口の合いカギ。俺がいなかったら中に入れないだろ?」


 下宿用の各個人で使用する部屋のカギはすでに姫川に渡しているが、この下宿の入り口のカギは俺しか持っていなかった。

これからバイトとか、お互いに別行動になる事もあると思い、昨夜のうちにスペアキーを探しておいたのだ。


「いいのですか? 私が持っていても」


「俺も毎日いる訳じゃないし、互いに別行動だってするだろ? 俺がいなくても一階の台所とダイニング、リビングは勝手に使ってもいいし」


「分かりました。無くさないようにしっかりと保管しておきますね」


 姫川は受け取ったキーをバッグに入れ、俺に軽く礼をして玄関に向かって歩き始める。



――ガララララ


「いってきます」


「いってらっしゃい」


 たった一言交わした言葉だが、なぜか今までになかった感情が自分の中にできたのを確信した。

ずっと一人で暮らしていたが、同居人がいると言う事。

それが姫川だから感じる感情なのか、それとも誰でも同じように感じる感情なのか、今の俺には知る事が出来ない。

しかし、確かに俺は『今の環境も悪くない』と感じている。


 そして、朝の支度もそれなりに終わり、姫川の出て行った扉と同じ扉を通り、俺も学校へと向かう。


(いってきます!)


 心の中で叫び、先に出発した姫川の後を追うように、学校に向かう。

玄関にまとめて置いたごみ袋を片手に、集積所にごみを出してから駅まで走った。





 今日も一日真面目に勉学に励み、あっという間に放課後となる。

今日は特に大きな事件も話題もなく平穏な一日を過ごす事が出来た。

唯一の話題は後ろの席の男子生徒が風邪で休んだ事くらいだ。

おかげで一日授業に集中できた。


 帰りのホームルームが終わり、ふと姫川の方を見るとすでに帰宅したようでそこに姿はなかった。

真っ直ぐに帰ると言っていたが、終了と共にすぐに教室を出て行ったのだろうか?

廊下側の席の姫川、窓側の席の俺。姫川の方がスタートダッシュ出来るポジションにいる。

俺は、荷物をまとめ、教室を後にする。




 自宅に戻るとすでに玄関は開いており、中に入る事が出来た。

なんだ、やっぱり先に帰っていたのか。


「ただいまー」


 玄関で履いていたシューズを下駄箱に入れた後、俺は洗面所に向かう。

初めに手洗いうがい。これ大切。


「おかえりなさい、早かったですね」


 台所から顔を出した姫川が俺の方に向かって返事をしてくれた。 

『ただいま』『おかえり』この言葉を交わした俺は、なぜか胸がホワンとする。


「そうか? 姫川の方が早いだろ」


「色々と準備が必要だと思いまして……」


 そんな会話を交わし、俺は自室にバッグを投げ込み来客を待つことにする。


「何か茶菓子とかいるかな?」


 お互いダイニングテーブルの椅子に座りながら来客を待つ。


「何かはあった方がいいと思いますが、何かあります?」


 俺と姫川は茶箪笥を開け、茶菓子を探す。

そこには大袋のスナック菓子、駄菓子、消費期限の切れた何かが入っている。

うん、出せる物が何もないな。


「俺、ちょっと商店街で何か買ってくるわ」


「では、私はコーヒーと紅茶、カップとか準備しておきますね」


 分担作業。これも二人なら可能な事。

俺はマイエコバッグ片手に商店街に向かって歩き始めた。




 商店街を歩いていると八百屋のオッチャンが声をかけてくる。


「司! 今日は何か買っていくか! 今日はトマトが安いぞ!」


 ふと、俺は先日の事を思いだす。


「じゃ、トマト二つ。買ったトマトはこの袋に入れてくれ」


 八百屋のオッチャンに手渡した袋はマイエコバッグ。

いつものようにオッチャンは中に買ったものを入れてくれる。


「おまち!」


 俺は袋の中に手を入れ、オッチャンに一つの紙袋を差し出す。


「これは返却だ」


 ぽかんとしたオッチャンは渡された紙袋を開け、中身を確認する。


「なんだ! これは返品か! 折角おまけしてやったのに!」


「いらん世話だ! 二度としないでくれ!」


 ニヤニヤしながら紙袋をカウンターの奥にしまい込む。

紙袋の中身は紫色の小箱だ。そんなところに保管するな!


 商店街で適当な茶菓子を買い込み、トマトと一緒にマイエコバッグの中に。

高級ではないが、こんなもんでいいだろうか?

買ったのは最中とヨーカン。うちの父親は最中が好きだったはず。

今井さんの好みは分からないので、しょうがない。



 自宅に戻り、買ってきた茶菓子を出す。

これで準備オッケー。後はいつ来てもいいぞ。


 夕方に来ると言っていたが、正確な時間は聞いていない。

俺は姫川とダイニングで雑談をしているがなかなか来ない。

一体何時に来るのだろうか?



――ピンポーーーン


 来た。

俺と姫川は話を切り上げ、席を立ち、二人で玄関に向かう。


 玄関にはグレーのスーツを身にまとったサラリーマンっぽい今井さん。

そして、髪をオールバックにし黒のスーツを着ている俺の父。

眼光が鋭く、見た目は三十代前半に見えるが、はっきり言って怖い顔だ。

隣の今井さんと比べると良くわかる。


「久しぶりだな、司。ちゃんと食事はとっているのか?」


「大丈夫だよ父さん。日々、健康的に規則正しく生活してるよ」


 そんな普通の会話から始まった四者面談。

この後、どんな話が俺を待ち受けているのだろうか?

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