第23話 思い入れ


 俺は学校から真っ直ぐに待ち合わせ場所のベンチに向かう。

もしかしたら放課後に先生から呼び出しがあるかもしれないと思ったがそんな事もなかった。


 待つこと三十分。いまだに姫川はこない。もしかしたら待ち合わせの事忘れたのかな?

スマホを片手に、駅前を行き来する人を眺めている。


 それからしばらくすると、いつもの通学バッグを持った制服姿の姫川が、走ってこっちに向かって来るのが遠目に見えた。


「ご、ごめんなさい。待ったでしょ?」


 息を切らしながら姫川は俺に話しかけてくる。

確かに三十分は待った。いや、それ以上待ったかな?


「いや、俺もさっき着いたばかりだ」


「良かった。帰ろうとしたらクラスの子達に声かけられちゃって、すぐに出られなかったの」


 まぁ、先生があんな事を言った直後だしな。

それはそれでしょうがない。俺は自分のバッグを持ち、ベンチから立ち上がる。

 

「どれ、行くか」


 バイト先は今日行くことを予め伝えている。

今日は何時にバイト先に向かっても良い事になっている。多少時間が遅れても問題はないはずだ。

バイト先に向かって歩き始めたが、姫川はまだ立ったままだ。


「どうした?」


 気になって姫川に声をかける。


「ここで天童君に声をかけてもらったんだなって」


 確かに先日、姫川に声をかけた場所はここで間違いはない。でも、それがどうした?


「そうだな。ここのベンチだったな。それが何かあったのか?」


 若干微笑んでいる姫川は何を考え、何を想っているのだろうか?

たかが、駅前のベンチ。どこにでもある普通のベンチだ。


「何でもありません。行きましょうか」


 ゆっくりと俺の方に向かって歩いてくる姫川は俺の隣に来てその歩みを止める。


「天童君は結構ドライなんですね」


 そーか? 結構ドライなのか? あまり考えたことはないな。

そして、二人でバイト先に向かい歩き始める事数分。



――カランコローン


 静かな店内には多少お客さんがいる。しかし、いつもよりずいぶん空席が目立つ、珍しいな。

カウンターにいた店長がこっちに向かって歩いてくる。


「お、司君。お疲れ様。待っていたよ、いやー昨日は結構忙しくてね」


 俺が急に休んだ事を根に持っているのか、第一声がその件ですか。


「すいません、急に休んじゃって。先日話した件で、今日連れてきました」


 俺の後ろにいる姫川は若干緊張しているのか、さっきから固くなっている。


「ちょうど今時間が取れそうなんだ。二人とも事務所に来てもらってもいいかい?」


 バイトを採用するに当たり、面接するのは毎回の事。

俺も面接されたし、面接無しで採用する企業があれば是非見てみたい。


「おーい、カウンター任せたぞ」


 店長がホールにいるスタッフに声をかけ、俺達は事務所に連れて行かれた。

まぁ、俺も出勤した時に最初に入るのが事務所なので特に気にする事はない。


「その辺に座ってくれ」


 店長が正面に。テーブルを挟みその向かいに姫川が座る。

俺は今回、面接とは関係ないので、隅の方にちょこんと座って二人を眺めている。


「さて、早速だがバイトをしたいって?」


 緊張気味の姫川が答える。


「はい」


 その答えは一言で終わってしまう。

熱意とか、理由とか、採用してください! と言った感じが無いな。


「何故ここで働きたい?」


「天童さんにお仕事を紹介してくれると言われまして……」


 若干目つきが鋭くなった店長。

それなりに若く、仕事もできる店長はスタッフからの人望も厚い。

その店長が、姫川の回答に対して目をきつくさせた。


「ちなみに、もし天童がキグルミショーの中身の仕事を紹介したら面接に来たか?」


「いえ、面接には来なかったと思います」


 さらに店長の目が鋭くなる。


「そうか……。姫川さんは働いたことあるのかい?」


「いえ、ないです。仕事自体したことが無いので……」


「働いて、対価をもらう。それが仕事だ。どんな仕事でも対価は発生する。内容や対価は仕事によりけりだが、今の発言については、仕事に対して差別意識を持っていないか?」


 非常に気まずい。今すぐにここから脱出したくなってきた。

店長の言葉がきつい。グサグサ刺さってくる。姫川頑張れ!

でも店長、この店人少ないんですよね? 絶対に確保しろって電話で言っていませんでしたか?


「確かに……。仕事の内容で優劣をつけていたかもしれません」


「どんな理由で、どの仕事に就くかは人それぞれだが、仕事に対してあまり偏見を持たない方がいい。今はバイトと言う雇用になるが、将来就職とかするんだろ? もっと広い目で、もっと深く考えた方がいいな」


「はい、今後の参考にしたいと思います」


「で、働きたい理由ってなんだ? 何でもいいからお金が欲しいという訳ではなさそうだ」


「今度下宿することになり、その費用を自分で賄っていければと思いまして」


「生活するための資金が必要って事か」


「はい。学校にも通うので、時間などに制限は出てくるとは思いますが、同じクラスの天童さんがこちらでお世話になっていると聞き、私も同じように働ければと思いました」


 店長は俺の方をちらっと見てくる。

この目線の意味は何だろう? 俺に何か話せって事なのか?

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