第24話 本当の俺

「天童、三十分店で待っててくれないか? 好きなもの一品、注文していていいから」


 店長になぜかそんな事を言われ、俺は事務所から店内に移動しカウンター席に座る。


「天童さん、お疲れ様。さっきの子、バイト希望なの?」


 俺に話しかけてきたのはバイトの先輩。

大学生で主に授業が無い時間にシフトに入っているらしい。

この店では古い人にカウントされ、俺もこの人に仕事を教わった。


「そうです。同級生で、たまたまバイトを探しているので連れてきました」


「そうか、それはありがたいね。日曜も出れるんだろ?」


 店長と同じことを聞いてくるんだな。

確かに、店長も先輩も毎週日曜はほぼ固定で入っている。

よっぽど日曜が薄いんだな。まぁ、俺もほぼ日曜はシフトに入っているし。


 先輩と少し世間話をして、いつも飲んでいるブレンドコーヒーを注文し、スマホ片手に面接が終わるのを待つ。

三十分と言っていたので、そろそろ終わるだろう。


「お、お待たせいたしました」


 俺の注文したコーヒーがやっと届いた。

随分時間がかかったが、こんな声のスタッフいたっけ?


 スマホの画面からコーヒーを持ってきたスタッフの顔を見てみると、そこには喫茶店の制服に身を包んだ姫川が立っていた。

トレイにコーヒーを乗せ、白と黒のメイド調の制服は姫川に似合っている。

そして、髪をポニーテールにまとめ上げたその姿は、はっきり言って可愛い。


 しばらくトレイを持った姫川と姫川の顔を直視した俺は一言も話さず、互いに目線を交わす。

どう反応したらいいのか、どう対応したらいいのか、とまどって、発言も、行動もできない。

な、何か言わなければ……。


「可愛い」


 とたんに、姫川の頬が赤くなっていく。

あ、俺何言っているんだ?


 遠目に先輩がニヤニヤしてこっちを見ている。

先輩も一枚かんでいたのか。


「あ、ありがとう。店長さんが、練習してみようかって……」


 で、俺の注文を持ってきたということか。

トレイからソーサーに乗ったコーヒーを俺の目の前に置く。

テーブルに置くまでカタカタなるカップ。プルプルしている姫川の腕。

最初は震えるんだよね、俺もそうだった。慣れてくるとスーっておけるようになる。


「ご注文は以上でよろしいでしょうか?」


「はい、以上でそろっています」


 トレイを片手にカウンターに戻っていく姫川。

その隣で手招きしている店長。これは俺に来いと言っている事か?

届いたコーヒーもそのままに、俺は手招きされる店長の方へ歩き始める。


 そして、店長はそのまま事務所に入って行ってしまった。

これは、俺に事務所に来いと。


 事務所に入った俺は、そのまま店長に話しかけられる。


「採用だ。今日二時間お試し仕事。実際のシフトについては、後日連絡する」


「了解です。ありがとうございます。じゃ、俺は帰りますね。後の事、よろしくお願いします」


 そのまま帰ろうと、扉に手をかけると、店長が俺の肩に手をかけてくる。


「天童、この後二時間、シフトに入ってくれ」


「へ? 今日シフト入ってないですよ俺」


 店長はニコニコしながら両肩をがっしりと鷲掴みにする。

あぁ、そんなに力いっぱいつかまれたら、痛いじゃないですか。


「昨日、日曜日は忙しかったなぁ。誰かさんが急に休むから、大変だったなぁー。なぁ、天童君?」


 俺は無言でロッカーにバッグを入れ、喫茶店の制服を片手にカーテンの奥に移動した。

そんなこと言われたら断れないじゃないですか!

着替え終わってカーテンを開け、学校の制服をロッカーにしまう。

ロッカーに入れていたワックスで髪を若干整え、服装を正す。


「じゃ、二時間だけですよ! 二時間たったら帰りますからねっ!」


 事務所を後に俺はなぜかシフトに入っていないはずの時間に仕事をすることになった。

事務所を出る時にしっかりとタイムカードは押したので、タダ働きではない。

しっかりと賃金はもらわないとな。

店長も言っていた通り、仕事に対してしっかりと対価をもらおう。


 ホールに出た俺は、いつも通りの仕事をこなす。

通常の仕事をしながら、姫川のフォローもする。少しだけ忙しいが、覚えてもらったらあとは楽になる。初めだけだ、しっかりと覚えてもらおう。


 姫川と二人で食器を洗っていると、声をかけられた。


「天童君、その見た目だと随分学校とイメージ変りますね」


 確かに髪型、服装、姿勢、話し方、全てが違うような気がする。


「仕事だからな」


「どっちが本当の天童君?」


 そんな一言を言われ、俺は答えることができなかった。

本当の俺? ってなんだ? どっちも俺だろ?

姫川から見たら違うのか?


 その答えに答える事が出来ず、俺はお客様に呼ばれ、ホールに出て行った。

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