第8話 提案と条件

 キョトンとした表情の姫川に、俺は一つの提案をする。

断わられてもいいし、受け入れてもいい。俺にとっては大差ない問題だ。



「もし、姫川が問題無いようであれば部屋を提供しよう。さっき荷物を置いた空き部屋だ。そして、朝と夜の食事もつける。さらにそれなりのバイト先も紹介しよう」


 さっきまで暗かった姫川の表情が変わり、明るくなる。

やはり自分でも無謀な計画だとわかっていたんだな。


「何が目的ですか? まさか、無償でそこまでしていただけると言う事はないですよね?」


 その通り。俺だってタダ働きはごめんです。そこまでお人よしではない。

俺の実験に付き合ってもらおう。いいサンプルになってもらおうじゃないか。


「目的は二つ。一つはクラスメイトが路頭に迷うような事を俺は望んでいない。二つ、提供する代わりに家賃を入れてくれ」


「家賃ですか?」


「そう、家賃。ここだって光熱費かかるし、通信回線の費用もかかる。あと、食費。いくら小食でもそれなりに食べるだろ?」


「バイトってなんですか? 怪しいバイトですか?」


「ただの喫茶店だ。メイド喫茶とかじゃないぞ。本当に普通の喫茶店。まかないもあるし、学校も近い。ただ、仕事はシフト制で土日はバイトになると思う」


 姫川はしばらく黙りこんでいる。何かを考えているようで、さっきから目線が左右に振れまくっている。

今まで体験したことのない選択なんだろうな。もちろん、ここ以外にあてがあれば、それに越したことはない。俺は今まで通り、生活していくだけだ。


「ずっとここにいなくてもいい。他にあてができたらそっちに行ってもらって構わない。それまでのつなぎと思ってくれ」


 姫川は意を決したように、俺の目の前に正座する。


「迷惑をかけると思いますが、しばらくお世話になります」


 頭を下げてきた姫川から、石鹸の匂いが俺を襲う。

近いし、いい匂いがするし、何だか色々と俺が恥ずかしくなってしまう。


「頭上げろって。そんな気にすることじゃない。やめてくれ」


 頭を上げた姫川は、俺を真っ直ぐに見ながら口を開いた。


「私も条件があります」


「条件?」


「食事の準備は当番制にしましょう。ただお世話になるのは気が引けます」


「ん? それが条件か? 別に気にしなくていいぞ? 俺が自炊するときに多目に作るだけだし」


「違います! 私も作ります。そこは譲れません!」


「おぉう……。そこまで言うのであれば……」


 こうして、俺と姫川は一つ屋根の下で生活を共にすることになった。

まぁ、部屋は別々だし、特に問題もないだろう。


「じゃ、じゃぁ、細かい事については明日話すよ。で、明日は俺も一緒に荷物取りに行こうと思ったんだけど、問題あるか?」


「来てくれるのですか?」


「一人じゃ何かと大変だろ? 初め位はちょっとだけ助けてやるよ」


 満面の笑顔で『お願いします』とほほ笑む彼女はやはり可愛い。

令嬢と言っても、一人の女の子。まだ社会人としても未熟だ。

俺もまだまだ未熟で親のすねかじりだが、将来の為に色々と経験していかなければならない。

いつか、俺だって独り立ちしなければいけない時が来るのだから。


「今日は疲れただろ? 部屋に戻ってそろそろ寝たらいい。明日起きたら、教えてくれ」


 そんな会話をしながら、姫川はリビングを去って行った。

腰まである長い髪が揺れる後姿は、まさにヤマトナデシコ。


 でも、一人の弱い少女でもある。

誰か一人くらい見守ってやる奴がいてもいいのでは?


 そんな事を考えながら、俺も布団に入り深い眠りにつく。

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