第3話 ようこそ我が家へ
「姫川、ちょっと」
俺が声をかけ、目線で警官がここに向かっている事を伝える。
「ど、どうしよう。私、補導されちゃう……」
「もし声をかけられても絶対にしゃべるなよ」
俺達に向かって歩いてくる警官。
もし、このままこの場所にいたら色々と聞かれ、最悪学校や親にも連絡が行く可能性が高い。
仮にここで俺達が補導されたら姫川はもちろん、俺だってまずい。
学校にもばれ、クラスの奴に何を言われるか。
しかも、親とかまでその情報が行ったら目も当てられない。
二人で何をしていたのかと……。
この場を切り抜けるには、そもそも俺達が警官の前から消えればいいだけだ。
早々に答えを導き出した俺は姫川に声をかける。
「姫川、移動するぞ」
俺は姫川のボストンバッグを持ち、改札口に向かって歩き始める。
ベンチからやや早歩きで移動したが、警官はまだ俺達の事を遠目に見ている。
早めに見えないところまで移動した方がよさそうだな。
何も言わず、俺についてくる姫川。駅の改札口に二人そろって入ったことを確認し、警官の方も俺達から目を離した。
とりあえず、時間も遅い。いつまでも構内にいる訳にはいかない。
「で、どうするんだ? あてはあるのか?」
「あったらこんな所にはいません」
めんどくさい。関わりたくないのに、関わってしまった。
全く知らない他人ではないし、同じクラスの奴だ。一度くらい何とかしてやってもいいかと、不意に思った。
「条件がある。今日の事は誰にも言わない。そして、これからの事についても誰にも話さない」
「一体何の条件?」
「ついてくれば分かる」
半強制的に姫川のバッグを奪い、ホームに向かう。
俺の後を無言でついてくる姫川は、きっと警戒しているだろう。
電車に乗り、いつもの駅で降りる。
改札口を出てからも互いに一切口を開かず、無言のままひたすら歩き続けた。
しばらくすると一軒の家へと到着する。電気は消えており、人の気配はしない。若干古い家屋は、昭和の時代を感じる。
「ここは?」
姫川が俺に話しかけてくる。
俺は無言で一つのすすけた看板を指さす。そこには『五橋下宿』と書かれている。
「下宿?」
「そう、下宿。とりあえず、入ろうか」
俺は真っ暗になった下宿の表玄関に鍵を刺し、扉を開ける。
ガラガラガラと横に開く扉は最近の住宅ではあまり見ないだろう。
電気をつけると、やや広めの玄関に下駄箱がある。
「ようこそ、五橋下宿へ」
俺は姫川に声をかけ、手招きをして迎え入れる。
手に持っていたバッグを玄関に置き、靴を脱ぐ。
「早く玄関閉めろよ。虫が入って来るだろ?」
姫川は玄関に入り、扉を閉める。
一歩だけ玄関の中に入り、下駄箱や床、天井など珍しそうに周りを見渡している。
家の中は静かで、何の音も聞こえない。それは人の声もしないという事だ。
「誰もいないの?」
俺は持っていた荷物をその辺へ適当に置き、下駄箱に靴をしまう。
そして、廊下を進み、奥の部屋の電気をつける。
「いない。ここは俺が一人で住んでいる」
「そう……。なぜここに私を?」
駅前のベンチで一人座っていた姫川を半強制的に連れてきてしまった。
何か問題があの場で起きてしまえば、間違いなく俺が最終目撃者になってしまうだろう。
それは非常に問題があり、俺の学校生活を脅かすことになる。
「あー、深い意味はないな。お前をどうしようとか思ってないし、めんどくさいのが嫌いだ。あのまま俺が何もしなかったら、めんどくさい事になりそうだったから連れてきた。宛があるんだったら遠慮なくそっちに行ってもらって構わない」
俺が奥の部屋から廊下に出て、突き当たりの洗面所に向かう。
手を洗い、うがいをする。自宅に帰ったらまずはこれを。
「お前も突っ立っていないで手洗いとうがいしろよ」
玄関に突っ立ったままでぽかんとしている姫川に声をかける。
姫川は靴を脱ぎ、俺と同じように下駄箱に靴いれる。
「お、お邪魔します……」
そして、俺の後に続き手洗いうがいをする。
何とも違和感がある。俺以外にこの家に住んでいる奴はいない。
目の前にいる姫川に違和感しか感じない。
「とりあえず、茶でもだすよ。コーヒーと紅茶、水、何がいい?」
「あ、え、こ、紅茶で」
リビングに案内された姫川はダイニングテーブルにある椅子へちょこんと座る。
ヤカンが音を鳴らし、お湯が沸けたことを告げる。
姫川の目の前に紅茶を出し、俺もコーヒーを自分の目の前に置く。
「いただきます……」
両手でカップを持ち、ゆっくりと飲み始める姫川。
俺も姫川の対面に座り、無言の時間が流れる。
「で、話せるのか? 話したくないのか? 別に話さなくてもいいけど」
俺はぶっきらぼうに姫川に問いかける。
しばらく無言だった姫川はカップをソーサーの上に置き、その手を膝に乗せ俺を直視する。
「今から話す事は、秘密にしてもらえますか?」
俺はコーヒーを片手に、無言でうなずく。
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