第一章・始まりと終わり
第1話 不倫はダメなことですか?
出勤。
二十四時間で動いているコンビニエンスストアで夕方からの勤務な私。
おはようじゃないのに、おはようございますなのは、もう一年半も勤めたら当然のことの様だ。
マニュアルが存在しなかったこの、おそらくここにしか存在しない
地方都市の中の一部地域。一応、神路市の主要駅前にあるんだから、全国コンビニエンスストアチェーンがあってもおかしくないけど、私の知る限りこの辺でコンビニはここだけだ。
マニュアルが存在しないコンビニ。高校時代に飲食でアルバイトしていた私からすれば、強烈だった。店長が「あ、まぁ適当で」といったのは気休めかと思ったら、本当にてきとうだった。
売店の進化系らしいアクア。
でもちゃんとケーキは売るし、チキンも売るし、恵方巻も売る。寂れた商店街の商店との共同作業になるのだが、それ以外ではチキンを売らないわけではない。
「おう、
「野口さん。でも今日は夜揚げないでしょ?」
「碧青。今日は商店街総会。アルコールで頭のおかしくなったじじい共がチキンやコロッケを買いに来ること間違いない。変に油が古いと、肉屋の親父が感づく」
はいはい、と。野口さんから倉庫のカギを受け取り、タイムカードを押してから油を取りに行った。
『碧青』。これで『あお』だ。
母方のおじいちゃんが素人詩人だったことがあって、「海の青を引き立たせる漢字を充てよう」と言って碧青になった。
「碧青。仕事早いな」
「そりゃだって一年半もいて、尚且つ好き勝手出来るなら」
「碧青は賢い子だからな。若いし、可愛いし、偉いし」
「褒めても何も出ないよーだ」
褒めてもらって嬉しい。とはまた違った感情。
信頼されてる。ていうのに近い。でも。
愛されてる。ってのが正解。
「お、碧青。また照れてるな。可愛いな」
「もう、やめてっ」
「碧青は可愛いな。もうマジで襲いたい」
「やだっ、仕事中」
「けっ、はいはい分かった分かった」
野口さんは子どもみたいなふくれっ面で可愛い顔をますます可愛くさせて、品出しにレジを出て行った。
売場で仕事する彼を見て、身長ちっちゃいなとか、手が血管浮いてていいなとか、レジに残った残り香がいい匂いだとか、でもやっぱカッコいいなとか。
色々思っているうちに販売期限切れのおにぎりを掴んで帰ってきた。
「碧青。顔」
顔? 何かついてる?
「にやけてる。どんなエロい妄想してんだよ」
「違っ」
「はいはい分かった分かった」
さっきよりもよりニヤついた顔で野口は頭をポンポンとしてきた。からかわれているのに頭を触ると弱いの知ってて、ズルい。勝てない。
「いやー、まさか肉屋の親父。自分とこのコロッケ二度揚げしろって言うとは……。いつも予想の斜め上を行くよな。商店街総会」
夜勤の学生さんが来る二十三時の三十分前辺りになると、ナーバスになるのはもう隠しようもない。
後、三十分で彼と今日のところはお別れしないといけない。今日は帰ってくるって言ってたし、さすがにもうこのゆるゆるになった顔では行けない。
「あれ? しょげてんの、ほれほれ」
ペットボトルの温かいレモンティーをほっぺに押し付けてくる野口がウザイ。かなりウザイ。
「ウザイ」
「あれ? さみしくなっちゃった? 俺とお別れしたくないって言ってるの?」
「そんなことないもん」
「ないもんって語尾がさみしそうだから」
私がわがままを言う時だけ、彼はニヤニヤも大人の対応もしない。
ちゃんと目を見て、ちょっとだけ申し訳なさそうな顔をする。
その紳士で
「でもさみしい」
「さみしいか。そうだな、俺もさみしい。碧青といれないことがさみしい」
奥さんと私、どっちが好き? なんて、不倫ではよく聞くお話だけど、それは聞かないし興味がない。きっとどっちも好きでどっちも嫌ではないし、そんな中途半端で安定性がない関係が今の関係なんだと思う。
私はそれがこの不倫という関係性の全てだと、いやそこまでは思わないか。
「はよーございまーす。あおさんちわっす」
「
「すいませんっす。見えなかったんで」
「小さくて! 小さくて、見えなかったというのか!!」
「いやちょっと陰で、陰になってて」
「野口さん小河原君いじめないで」
「いやだって、小河原のやつ」
そのおふざけに心を傾けることで、私は寂しさと少しの哀しさを紛らわした。
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