高嶺の花に近づきたい
べいっち
熱帯夜
猛暑日の夜。
吹く風が生暖かい夜の街を、あてもなく歩く。
隣には私の親友、「
「ねぇさーちゃん。このまま駅まで歩いてどこか遠くに行こう!」
「お金はどうするの?」
「わ、私の財布に二千円入ってるからそれでなんとか⋯⋯」
「ふふっ、私をさらいに来たのに二千円しかもってこなかったの?」
「さらいに来たって語弊があるよぉー! それに私が今もってる全財産がこれだけなの! しょうがないでしょ!」
プクーっと頬を膨らませた優里は早歩きで私より先に前に進む。
私は優里を追いかけるわけでもなく私は私のペースで前に進んだ。
――今から約三十分前。
部屋で課題をしていたら、突然窓がチカチカ光だして、窓を開けると優里が懐中電灯を持って立っていた。優里は「黙ってこっちに来て!」と、ジェスチャーで伝え、私は母にコンビニに行くと言って出かけ、今に至る。
物語でしか見たことがない出来事が起こって驚いたし、いつも慌ただしい優里が、簡略したジェスチャーで伝えてくるのがかっこよく見えた。
でも今隣にいる優里はいつもの可愛い優里だ。本当にいつもと変わらない、私の好きな優里。
「置いてっちゃうよー!?」
「はいはい、いーですよー。どうせ私は置いてきぼりですよー」
それにしても暑い。暑いのは昼だけで充分なのに。これって熱帯夜ってやつなのかな。
坂になっている道を歩き疲れた脚で登る。
坂の頂点には私のほうを向いて手を振っている優里が見えた。
「はーやーくー!」
「はーいはーい」
この道はいつも車でしか通ったことなかったから気付かなかったけど、結構傾斜があって地味に辛い。いや辛い。
「はぁ、はぁ。はーっ」
「おつかれー! ねぇねぇ、後ろ振り返ってみてよ!」
「へ?」
「いいからいいから!」
優里は私の肩を掴み、くるっと後ろに回転させる。
「わ、すごい⋯⋯」
「ふふーん、でしょでしょ!?」
坂から見る景色は夜の夜景で、海に面する街まで一望できた。
家々の明かりや街灯の明かり。信号が順番に切り替わるのもよく見える。
「この場所で、こんな綺麗な景色が見られるなんて気付かなかった⋯⋯」
「さーちゃんは細かいところ気付かないよねー」
「そうかな?」
無邪気な優里にそう言われると何だか複雑な気持ちになる⋯⋯。
「あと鈍感だよね!」
「あ、あれは言われなかったら気付かないって」
「えー? 周りから見てたら
「えぇ⋯⋯」
だってあの頃は今より優里のことしか見てなかったし、しょうがないじゃない。優くんに興味もなかったし⋯⋯なんだか申し訳ないな。
私はスマホをポケットから取り出し、この夜景を忘れないように写真を撮る。撮った写真を見たらなにかが物足りないような気がして、なんとなく優里も撮ってみた。
(あ、ノーメイクだ)
写真を見てリップすら塗ってないことに気付き、優里らしくないなと思う。
(ノーメイクだって気付いたんだし、細かいところ気付いてるつもりなんだけどな)
ほかにも優里の藍色の瞳が夜景に照らされているのがわかり、汗でグレーの髪がこめかみのところにくっついているのもよくわかる。
そして優里のチャームポイントである高い鼻が、綺麗な横顔だろうと主張していた。
「横顔美人っていうか、横顔綺麗だよね」
「え、なになに!? 私のこと!?」
「うん」
「えっ、さーちゃんに褒められるとか雪でも降るんじゃ⋯⋯!?」
「素直に照れとけばいいのに⋯⋯」
うへへと微笑む優里を見て、もう一枚だけ優里の写真を撮った。
私はこの二枚の写真を『描きたい構図』というファイルに移動させ、親から送られたメッセージを無視し、スマホの電源を切る。
「ねーさーちゃん。やっぱ駅まで歩こうよ!」
「夜の駅かぁ。行ってみたいけど⋯⋯」
「行ってみたいと思うならなおさら行こう!」
「⋯⋯そうだね。うん、行こっか!」
――どうせしばらく会えないなら、心残りがないように少しでも長くいたい。
そう思った私は、いつもなら却下するであろう提案にのることにした。
決して軽くはない足取りで向かうのは、ここからさらに二十分歩いたところにある市内で一番大きな駅。駅の中に買い物をする場所があったりする駅で、優里と遊びに来たこともある。
私たちは誰も歩いていない歩道を歩き続け、人が歩いていると思ったら駅に着いていた。
「本当に来ちゃったねー」
「足を動かしていれば、いずれ着くからね」
駅の外壁にある時計を見ると、短針は十より少し進んでいた。
「で、本当に電車に乗るの?」
「うん! なんのために来たと思ってるのさー!」
「夜の駅っていう資料がほしかったから?」
「それはさーちゃん個人の理由でしょ!」
確かに個人的な理由でここまで来た。電車に乗って遠くまで行くなんて真に受けていなかったから。
でも、優里は本気で電車に乗ろうとしている。
もし本当に電車に乗って遠くまで行くのなら、警察に補導される可能性が高い。なぜなら、二十三時以降に未成年だけで外出することは条例で禁止されているから。
私は警察沙汰にはなりたくないし、させたくない。
ここで止めるべきだし、家に帰るべきだ。
「遠くって言ったけど、どこまで行こうか? っていうかどこまで行けるんだろ? 一人千円だと考えて、行けるところはー」
「⋯⋯」
止めるべきだ。止めるべきだというのに、私はなぜ「もう帰ろう」と言えないのか。
「うーんと、ここからこの駅まで、所要時間一時間二十五分だって!」
一時間もかかるなら、やはり条例を破ることになる。補導をうけなくとも親が捜索願を出すかもしれない。
さぁ言うんだ、「もう遅いから帰ろう」って。言え、言わないと――。
「さーちゃん、駅の資料撮らなくていいの?」
「あ、うん。撮らなきゃね」
⋯⋯優里に流される。勇気を出さなくてもいい言葉なのに、喋るための勇気がない。私は意気地無しだ。
駅の資料を撮るために電源を切ったスマホを起動させると、不在着信が十三件あった。全て母からの着信で、電話がかかってきても音がならないようマナーモードにし、夜の駅を撮る。
ただ駅を撮るだけなのに、こんなこといつでもできるのに。なんで私はこんなくだらないことに時間を使っているんだろう。
もっと優里と喋ることがあるはずなのに、優里といられる時間はもう限られているのに⋯⋯。
「写真撮れたー?」
「うん、撮れたよ」
「じゃあ二人で写真撮ろ!」
「はいはい」
優里はここじゃ暗いからと、駅の中で写真を撮った。
久しぶりにツーショット写真が手に入ったななんて思いながら、撮った写真を見てニヤニヤしている優里を撮る。
「あー盗撮!」
「バレてるから盗撮じゃないですー」
「私他撮りされるの好きじゃないのにー!」
「大丈夫、他撮りでも可愛いから」
「えーほんと?」
「ほんとほんと、他撮りでも可愛いし実物はもっと可愛い。⋯⋯嘘じゃないよ?」
⋯⋯ちょっと直球すぎたかな。自然に言ったつもりだったけれど、顔が熱い。バレてなきゃいいんだけど。
「さ、さーちゃんのそういうとこズルい! 美人にそんなこと言われたら照れる!」
さっきは素直に嬉しがってたけれど、今回は顔を赤くして照れている。私より汗をかいて顔を赤くしている優里を見て、不意に愛しいと思った。
――叶わぬ恋、知りたくなかった気持ち。
優里に伝えてこれ以上関係が拗れるのは耐えられないから、拒絶されるのが怖いから、真正面から伝えられない。
「よし、切符買おう!」
唐突に言われドキリと胸が鳴り、私は選択を迫られる。
帰れば警察沙汰にならずに済むし、親に怒られずに済むかもしれない。
でも、今ここで帰ったら、後悔するような気がして――。
「⋯⋯うん」
――頷いて、しまった。
いけないことをしている罪悪感と、冒険に出かけるようなワクワク感。警察に見つかってはいけないという緊迫感に追われながらも、私はこの状況を楽しんでいた。
優里が手際よく買ってくれた片道切符を握りしめ、電車を待つのもドキドキする。私はとうとう頭がおかしくなったのかもしれない。
ホームにまもなく電車が到着するというアナウンスが響き渡り、心拍数が最も上がる。
『⋯⋯朝が来なければいいのに』
アナウンス通り、電車は私たちの前で停車した。
私は躊躇しつつも電車に乗り、適当に空いていた席に座る。
この電車が出発してから一時間二十五分後。私たちは家に帰ることになるのか、途方に暮れるのか。それとも別の目的地をみつけるのか、まだわからない。
けれど、未来の私が決めたことならきっと、今の私も納得できる結果のはずだから――。
「その、さーちゃん」
「な、なに?」
私の左に座った優里は、俯きながら喋りかけてくる。俯きながら喋るなんて優里らしくない。今日会ってからずっと明るかったのに、今のは声のトーンが低かった。⋯⋯嫌な予感がする。
「わ、私たち、色々あったでしょ? それで、私はさーちゃんにずっと謝りたいっていうか、言いたいことがあって⋯⋯」
あぁ、あのことね⋯⋯。
「私はさーちゃんの絵が好きで、さーちゃんみたいな絵を描きたくて絵を描き始めたの。⋯⋯なのに私だけ賞とっちゃって。しょ、正直気まずかった⋯⋯」
知ってるよ。ずっと私を追いかけてたもの。追いかけられるほうが気付かないわけがない。
「さーちゃんと一緒にいるのが気まずくて、部活で会っても喋りかけられなくなって⋯⋯私、気付いたら別の子といるのが多くなってた」
そうだよね。なんとなく避けられてると思ってた。でも、私が喋りかければよかったのに、喋りかけられなかった私も悪いの。
「私はさーちゃんと離れたくないし、仲が悪くなって一緒に居られなくなるなんて嫌。だからちゃんとごめんなさいしようと思って」
私も優里とずっと仲良くしていたい。ずっと、おばちゃんになっても仲がいいままがいい。
「さーちゃん、避けてるみたいに接しちゃってごめん。謝るのが遅くなったのも本当にごめん」
私もごめん。自分から喋りかければよかった。
「⋯⋯⋯⋯謝るのが『引っ越す』前日なのも、引越しを伝えるタイミングがみんなに伝えるタイミングだったことも。本当に、ごめんなさい」
⋯⋯いいよ。今日こうやって楽しませてくれたんだから。それだけで充分だよ。
「⋯⋯さーちゃん。私引越ししたくない、さーちゃんと離れたくない⋯⋯っ」
引越ししたくないと私の目を見て言い、優里の瞳に溜まった涙が零れ落ちる。
「親の仕事の都合」で引越しをすると言っていたし、優里からすれば引越ししたくないに決まっている。私だって行かないでほしい。
優里は私に抱きついて泣き続け、私は背中を撫で続けた。優里は呼吸をするたびに肩が震え、密着した体から心拍数が高いことが伝わる。
周りには「疲れてるからうるさくしないでくれ」みたいな顔で見てくる大人もいたが、そんなの御構い無しだ。好きな人が泣いていているのをほっとけるわけがない。
(あぁ、こうやって近くにいるのも今日が最後なんだ)
不意に優里が遠くに行ってしまうという事実が現実味を帯びてきて、静かに涙が零れた。
優里に伝えたいことは今伝えよう。言おうと思っていたことを話すんだ――。
「⋯⋯私、優里が絵の賞をとってからずっと考えてたの。――私は絵を描き続けるの? って」
⋯⋯私のほうが上手だったはずなのにいつの間にか抜かされてて、絵の先生には『あなたより優里さんのほうがもっと伸びるわよ』なんて言われて。
「絵を描き続けてイラストレーターになるのが夢だったけど、すごく厳しい世界だから。私みたいな人は、今のうちにやめといたほうが安定した職につけていいんじゃないかなって」
来年はいよいよ大学受験だ。進路を変えるにも変えづらい。
でも、今なら変えられる。
狭き道を進むより、安定した職を手につけるのも悪くないと思ってしまった――。
私のその発言を聞いた優里は抱きついていたのをやめ、大きく見開いた目で私を見つめてくる。
――夢を諦めちゃうの⋯⋯?
そう、言われてないのに言われているような気がした。
表情から伝わってくる問いに答えず、私は喋り続けた。
「一緒にいた優里と距離ができて、差ができて。どんどん離れていくのが⋯⋯離されていくのが、怖かった」
孤立するのも怖いし絵が描けなくなるのも怖かった。手を動かさなければ差ができるばかりなのに、描こうとしてもうまく描けなくて、辛かった。
「でも優里とまたこうやって喋ることができて、私はすごく嬉しいし、なんで早く喋りかけなかったんだろうって後悔してる」
こんなことならうじうじしてないで仲直りすればよかった。時間は巻き戻せないのに。
「優里は明るい子だし、いい子だから。きっと、引っ越した先の学校でもうまくやっていけるよ。絵だって描き続ければイラストレーターになれる。優里はそういう素質をもってる。でも、――私にはない」
⋯⋯優里は私がいおうとしてることがわかってしまうみたい。それ以上いわないでよと訴えるように涙目になって、唇を噛み締めている。
「私、――夢を諦めようと思う。これからは趣味として絵を描くことにするよ。それに、今まで絵しか描いてこなくて楽器とかやったことないし⋯⋯? お兄ちゃんのギター借りて、弾けるようになってみたいなーとか、思ってたところなんだ!」
我ながら嘘が下手くそで笑えない。ギター弾いてみたいなんて一度も口に出したことがないのに。信ぴょう性がなさすぎて嘘だってバレバレだ。
狭き門を少しでも広くするために、中途半端な私はさっさと辞退しよう。
これは私なりの決意、引越し祝いだ。
「だから、『私のぶん』まで夢を叶えてよ。私は優里のファン一号になるからさ!」
「――――っ」
⋯⋯こうやって抱きつかれるの、いつぶりだっけ。私が「恥ずかしいから抱きつくのやめて」って言っちゃってからやらなくなったよね。
『なんで引越し程度でボロボロ泣いて抱きついてくるのか。考えなかったのがいけなかったっ⋯⋯!』
優里はそれから泣き続け、泣き疲れたのか寝てしまった。抱きつかれたままなのも暑いから、優里を離して背もたれに体をもたれかかせる。ちょこっと憧れてた自分の肩に相手の頭が乗っかるのもやってみた。
ガタンゴトンと揺られる各駅停車の電車。
しばらく会えないだけなのにこんなにも寂しくて、親友を失ってしまうような悲しさが、夜の夜景に紛れて襲う。
私は優里の寝息を降りる駅に着くまで聞き、優里の寝顔をこっそり撮った。
(人身事故でもなんでもいいから、電車が止まってくれればいいのに)
そんな不謹慎なことを考えてしまうほど、この時間が愛おしい。
だが現実はそっけないもので、電車は予定通りの時間で到着してしまう。
「このまま乗り過ごしたらどうなるんだろう」、なんて考えたが、もう充分怒られることをしているため、素直に優里を起こす。
「ゆーりー」
体を揺らすと「んぅ⋯⋯?」と、吐息を漏らすように言い、目を擦って起きた。
「わっ、寝ちゃってた! せっかく話したくて電車に乗ったのに、寝ちゃったら台無しだ⋯⋯ごめん!」
「いいよいいよ。疲れてるみたいだったし」
「⋯⋯そうそう疲れててさー! いっぱい歩いたから余計疲れたのかも!」
「今日はしっかり寝なよ?」
「わかってるよー! 夜更かしは美容の大敵だからね!」
私たちは乗り過ごさないように電車を降り、来たことのない駅に立つ。
「さーて、どうしようか!」
「え? どうしようって、親に電話して迎えに来てもらうんじゃないの?」
「え? そうだっけ?」
「「⋯⋯え!?」」
顔を見合わせ同じタイミングで驚く私たち。
「帰るつもりなかったの!?」
「帰るつもりだったの!?」
またもや同じタイミングで言葉が被る。
仲直りをしたんだから、もう目的は果たせたはず。引っ越してからも会おうと思えば会えるんだから、早く帰るべきだと思うけど――。
「ねぇお願い。キスしちゃダメ⋯⋯?」
「「⋯⋯!?」」
駅からでてきた男女二人の会話がもろ聞こえていて、おもわず黙る私たち。
「⋯⋯ダメかな、今の関係を壊したくない」
「⋯⋯そっか。じゃあね、おやすみなさい」
「うん、おやすみなさい」
なんで私たちがいる前でそんなこと聞けるんだろ⋯⋯恥ずかしいとか思わないのかな⋯⋯?
男女が別々の方向に歩いたのを見て、優里はなにか閃いたらしく、私に耳打ちで喋りかけてきた。
「ねぇねぇ今のってさ、体だけの関係ってやつかな?」
「っえ!?」
「ちょっ、声大きいよ! しーっ!」
い、いきなりなにを言い出すかと思えばそんなこと⋯⋯さっきあの人たちが言ってた今の関係って――。
「『友達』ってことじゃないの?」
「そうかなぁ? 最後『おやすみ』じゃなくて『おやすみなさい』だったよ? 距離感も妙に離れてたしー」
「よくそんな細かいところ見てたね⋯⋯」
確かに言われてみれば、そういう人に見えない気もしなくもない。
「あーいう人ってね。彼女とそういう人との線引きとしてキスはしないんだってさ! あとはキスしたら好きになっちゃうからとか、色々理由あった気がするんだけど、ネットでちらっと見た情報だから忘れちゃったや」
「へぇー⋯⋯」
なんでそういうネット記事を見たのか気になるけど、ちょっとだけためになったかもしれない。
「あの女の人は、男の人に好きになってほしかったのかのかなぁ? あっ、本命にしてほしかったとか!?」
それって、キスには「好きになる効果」があるってこと⋯⋯?
即効性はないだろうけど、それなら――。
「ん?」
不意に距離を詰める。
この際だから伝えたいことは全て伝えたい。でも真正面から言うのは怖い。
優里とは身長が僅差だから、自然に――。
「っん⋯⋯!?」
キスするのも容易い、のだ。
「へ⋯⋯?」
(あぁ、しっちゃった⋯⋯)
遠回りしすぎだけど、私なりの告白。話の流れからして、私の気持ちは通じるだろう。
通じなかったら通じなかったでいい。それでいい。暑さで頭がおかしくなったことにすればいい。
「さーちゃん⋯⋯」
ファーストキスだっなとか、唇が柔らかかったとか、なんでこんなに大胆になれたんだろうとか。
私は咄嗟にすごいことをしてしまった恥ずかしさと、少しの後悔で優里から顔を逸らす。
(また気まずくなっちゃう、なにか喋らなきゃ⋯⋯でも恥ずかしい⋯⋯あぁなんてことを⋯⋯)
あぁこれは判断ミスかもしれない。今じゃなかったのかもしれない。伝えないほうがよかったのかもしれない⋯⋯。
「ねぇさーちゃんってばー!」
「うっ、⋯⋯ご、ごめん」
「なんで謝るのさー!」
「だってその、変なことしちゃったし⋯⋯」
顔を覗こうとしてくる優里から避けるように私はくるくると回り、恥ずかしさで顔を手で覆った。
(こんな時間にこんな場所でなにしてるのよ⋯⋯ここから立ち去りたい⋯⋯)
そんな気持ちが通じたのか偶然なのか。神様は都合のいいように進めたがるのか知らないけれど――。
「っ! 優里!!」
「えっ!? お、お母さん⋯⋯?」
「優里のお母さん⋯⋯!?」
いきなり優里のお母さんが現れ、小走りでこちらに向かってくる。そしてすぐに私たちの元へ辿り着き、優里を抱きしめた。
「心配させるようなことしないで! ⋯⋯はやく家に帰るわよ」
「⋯⋯⋯⋯わかった。わかったけど、さーちゃんも乗せて家に送ってほしい」
「わかってるわよ。⋯⋯
「い、いえ。こちらこそ送ってもらってすみません。お言葉に甘えて、家までお願いします」
(なんで私たちがここにいることがわかったんだろう。優里は最初からこの駅で降りて帰るつもりだったのかな? でもさっき、帰らないつもりだったみたいだし⋯⋯どうなってるの⋯⋯?)
優里のお母さんが運転してくれている間。車内で話が弾むことはなかった。
私は恥ずかしくて優里に喋りかけずらかったし、優里はお母さんが来たことが気に食わなくて
車で流れるテレビ番組の音だけが車内に響き、バライティ番組なのに病気に関することばかりで笑えない。せめて音楽番組ならよかったのにと、心底思った。
そして私たちは補導されることもなく、私の家に到着した。
「さーちゃん、今日は連れ回しちゃってごめんね。引っ越してからもメールしてね!」
「うん、わかってる。送ってもらってすみません。ありがとうございました」
「いいのいいの、また遊んであげてね」
「はい、おやすみなさい」
「おやすみー!」
優里と優里のお母さんに別れを告げて家に帰ると、両親が何事もなかったかのように「おかえり」と言った。
なんで怒らなかったのか、怒られなかったのか。深く考えることもなく自分の部屋に入る。
ベッドにダイブすると体が弾んで、ぬいぐるみも弾んだ。心も弾んでいるみたい。けれど、ポケットに入れたままのスマホが足にくい込んで痛かった。
なにしてくれてんだと思いながらスマホを取り出し、今日の出来事を日記アプリに書き込んでいく。
[今日は出校日で、優里が引っ越すと知った。場所は私の知らない街だった。ここから車で三時間もかかるんだって――]
いつもは三行しか書かない日記が、今日はえらく長文になった。
日記を書き終え、今度はメールアプリを開く。脚をバタバタさせながら、悶々とキスしてしまったことについて考え、優里からのメールがきていないことを確認する。
(優里に私の気持ちは通じたのかな⋯⋯察しがよければ通じてるよね。メールで色々聞きたいけど聞きづらい⋯⋯)
少なくとも優里の反応は悪くなかったはず。というよりは、何事も無かったかのような反応をしてた。気持ち悪いと言われなかったし、突き放されたりもしなかった。
もし付き合うことになるなら遠距離かぁ、なんて考えて。そんなうまくいくはずがないと否定する。
そして優里からメールがないまま、一ヶ月が経ち――。
「⋯⋯以前引越しをした
――優里が、死んだことを知った。
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