栄吉


屋根の上から降りて来たのか・・・・・・。

 鳶丸の消えた方角を見つめながら、鴉太郎は内心そんな事を考えた。綾が妙な事を言うから、一瞬本当に空から降って来たのかと思った。

 屋根の上を走ってきたのなら、袋小路に突然現れたように見えたのも頷ける。そして瞬く間に四ツ目の魔物を斬り伏せてしまった。

 鳶丸というらしき剣士風の男。

 本当に昼間の人と同じ人物なのか。

 鴉太郎の心中にあったのはそんな疑問だった。

 目算ではあるが背丈は同じくらいだったし、着物も見覚えがある。何故かうなじ辺りから高い位置に結い直されていたが髪色も同じだ。

 しかし、だ。

 纏った空気とでも言うのだろうか。

 それが全く一致しない。

 昼間の彼は枯れきった古木のような、虚ろな老人のような人物だった。声も聞かず、顔を見たわけでもない鴉太郎は彼の事を老爺かそれに近い歳の人物であると無意識に思い込んでいた。実際、店の客たちも鳶丸のことを年寄といった前提で話していた。

 だが先程見た彼にその老爺じみた雰囲気は一切存在しなかった。ぴんと伸びた背筋に屋根に跳び乗った軽やかな身のこなし。今思えば幻かと疑うような剣技。しかしそれを否定するように目の前には脳天をかち割られた異形の亡骸。纏っていた空気は凛と静かで強く鋭いものがあったように思う。背を向けられていた上に月くらいしか明かりのない夜ということもあって、やはり顔ははっきりと見られたわけではないが、その声は想像していたような嗄れ声ではなく若い人間のものだった。

 窮地に駆け付けた人物のに、鴉太郎は首を傾げた。

「やぁやぁ、君たち。怪我はないかい?」

 突然、意識の外からかけられた声に鴉太郎は思わず綾を抱きしめた。声をかけてきたのは鳶丸の連れらしい青年だった。

「えぇっ、おれってそんな警戒されるような人相? うわ、傷つくなぁ・・・・・・」

 少々大袈裟とも思える態度で青年は嘆いて見せた。

 そのおどけた様子に緊張の糸でも解けたのか、へたへたと崩れ落ちるように鴉太郎は綾を抱えたまま座り込んでしまった。

「おれは栄吉だ。さかえ 栄吉えいきち。名前に栄えるって漢字が二つ入ってて縁起がいいだろう? 君たち、名前は?」

 膝を折って目線を鴉太郎たちに合わせると、にこにことした人好きのする表情で青年は名乗った。その意外にもしっかりとした話し方に、先程の演技くさい言動が鴉太郎たちを安心させる意図があったのだろうということに気付く。

「あ、鴉太郎・・・・・・」

「あや・・・・・・」

「鴉太郎くんに綾ちゃんか。いい子だ。家はどこ? 送っていくよ。おれじゃ頼りないかも知んないけど」

「あの・・・・・・」

「いえ、ないよ・・・・・・?」

 言いよどんだ鴉太郎の代わりに綾が答える。

「えっ、そうなの? そっか・・・・・・。うーん、どうしよ。まだ狗うろついてるらしいし、ほっとく訳にもなぁ」

 手を顎に当て、分かりやすく考えている仕草で唸っていた栄吉は、分かりやすくぽんと手を打った。

「よし、おれのとこ来る?」

 そんなことを言いだした目の前の男に鴉太郎は綾を抱きしめながら訝し気な目を向け、栄吉は心底傷ついた顔になった。

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