夢枕

プラのペンギン

 枕に描かれた新緑を横目に朝起きて、寝惚け眼をこすりながら棚からパンを出してトースターに入れる。私はいつも通り6枚切りの食パンにいちごジャムかブルーベリージャムかパン用のチョコレートから一つ選んで塗って、目玉焼きとベーコン2枚を焼いて牛乳一杯を机に置き、ニュースを見ながら食卓につく。

 いつもと変わらない朝なのだが、どこかに違和感を感じていた。家を出て数分、通学電車の中でやっとその違和感の正体を知覚した。色彩が、おかしいのだ。自分の制服の色がいつもより明るかったり、スマホカバーが補色だったり、隣の人の肌が緑色だったり、空の色が白黒だったり。そういった感じだ。家の中では色彩が普通だった。でも窓から見える景色は変わっていたのだ。外の木の色も川の色も違っていた。

 これは夢なのだとそう自分に言い聞かせて目をつぶる。いつまで経っても電車の音が鳴り止まないので、諦めて目を開けると何も変わっておらず目的の駅に着いていた。自分がおかしくなったのだと観念して、とりあえず今日は様子を見ることにした。しかし困ったことに、授業を受けているとチョークの色が変わっており、とても見づらくなってしまったのだ。一限の終わったところで、すでに疲弊していた。

「あれ?どうしたの?随分疲れた顔してるじゃん」

友達が声をかけてきてくれた。肌の色が変で一瞬誰だかわからなかったが。

「うん、ちょっとね。あんまり体調が優れないというか……」

「大丈夫?保健室行く?」

私はなんていい友人を持ったのだろう。

「うんん、大丈夫。ありがと」

彼女は「ほんとー?」なんて言いながら廊下へ出ていった。実のところは正気を保つのに目一杯だけど、テストが近いので休んでいられない。とは言うものの、感覚に慣れず帰る頃にはすっかり疲れ切っていた。いつもよりカバンとまぶたが重く感じる。学校から駅の間でオレンジ色の雨が降り出して、体がほんのりオレンジ色に染まった。気がした。

 いつもと違う色の電車にはかなり戸惑った。何故かピンポイントで電車のラインカラーが変わるので、乗り間違えが発生しそうになった。電車からの景色を眺めると、夕焼けのはずであっただろう緑色の空が広がっていた。遠くの住宅街に大きな影ができていて、その上を見てみたら大きな紫色のクジラが空を飛んでいた。やはりこれは夢だろうか。もしこれが夢ではないのだとしたら、世界は一夜にしてとんでもないほど変わってしまったことになる。あるいは自分が狂ってしまったのだろうか。こういう考えは良くない。家に帰ればいつもの色彩だ。それを信じて生きよう。

 家の中はやはり正しい色彩だった。茶色の木のテーブル、緑色の観葉植物それから透明な水。とても落ち着きのある空間だ。しかし相変わらず夕焼けは緑色だった。学校ではわからなかったペンの色も家で見たら普通になっていた。

 さっさと寝てしまおうとベッドに潜り込み、今日のことを色々思い出しながら目を静かに閉じて呟く。

「これは夢。きっと明日になれば全部元通りになる。だから大丈夫」


 目が覚めると紅葉の描かれた枕が目に入る。

「色は!」

カーテンをバッと開け、空を見る。

「青い……よかった」

空も、木も、公園の遊具もみんな元の色に戻っていた。心底安心して時計を見るといつもより少し早く起きていたことがわかった。どうやらほんとに夢だったらしく、その証拠にデジタル時計に表示された日付が変わっていなかったのだ。

 早起きは三文の得というし、私は散歩に出掛けることにした。世界の色をしっかり確認がしたかったのだ。

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