第5話

 譲葉ゆずりはが時々言う新鮮しんせんという言葉に自分を当てはめるために必要なことがあるはずだ。


 長年維持いじしていた胸下むねしたまである髪の毛を、ばさりとあごあたりまで切った。軽くパーマもかけてみた。

 ふわっとした感覚かんかくに、少し心が軽くなったような気がした。

 服装も変えてみた。化粧も変えてみた。いろいろと変えてみた。


 譲葉ゆずりはがくすりと笑ってから、悠子ゆうこに言った。

似合にあってる。こんな悠子ゆうこちゃんも居たんだと思うと、なんだかうれしいものだね」

 悠子ゆうこではないが、単純たんじゅんに嬉しかったから、譲葉ゆずりははそう言った。

「良かった。似合にあわないって言われたらどうしようかと思ってた」

 目を細めて悠子ゆうこを見つめていた譲葉ゆずりはは「どうして?」といだいた疑問ぎもんのままにたずねた。

「だって髪だけは戻せないもの」

 髪はほうっておけば、びてしまう。そうしたら元に戻ってしまうかもしれない。不安がすべて消えるまで、この短い髪の毛を維持いじするつもりでいる。

「確かにね。今日も新鮮しんせんな気分。悠子ゆうこちゃんはいつも、いろんな悠子ゆうこちゃんを持ってるね」


 いろんなわたし、と悠子ゆうこは心の中でつぶやいた。彼女は彼女のいろいろな自分がわからなかった。いろいろな顔や言葉を持っているのは、いつだって譲葉ゆずりはの方だ。単純たんじゅんを好む彼女は、純粋じゅんすいにひとつのわたししか見たことがない。


 彼を愛している。彼女はその気持ちだけで充分じゅうぶんたされる。こんなにたされているのに不安をいだくことが不安だ。


 いろいろなわたしを理解りかい出来ないでいた悠子ゆうこは、次に自分の気持ちを分解ぶんかいしてみることにした。

 譲葉ゆずりはの言葉への完璧かんぺきな答えを持てない自分が、本当に彼へなぞんでいることはなにか。


 彼にこたえるために必要な代償だいしょうは本当にこれで合っているのだろうか。

 知らないわたしを自分も知りたい。そうしたらわかるかもしれない。


 そしてまた、彼女は新しいことをひとつ始めた。

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