46 楽しい夏休み
今日は息子と地元の大きな公園に来ているの。
小1になった息子は初めての夏休みを満喫中。今日の為にあの子の好物を詰め込んだお弁当を張り切って作って来たくらい。
「ママ、遊具行ってくるね~」
「気をつけてね、お腹空いたら戻ってきて」
「うんっ!」
頬を持ち上げて力いっぱい頷く息子。
眩しい物を見るように目を細めてその後ろ姿を見送り、「よいしょっ」と木陰に腰を下ろしスマホを取り出すのだった。
「ちーちゃん待ってよー!」
ん?
遊具の方から息子の嬉しそうな声がする。
何事かと思って視線を持ち上げ──固まってしまった。
「待たないよーっ!」
そこには2年生くらいの可愛いポニーテールの女の子が居たのだ。
デレデレに頬を緩ませた息子に追いかけられながら……鬼ごっこしてるのかな……我が息子ながら……男ねえ……。
その光景に複雑な感情を抱きつつ、私は少々動揺しながら何食わぬ顔でまたスマホに視線を落とした。
「ママ~お弁当~」
ママ友とのLINEに勤しんでいた私の頭上に、息子のゆるみきった声が降りかかる。
「ん? ……って」
その声に嫌な予感を覚えながらも、反射的に顔を上げ――反応に困ってしまった。
「こ、こんにちは……」
「こ……んにちは」
そこにはおどおどした様子で息子の隣に立つ少女、ちーちゃんが居たのだ。
「ママ! この子ちーちゃんって言うんだ! ジャングルジムでさっき仲良くなったの! 小2!」
「へ、へぇ~」
「ちーちゃんも一緒にお弁当食べていい? ちーちゃんお昼持って来てないみたいなんだけど、午後も一緒に遊びたいんだ」
「え」
「良いよねー? 僕の分ちょっとちーちゃんにあげるからさ!」
満面の笑みを浮かべて言って来る息子。私が首を横に振るなんて微塵も思っていなさそうな顔だ。
え?
それってどうなの?
このお弁当は貴方の為に作ったのよ? そもそも2人分しか作ってないし、食材費だってあるし。正直抵抗がある。
戸惑う私にちーちゃんが申し訳なさそうに頭を下げる。
「ご、ごめんなさい……なんか……」
「あっいや、ちーちゃんは1人で来たの? お母さんは? それともお父さん? お弁当持って来てないの?」
「お母さんは仕事で……お父さんとは離婚してて……私いつもお昼代貰えなくて……公園で遊んで時間潰してるんです……」
「っ!」
その言葉にハッとし、改めてちーちゃんに視線を向ける。
……思った通り。
ちーちゃんが着てるワンピースも、赤い靴も、汚れが目立っている。痩せてるし、シングルマザーの元で貧困生活を余儀なくされているのは火を見るよりも明らかだった。
「……」
そんな子に食材費がどうとかつまらない事で「ごめんね……」なんて言えるわけない。
「良いでしょママ~」
息子の声が私の心臓をぎゅっと握り潰してくる。
「っ」
お弁当を分けたくらいでこの子の問題は解決しない。私がこれからする事は自己満足かもしれない。
だけど。
彼女を息子が大切に思っているのは事実。彼女を無碍にする事は息子の為にならない。一緒に楽しい夏休みの思い出を作って欲しい。
「……勿論よ! このお弁当は貴方達で食べて。私はそこのコンビニで何か買ってくるから。ちーちゃん、一杯食べてね。お口に合うといいな」
「やったーっ! ちーちゃんこれ美味しいよ! 食べて食べて!」
にっこり笑って言うと息子がガッツポーズを決めて喜び、海老カツサンドを勧め始める。
「あ……有り難う御座います! 頂きます!!」
私が頷いた事にちーちゃんはホッと胸を撫で下ろし、パッと花が咲いたような笑顔を浮かべる。
……なんて可愛い笑顔なの。隣の息子も見惚れてる。
その笑顔を見れただけで、私の選択は間違っていなかったのだと思える。
「じゃあ、お母さんコンビニ行って来るね!」
立ち上がった私も、雲一つない青空の下で笑顔になっていた。
「ふ〜腹いっぱい〜」
「ね〜美味しかったです、有り難うございます」
食後の麦茶を飲み終えた2人が満足そうに息を吐く。ちーちゃんは礼儀正しくて、それもまた好印象だった。
2人は少し休憩した後。
「じゃあ滑り台行ってくる!」
「行って来まーす!」
元気良く駆け出して行ったのだった。
「行ってらっしゃい〜」
私は2人の後ろ姿を見送りながら、自分まで若返った気になっていた。
その後2人は空の色が赤くなるまで遊んでいた。子供って元気だなあ。
「じゃあねちーちゃん、また遊ぼうね〜!」
「うん、またね〜! お弁当有り難うございました〜!」
すっかりちーちゃんに夢中になった息子は名残惜しそうだった。きっと初恋なんだろう。
「楽しかった?」
「うん! また来よう! 明日にでもっ!」
「だーめっ、明日はパパと動物園に行くんでしょ?」
「そんなのどうでもいいよ〜!」
「あっはっは、こらこら!」
えへへ〜と笑う息子を愛おしく思いながら駅へと向かっていく。
同時に思った。
ちーちゃんはこれからどんな夜を迎えるのだろう。
大丈夫だと思うけど……殴られたりしないといいな。
チラッと振り返ってみたらちーちゃんはもう公園に居なくて、少しだけ胸が締め付けられたのだった。
***
「ふぅ〜今日もいい人に当たって良かった〜」
ちーちゃん──少女は2駅隣にあるアパートに向かって歩きながら先程の親子を思い出してふっと笑った。
「可愛いって罪だよね〜っ、まぁおかげでお昼代浮いたんだけどっ!」
あの親子に話した身の上話にはちょっと嘘が混じっている。
シングルマザーに育てられているのは本当。
でもお昼代を貰っていない、と言うのは嘘。
本当は毎日貰っている。
母はお小遣いをあまりくれないから、スマホゲームを満喫する為のお金をこうやって──馬鹿な男を引っ掛けてお昼ご飯をご馳走して貰う──稼いでいるのだ。
「明日もお昼代浮けば課金出来るかな? あ〜いい人に当たりますように〜!」
少女は胸がいっぱいになりながら思った。
楽しい夏休みになりそうだ、と。
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