13 アレルギー

「やだぁっイナゴとか気持ち悪い〜!! 茉莉亜まりあ、こんなの食べられない〜!!」


 可愛こぶった大学生の声が夜のホールに響く。

 茉莉亜……本日の予約客一覧にあった八町はっちょう茉莉亜って珍名さんがこのぶりっ子か。


「ね〜許してよ〜。茉莉亜、イナゴアレルギーなのよぉ」


 珍名さんは媚びた声と上目遣いで対面のイケメンに許しを請う。

 その光景を見て1人納得した。あー珍名さんイケメンにモーションかけてんのね。


「そんなアレルギーねーよ!」

「……空いたお皿お下げします」


 一応断りを入れたけど、彼らの耳に店員の声なんて届く訳が無い。


「あります〜っ!」


 ぷんぷんっ、とどこかのアイドルみたいに頬を膨らませるイナゴアレルギーさんの前には、小皿に載ったイナゴの佃煮。

 店長が受け狙いで出しているこのメニューは、地味にうちの人気メニューだ。罰ゲームやら地元の味やらで堅実に頼まれてる。


「あ〜も〜茉莉亜、イナゴ食べるくらいなら死ぬ〜! ちゃんと食べてよ? 君がこの店来たいって言ったんだからぁ」

「分かってるって! 茉莉亜ちゃんの分も食べるよ、女の子らしくて可愛いなーっ」


 お? イケメンもデレてきたぞ。珍名さんのモーション成功してる。


「店員さ~ん!」

「あ、はーい!!」


 もう少しあの珍名さん達を眺めていたかったけど、別のお客様に呼ばれたので断念。

 それからドタバタしてたら、いつの間にか珍名さん帰っちゃってた。残念。




 あれから一ヶ月が過ぎた。


「おっ」


 タブレットの予約客一覧を眺めていると、見覚えのある名前があって、私の声は弾んだ。


「はっちょう……あの時の珍名さんじゃありませんか!」


 八町茉莉亜。

 絶対あの時のイナゴアレルギーな女子大学生だ。


「あのイケメンとはどうなったかな~」


 今晩の楽しみが出来たと、私は鼻歌交じりに開店準備を始めた。




「あいつ、イケメンだったのは顔だけだったわ!!」


 中年サラリーマンの多い店内に、一際ドスの効いた女性の声が響いた。

 その声の主はあの時の珍名さん。どうやら今日は女子会中のようだ。……別れたのか。


「割り勘ばっかでケチだし! 髪や服に注文多いし! 自分の事は棚に上げて私を責めて来るし! もー付き合わなければ良かった時間の無駄だった、最っ悪!!」


 ビールを一気飲みした茉莉亜は口に泡が付いてるのも気にせず、ガンッ! とテーブルにジョッキを置く。イケメンと居た時の甘さは消失していた。


「……お待たせ致しました。イナゴの佃煮です」


 珍名さんの豹変っぷりに慄きつつも、注文を彼女達のテーブルへ運ぶ。

 持っていく小皿は、奇しくもあの時と同じメニュー。


「きゃっ! 誰よこんなキモいの頼んだの!?」


 女子会テーブルでは当然の反応が返ってくる。

 だよね。

 私も「誰がこんなの食べるんだよ」って思ったもん。珍名さんはイナゴアレルギーだし。

 ――って思ったんだけど。


「私よ私」


 …………。

 手を挙げたのは、なんと珍名さんだったのだ。


「私群馬出身でしょ? だからおばあちゃん家で良く食べてて好きなのこれ。でも男と居ると引かれるからなかなか食べれないのよ」


 珍名さんは「文句ある?」と友達に目で言いながら、私の手から小皿を奪い取って早々に一匹口内に放り込む。


「あー美味しいっ!」


 幸せそうに咀嚼をする珍名さんに、友達ちょっと引いていた。


「失礼します……」


 私もそっと言いテーブルから離れる。


「あーもー最悪!! もうイケメンアレルギーになりそう!」


 背中から珍名さんがまた喚いているのが聞こえてくる。

 その声を聞きながら思った。

 アレルギーってこんなに便利な言葉だったっけ?


 私は心の中でイケメンさんに同情した。

 これは別れて正解。

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