11 刑事の目論見

 西富にしとみ刑事はIQが180あり推理が得意だった。

 どんな犯罪も西富刑事が解決してくれる——上層部も西富刑事に一目置いていた。勿論十分な給料を貰っており、おかげで高級車で通勤している。中にはそんな自分を妬んでいる人間も居るらしいが気にならなかった。

 西富は今日も、自分に掛かればどんな事件も解決出来ると威張り散らしていた。


***


「西富刑事! 是非ともお力を貸して頂きたい!」


 なので、西富は多方面からこういった話を良く持ちかけられる。それは今日もだった。


「真っ昼間の電車で発生したナイフによる殺人事件、ですか」


 隣県のはやし刑事から持ち掛けられた話。それは思っていた以上に単純な事件だった。

 こんなに単純な事件なら今日中にでも解決出来る。幸いまだ昼。いがみ合っている隣県に恩を売っておく絶好のチャンスだと目論んだ。


「たまたま防犯カメラの無い電車だったのですか?」


 白昼堂々車内で殺人を犯せるのだから機械の目は無かったのだろう。


「はい、実は……それに発生時刻はトンネルに入った瞬間でして」


 林は額の汗を拭いながら頷いた。

 防犯カメラに頼れないなら自分を頼りにしたくなるな……、と西冨は思った。しかし、防犯カメラは無理でも客の目はあった筈。たとえトンネルがあろうとこの事件、解決出来る。


「安心してください、この西冨にお任せを! 必ずや犯人を逮捕し、今日中にでも犯人を白日の下に晒してみせます!」


 今日中にでも――西冨が胸を張って言うと、林の目がギラリと光った、気がした。


「あっりがとうございますっ! 彼の西冨警部にご協力頂けたとあらば、この難事件解決したも同然ですな!」


 林はやけに溌剌とした声で言うと、外国人のようなオーバーさで頭を下げる。

 大袈裟なその動作に嫌な予感がした。


「……そ、そんなに難事件なのですか? 昼間の電車で起きた事件なのでしょう? 同乗者もたくさん居たのでは?」

「はい、その通りです。ですが皆俯いてスマートフォンをしておりまして、誰も事件の瞬間を目撃していないのです」


 その言葉を聞いた西富の頬が強張った。最近電車に乗らないから、今電車がそんな事になっているとは知らなかった。


 防犯カメラは無し。

 目撃者も無し。

 されど容疑者は大量。

 改造スマートフォンを使えばナイフなぞ簡単に発射出来る。どんな改造をしたかで勢いは変わるので、傷口から角度や距離は割り出せまい。

 トンネルに入った時の犯行なら、視界の隅で何かがぎらめくくらい変に思わなかったろう。みな、誰かの液晶画面の光だと思っただろうから。


 同時に思う。

 こうとなると流石の自分でも難しい。今日中に解決なんて無理だ。いや、どれだけ時間をかけても出来るか怪しい。

『西富刑事が出来ない約束をしたけれど、自分達はそれを許した』

 それは隣県に恩を売る立派な理由になり得る。


 ――やられた!


 単純なようで難しい事件を依頼し言質を取り、根をあげたら恩を売る――それこそが隣県の、林刑事の目論見だったのだ。

 それに、林は自分を妬んでいたのではないか。だからこんな地味な嫌がらせをする。


「では、詳しい事は道中お話致します。いや~西富刑事は普段から自分の聡明さを豪語しておりますものね。今日中に、期待しておりますよ」


 林はそう言いにっこりと笑った。その笑みに微かな仄暗さを乗せて。


「え、ええ……」


 口角を引きつらせた笑みで返し、やられた、と西冨は改めて歯軋りした。

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