8 天に愛された少年

 私のクラスメイトには山口響やまぐちひびきという完璧超人が居る。

 

 彼は天に愛されすぎている、としか言えないくらい凄い。現に「山口は天に愛されてるよねー」なんてこの高校だけで通用する言い回しまである。

 イケメンで性格が良くて頭が良い。運動神経も良くて水泳部のエース。実家もお金持ちらしい。

 私の友達や後輩には山口響を好きな子がたくさん居る。中には彼氏を振ったという凄まじい子も居るんだけど、山口響は「今は大学受験に集中したいから……」って言って彼女を作らない。


 そのストイックさに、彼女達はもっと山口響に惹かれていくのだ。私は完璧すぎる人が苦手だから興味無いんだけど、みんな彼の天に愛されっぷりに惚れ込んでいる。




 夏休みが明けたばかりの教室。今日も山口響の周りには人が多い。

 今はクラスメイトの男子――山口響の幼馴染で、比良坂という――と話している。


「響ぃ、今度の縁日一緒に行かね?」

「おっ、良いな。受験の息抜きにみんなで行こうか!」


 二つ返事で頷いている山口響の笑顔を見た後ろの子が「無理……」と小さい声で言ってたのが聞こえた。




 昨日行われた縁日は、大いに盛り上がったと聞いた。


「うう……っ」


 なのに。週明けの教室ではあちこちから嗚咽が聞こえ、異様な空気に私はたじろいでしまった。

 寝坊した私は少しも事情が分からない。


「な、何か起きたの?」


 思わず、すぐそこの席でやっぱり泣いていた子に質問していた。


「そ、それがね――」

「朝のホームルーム始めるぞー……」


 理由を聞けるかと思ったその時、ガラッと扉を開けてやっぱり悲しそうな担任が入ってきた。

 このままクラスメイトと話していたかったけどそうも行かず、渋々自分の席に向かう。

 そこで気が付いた。今日は山口響と比良坂が休みだと言う事に。


「みんなもう知ってるみたいだな。……昨日山口が亡くなった、って事」

「えっ!?」


 驚きの声を上げたのはギリギリ教室に入った私だけ。先生の言葉にみんな一斉に泣き声を大きくした。

 一体どうして。

 天に愛された男はお迎えも早いと言うの?

 突然の事に頭が追いつかない。比良坂も休みなのは何か関係しているのだろうか?


「日曜日に駅前の商店街で行われた縁日の帰り、自宅の近くの川に落ちたそうだ。比良坂は一緒に帰宅していたものだから、山口を助けられなかった事にショックを受けて今日は休みだ。ふう……っ」


 光る目元を覆い先生は説明を終えた。

 静かになった教室に響く嗚咽の合唱。私も後頭部を殴られたような衝撃を受け、何も言えなかった。

 死んだ。山口響が。

 どこか異常な教室でまともに授業が行える訳もなく。その日は1日授業にならなかった。

 



 山口響の訃報は数日経っても教室に嗚咽を響かせている。


「響、さ……突然川をじっと見て、誰かに呼ばれてる気がするって言って、川に入っていったんだよ。俺が止める暇なんて、少しも無かった……」


 そう涙声で語るのは復帰してきた比良坂だ。


「やだ、それ本当にあいつ天に愛されてるじゃん……」


 短いスカートの少女が泣きながら自分の肩を抱いている。そんな怪談、と一蹴出来ないのが山口響。彼は本当に神様に呼ばれたのかもしれない。

 ――そう思った時。

 見てしまった。涙を拭う比良坂の手の下、その唇が歪んでいた事に。


「っ」


 比良坂の周囲の人間は角度的に、彼の歪んだ笑みは見えなかったろう。

 でも真横から見える席に座っている私には、ハッキリ見えたのだ。

 何でそんな笑みをこのタイミングで浮かべるの。そんなのまるで……。

 その時。

 固まって動けない私の肩をトントンと叩く人が居た。振り返ると、それは後ろの席の子によるものだった。


「ねえ……比良坂ってさ、付き合ってた彼女に振られてたよね? 山口を好きになったから、って」

「あっ……う、うん。私の友達とね」


 そう言えばそうだった。

 思い出して頷くと、後ろの席の子は「そっか」と納得したように言い、一度比良坂に憎しみの目を向け話を終えた。

 寒気が止まらなかった。

 もしかして。

 もしかして山口は比良坂に殺されたのか?




 悶々とした気持ちで翌朝を迎えた私のスマホに、目を疑うような友達からのメッセージが入っていた。


「えっ!?」


 昨夜、比良坂が殺されたと言うのだ。

 何でも、夜道で後ろの席の子と話していたという彼は、次第に揉め出して最終的に車道に突き飛ばされたのだという。

 このニュースは早速ネットニュースや朝のニュース番組に取り上げられ、様々な憶測を呼んでいた。やれ金銭関係だとか、やれいじめの可能性だとか。


「違う、違うよ……」


 的外れなテロップを見ながら、またも背筋が寒くなっていく。


 私は知っている。この事件の真相を。

 天に愛された少年は、仇討ちまでされる事を。

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