3-6 傭兵ギルド


「改めて、俺の名前はユーヴェン。このレーヴェにある傭兵ギルド全ての責任者だ。他には……まあ俺のことをギルドマスターと呼ぶ奴もいる、好きなように呼べ」


 態度を軟化させたユーヴェンと名乗る男に少しだけ困惑してしまった。


 ギルドは俺を受け入れるということなのだろうが、釈然しゃくぜんとしないのは仕方がないだろう。


 先程までのリナリアの仕打ちを考えると尚更だ。


 すると隣へと歩み寄ってきたリナリアが俺へと目を合わせて言った。


「私の事は一度考えなくて良いわ……元々ハルカをここに登録することが目的だったし」


「……本当に?」


 彼女の口から静かに語られた言葉に、思わず聞き返してしまう。


 一連のやりとりでこの組織に登録する気も失せていたが、お金は必要だということに変わりはない。もしリナリアが納得しているのならばの話だが。


 するとまるで俺の考えを読み取ったかの様に頷いた彼女の姿に、溜飲が下がった。


 そして少しだけ、直情的だった俺の行動にも反省した。いくら何でも考えなしに動きすぎたかもしれない。


「わかった、リナリアが良いなら俺も気にしない」


 そうしてユーヴェンへと向き直ると、無言で俺達のやり取りを聞いていた男は白に染まる髭を動かすと共に口を開いた。


「……終わったか?」


 意外にも気を使ったのか話すタイミングを待っていた男に苦笑が漏れる。その気遣いをどうして少しでもリナリアに向けてやれなかったのか。


「ああ、終わったよ。それで傭兵ギルドに登録するには何が必要なんだ?」


 とりあえずは割り切ったのだから俺も尖った態度を消して問いかけた。とはいえ今更この男に敬語を使うつもりも無かったが。


 俺の言葉を聞いたユーヴェンは受付の方向を指で指し示した。


「とりあえずはあの場所にある登録書を一枚書くだけで良い。ついてこい」


 そんな言葉を残して歩き始めた彼の背中にリナリアと一緒に付いて行くと、ユーヴェンは受付の中へと入って棚を探り出した。


 辺りで倒れたままの人は完全に無視である。


 未だに起き上がらない人達を見ながらやり過ぎたかなと反省していると、カウンターの様になっている木製の机の上にユーヴェンは一枚の紙を置いた。


 少しだけ黄色く染まる用紙を覗き込むと、おなじみの日本語にしか見えない文章が書かれている。


 するとユーヴェンは鉛筆の様なものを軽く 俺に投げながら言った。


「基本的にはその紙に書かれていることに従っていくつかの項目を書くだけで良い」


「なるほど、わかった」


 鉛筆を受け取って短い返事をしつつ改めてその紙を見てみると、意外にも簡単なことしか書かれていない。


 登録希望者が書かなければいけないのは名前と性別、戦士か魔法使いの二択がある戦闘スタイルのみである。


 それらをハルカ、男、結晶魔法を使うので魔法使いにして埋めてからユーヴェンに差し出した。


 すると持ち直した彼は俺が書いた登録書を眺めながら、堀の深い顔についた太い眉をひそめて言葉を放つ。


「……ハルカ、とな。本当にただのハルカか?」


 突然の質問の意図が分からずに少しだけ首を傾げるが、直ぐに姓のことを言っているのだと気が付いた。


「ああ、本当にただのハルカだよ」


 残念ながらこの世界に落ちてきた時には既に記憶から自分の姓は抜け落ちてしまっていた。だがここは特に姓が無くても怪しまれないだろうと思い嘘をつく。


「ハルカ、お前はあの魔法を……いや、良いだろう」


 しかしユーヴェンは何かが引っ掛かるとでも言いたそうな歯切れの悪い反応を見せた。


 少しの間を置いたその後に切り替えた彼は言葉を続ける。


「一応が規則として最低限のことだけは教えておく。詳しく知りたければ隣の『魔女』にでも聞いておけ、そいつも登録はしているからな」


 リナリアを『魔女』としか呼ばないことには依然として複雑な感情を覚えるが、一先ずは大人しく聞いておく。


 おそらく不機嫌さは顔には出ていないだろう俺を一瞥いちべつするとユーヴェンは続けた。


「まずこの『傭兵ギルド』に所属する『ギルド員』は一般的な傭兵とは少しだけ違う。国によって雇われるのではなく、傭兵ギルドとして出す仕事を自らの意思で受けるのがギルド員だ。特にノルマ等は無い」


 前置きとして語られた内容にも少しだけ驚いた。


 お金を貰って雇い主の戦争に参加するのが傭兵というものの認識だったが、それとはかなりの違いがあるらしい。


「まぁ何故傭兵という文字が付くのかという理由は単純、俺達が相手にするのは基本的に魔物だ。だから金を貰って魔王に従うものを殺すのが人類としての戦争に参加している様に見えるかららしい。俺の先代が付けた名前だからそれ以上のことはわからん」


 それなりに納得して頷いていると、ユーヴェンはあまり間を置かずに話を続けた。


「脱線したが、既に言った様に相手にするのは基本的に魔物ということになる。特にその討伐依頼は向こうにある掲示板に毎日張り出されることが多い。なんせ前線に近いからな」


 そう言って彼が示した方向へと目を向けると入り口近くに幾つもの紙が貼られた木製の巨大な板が見える。


「あの紙を破ってこの受付に持ってくれば受注完了だ。その他にも、依頼でなくとも魔石のみで買取も行っている」


「なるほどな。ここの仕組みとりあえずわかっ……」


 一通り説明を終えたと一息ついたユーヴェンに向かってそう言うと、逞しい骨が強調された大きい手を掲げて言葉を遮った。


「焦るな、まだ重要な事がある。依頼については基本的に誰にでも受けることが出来るが、ギルドが設定した難易度が高い依頼は報酬も桁違いだが失敗すると罰金が発生する。……まあ馬鹿が自分の実力を過信しない為のものだな」


 この仕組みも合理的ではあると感じた。


 早くアイリス達の元へと帰る為には高難度のものを受ける必要があるため、俺にも無関係な話ではない。


「一応は理解したと思う。他に何か重要なことはあるのか?」


 特に気になることも無かったのでそう問いかけると、ユーヴェンは首を振って否定した。


 そしてその腕から何かを投げつけてくる。


 反射的に掴んだ手に広がるのは冷たい金属の温度。握られた手を開いて投げられたものを見ると、それは長い番号が刻まれた銀のプレートだった。


「それがギルド員であることを示すものだ、持っていけ」


 照明に照らされて輝くプレートを上着に備えられた内ポケットに入れると、それを見たユーヴェンが話は終わったとばかり階段の方へと向かった。


 大男の威圧感に緊張していた息を吐くと、薄く青に染まる瞳を向けるリナリアに目を合わせて言った。


「ここに来た目的も達成したことだし、一度外に出ようか」


「そうね……」


 短い言葉を交わした俺達は出口に向かって歩を進め始める。だがその時、後ろから俺に向けて野太い声が放たれた。


「おい、ハルカ!」


 その言葉は鮮明に耳に届く。


「我がギルドは、お前の力を歓迎するぞ」


 ユーヴェンから放たれた歓迎という言葉は、様々な色を含み持ったものに聞こえてしまう。


 だがそんな彼の声に反応するつもりもなく、振り返らずにこの建物を後にした。

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