2-39 新たなる仲間


「……おかえり、ハルカ」


 傍で聞こえた自然と心が安らぐ声の方へと目を向けると、張り詰め気味の表情を和らげたアイリスの姿があった。


 数日離れていただけなのに久し振りにさえ感じるその黄金の瞳は、俺のクリスタルで作った鎧に当たる太陽光を宿す様に輝いている。


「ただいま、アイリス」


 その瞳を真っ直ぐ見ながら答える。急速に高まった嫌な魔力があるとアストが言った所に落ちたのだが、どうやら場所もタイミングも大正解だったようだ。


 すると不意に、握った剣に何かの力が加わったのがわかった。急いで向き直ると、うつ伏せに倒れていた巨人は肩近くに刺さった剣に構わず無理やりにでも立ち上がろうともがいているのが見える。


 剣に込める力を強め、立ち上がれない様に更に地面へと押し込んだ。しかし巨人の力は、魔力強化を施した俺の膂力を上回り始める。


「思ったよりも……強いなっ」


 両手で柄を握って魔結晶クリスタルの剣を地面すら貫く程に突き立てる。一瞬押し戻したそれは、しかし少し時間が経てばまた負け始めた。


 単純な力比べでは、おそらく負けている。もうじき地面から離れるであろう切っ先を見てどうするべきか悩んでいると、隣から何かに気付いた様子のレオの声が届いた。


「背中にある魔石……あの場所から嫌な魔力の流れが出ている。あれを壊せ!」


「成程なっ、わかった!」


 レオが示した魔石は、巨人が俯せになっているお陰ではっきりと見える。その言葉に了承すると、思い切って片手を離した。


 からになった方の手に魔力を集めてクリスタルの短剣を作り出す。そのまま振り上げると、一直線に巨人の背中へと落とした。


 刃が接近し、魔石へと触れる。しかしその瞬間に腕へと返ってきたのは、同じ力で弾き返される衝撃だった。


「なんだこれ、硬過ぎるだろっ!」


 強化された身体能力にクリスタルの硬度があれば大丈夫だろうと高を括っていたところに、思いも寄らない魔石の頑丈さに衝撃を受ける。そのせいで追撃を躊躇ためらっていたころに、相棒の激励の声が響く。


「よく見ろ、亀裂が入っているだろ! もう一度だ!」


 それを聞いて魔石の方へと目を向けると、確かに薄くだがひび割れているのがわかる。


「ああ、わかってるよ!」


 強めに返事をしてからもう一度振り下ろそうとした時、ついに巨人が地面から解放された。その怪物は剣を差したまま勢い良く立ち上がった後、目前にいる筈の獲物を殺そうと赤い瞳を光らせる。


 しかし巨人の瞳に映るのは、自分に傷をつけた者はおらずアイリスの姿のみだろう。


 突然消えた小さい生物を探す様に首を振るその姿を、俺は上から見下ろしていた。それは巨人に刺さる剣を握ったままだった俺が、立ち上がる勢いを利用して上へと跳んでいたからだ。


 人の倍以上はあるその身体は、低い位置に目を向けている所為で背中に「隙」という文字を書いてあるかの如く隙だらけ。その巨大な背中で輝く妖しい色を放つ魔石へ向けて、落下と共に全力でクリスタルの短剣を振り下ろした。


 今度こそ切っ先が石の中へと吸い込まれ、砕け散る。それと同時に紫の体は煙の様に消えていった。


「ふぅ……」


 着地して、ため込んだ息を吐き出す。すると肩から茶化す様な声が聞こえてきた。


「意外と戦い慣れしてきてるな。やはりクリスミナの血か」


 割と怖いことを中性的な声で言ってくるレオのその言葉には苦笑いを返すしかない。


「こんな世界だから仕方ないだろ。それにそんな物騒なDNAはあまり嬉しくはないんだけどな……」


 そんな事をぼやいていると、アイリスが不思議そうに聞いてくる。


「その鎧みたいなものって……それも結晶魔法で作ったのよね?」


 アイリスの言葉でそういえば彼女の前ではこの姿になったのは初めてという事に気付いた。昨日作り上げたばかりのものなので当たり前ではあるが。


「そうだよ。これは、エルピネの助言で思い付いた形なんだ」



 それは属性判定球で魔法の練習をしている時の事。


 少しずつ習得は出来始め、球体無しでも少量の水魔法は出せる様にはなっていたもののその効果は実戦に使えるとはまだ言えない程度のものだった。


「うーん……魔法の扱いはわかったけど、まだ実戦では使えなさそうだなぁ」


 つい漏れ出た言葉は、水属性の魔法を使ってみた正直な感想だった。するとそれを見ていたエルピネが少し考える様に間を置いてから口を開く。


「まあ属性変化を習得する事は魔法の扱いに慣れる上でも必要だから無駄ではないが、一朝一夕でそこまで使える様になるものでもないからな……」


 彼女のそんな言葉に少しだけ肩を落とした。そんな俺の姿を見て笑っていたエルピネは、ふと何かを思いついたかの様に彼女は手を叩く。


「直ぐに実戦で使えるものが欲しいのであれば、結晶魔法の使い方を変えてみるのも良いのではないか?」


「使い方?」


 あまり意味が掴めずに聞き返すと、エルピネは頷いて返した。


「そうだ。おそらくハルカが想定している実戦というのは黒魔騎士だろう?」


 そう聞かれて少しだけ考えてみるが、確かにその通りだ。俺が力を求める理由はあの黒魔騎士相手にも渡り合える様になりたいと思ったからだった。


「その通りだ……特にあの速さ、目で追えるレベルじゃなかった」


 思い出すだけでも背筋に緊張が走る程の圧倒的な力には、今でも消えない恐怖すら覚えている。するとエルピネは「わかっているじゃないか」と口の端を吊り上げて笑った。


「以前に聞いたがその未来を見通す力……それを使ってなおも追えないとなると反応速度や判断力、何よりも純粋な身体能力で負けているという事だ」


 突然浴びせられた厳しい意見に押し黙るしかない。若干拗ねている俺を放置して彼女は話を続ける。


「ならば全身を覆って防御力を上げてみてはどうだ? 少し速度は阻害されるかもしれないが魔結晶クリスタルであれば硬度も問題ないだろうし、反応することが出来ない以上は盾の方が必要ないだろうからな」


「全身を覆うか……」


『私も賛成だ。それに鎧の形であれば今までの指先からでしか慣れていない状態を克服する良い練習にもなるだろうしな』


 エルピネのアドバイスを自分の中で咀嚼していると、頭の中からレオの声が聞こえた。彼らがそう言うのならばやってみる価値は十分にあるだろう。


 一度魔力を練り上げて試してみる。一か所に集めるのではなく全身からというのが中々に難しかったが、徐々に体表へと魔力が滲み出る感覚を掴み始めた。


 薄く身体を覆った魔力を、一気にクリスタルへと。


 甲高い音を一度鳴らし、現れた結晶は全身を覆い隠す空色の鎧へと。


『ほう、造形も中々。これであれば十分に実戦で使えるだろう』


 そうして生まれたのがこの戦闘スタイルだった。



 そんな経緯を思い出していると、少し離れた場所にいたネロと全く同じ色をした長髪の男が吠える。


「おいお前っ! 一体何者だ、そんなふざけた格好をしおって!」


 場の雰囲気やその見た目からするとおそらく、彼がヴェルという男なのだろう。


「えっ、ふざけた格好って……自分的には結構格好良いと思ってたんだけどな」


 鎧にも馴染みが無かったので、形なども完全に自分好みに作っていた。鎧というにはあまり逞しい印象の無いこれはクリスタルで出来ているので取り外す機構も必要なく、体にきっちり張り付く線の細いものだった。


 しかしこの世界の基準ではかなり違和感のある物らしい。


「まあ私は良いと思うがな……」


 地味に傷付いているところでレオがそっとフォローを入れてくれる。感覚の合う相棒がいてくれるお陰で少しだけ立ち直れた気がした。


「なあレオ、もしかしてヴェルの隣にいる翼を持った人って……」


 ヴェルの事を無視するつもりもなかったのだが、その隣にいた女性を認識した時の衝撃の方が大きかった。あまりにもオストと似た雰囲気を放つその人物についてレオに問いかけると、頷きが返ってくる。


「ああ、間違いない。魔人だろう」


 その肯定に少しだけ緩めていた気を一気に引き締める。加えて魔人への威圧の意味も含めた魔力を練り上げた。


 すると自らに向いた敵意に反応したのか忌々しそうに、だが少し震える様に魔人の女は言葉を吐く。


「纏う魔結晶クリスタルにその青い瞳っ……! そしてもう二人は従えた将という訳か」


 こちらの事情をおそらく察したのであろう魔人の女だったが、一つだけ訂正しておく事があった。


ではないんだけどな」


「なんだとっ!?」


 魔人は驚いて周囲を二つの扉を交互に見る。こちらに近い中央部と繋がる扉からは巨人が消える煙と共に新たな剣を輝かせるレウスと焦るロゼリアの姿。


 しかし俺が言ったのはロゼリアの事ではなかった。


 そして白く燃え盛る炎が魔石ごと焼き尽くしたのか、聴衆席の扉からは巨人に煙を出すことすら許さなかったエルピネの姿が見えた。そして後ろからもう一つの影が飛び出す。


 「炎槌っ!」


 気合の乗った掛け声と共に飛び出したその人物は、そこから一番近くにいた別の巨人へと一気に向かう。そして魔力の反応を膨らませたかと思うと、手に握った魔道具は瞬時に変化した。


 小槌の様な魔道具は紅蓮の炎を巻き上げて一気に巨大化し、その大きさは巨人の体躯を容易に上回った。それを勢いのまま振り落とすと、周囲の者すら吹き飛ばす衝撃とともに紫の巨人は半身だけの存在となる。


 魔石を失って煙と消えていく巨人の傍で、炎に照らされた人物が見えた。


 明るいミルクティーの様な髪を巻いたその顔はまだ幼さが残る。その大きな深緑の瞳からは性別すらわかりにくい可愛さが宿るが、辛うじて男である事がわかった。


 作業着の様な上下繋がった灰色の服を着る小さな身体で、胸を張った彼は大きな声を上げた。


「僕の名前はカケロス! 『打将』イゴスの弟子にして新たなる『打将』だよ!」


 おそらく誰も聞いていない名乗りを上げる元気な少年の姿に思わず苦い笑みが漏れてしまう。


 だが彼は本当にイゴスの弟子であり、ほんの数十分程前に出来た新たなる仲間だった。

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