2-36 救出劇・後


[視点:ネロ]



「貴方達が前王を殺した実行犯……の家族で間違いないか?」


 集会場のような部屋を抜けた先に繋がっていた小さな空間には、わかりやすく鉄格子の中に入れられた痩せ気味の母子の姿があった。


「……そうです。私達も、その家族だから許されないんでしょうか?」


「えっ?」


 思い詰めた様子で口を開いた母親は、くたびれた黒髪を揺らしている。どうやら俺達の事を勘違いしていそうなその女性は小さな女の子を庇うようにして叫んだ。


「お願いします! 夫が許されないことをしたのは十分承知していますがどうか! この娘だけは助けては頂けないでしょうか! 私の命であればいくらでも……」


「ちょ……ちょっと待ってくれ!」


 このまま自殺してしまいそうな勢いで話す女性を何とか抑え、自分の顔に巻いた黒い布を取り払った。


「あ、貴方は……ネロ第三王子殿下!?」


 知られていなかったらどうしようかと思ったが、少なくとも身分までは知っている様で安心する。


「そうだ、俺達はあなた達を助けに来た」


 俺の言葉に少しだけ安堵の表情を浮かべたが、その女性は直ぐにその表情を暗く染めた。


「でも、私達を助けるのはなぜ……? 夫はもう処刑が決まったのでしょう?」


 今の時点では確かにその通りだと頷いて肯定する。しかしそれに続けて俺の考えを話した。


「しかし例外がある。これからあなた方が俺に協力してくれるなら、処刑は免れるかもしれない。まあ実行犯ではあるから国外追放あたりは覚悟しておいて欲しいが」


「本当ですか!?」


 鉄格子の柵を握りしめた女性は俺の言葉に食い気味で返す。そして生唾を飲み込んで俺に問いかけた。


「……私達は、何をすれば?」


 その時ふと、その腕の中にいる五歳程の女の子と目が合った。瞬きすらせずに俺を見つめるその子に向かって笑いかけながら言う。


「あなた達は……ただ、会ってくれるだけで良い」


 それが耳に届いた途端に笑顔になったその娘の表情に、少しだけ今までの事が報われた気がした。









「お父さんっ!!」

「おおレイっ! 無事だったのかっ!」


 ノード城の近くに存在する凶悪犯専用の牢獄、その最深部にある部屋で家族は再会を果たしていた。


「すまないっ、本当にすまない! 私のせいで……」

「あなた……」


 その牢の縁には『リーブ』という鉄製の名札が掛けられている。これは中にいる実行犯の男の名前だろう。レイと呼ばれた少女と同じ黒髪には少しずつ白髪が混ざっていて、こちらはまともな食事が与えられていなかったのだろうか痩せ細っていた。


 目の前で繰り広げられる感動的な再会をいつまでも見ていたい気持ちもあるが、残念ながらそんな時間は残っていないので仕方なくそこに割り込む。


「申し訳ないが時間が無い。リーブさん、あなたには今から俺達に付いて来てもらう。そこで前王を殺した時の『真実』を話してもらえればい良い。上手くいけば、処刑は免れるぞ?」


「なっ、それは……。いえ、家族まで助けて頂いた殿下を信じましょう。私に出来る事ならばヴェルの証言でもなんでも致します」


 最早恨みが詰まってヴェルを呼び捨てにしていたが、それくらいの気持ちの方がありがたい。片頬を上げてその覚悟に答えると、鍵を開けてリーブを解放した。


 喜び合う家族を視界の端に捉えながら、後ろにいたギルメとスーゴに話しかける。今この場にいるのは身分の保証をしやすかったこの三人だけで、部隊の他の者達は魔王派の生き残り達を連れて先に会議場へと向かわせていた。


「スーゴ、妻子の方を頼めるか? 考えれる限り最も安全な場所へと連れて行ってくれ。それと兄上への連絡も」


 その言葉に彼は頷いて了承すると、肩の白い鳥と先に飛ばした。そして子供の手を握りながら二人を案内する。


「ギルメ、俺達はこのままリーブさんを会議場まで連れて行くぞ」


「了解しました。急ぎましょう」


 短い会話で意思の疎通を終えると、そのまま牢獄の建物を出た。途中で警備の者に何も言われなかったのはレフコが話を通していたからだろう。自分の兄とは思えない程に仕事の早い彼にはいつも驚かされる。


 やはりこの国の王にふさわしいのはヴェルなんかじゃない、誰がどう見てもレフコだ。


 この数日で準備してきたことが漸く報われて、もう少しでヴェルを王座から引きずり下ろせる。


 全てが順調にいくかと思った時、それは突然やってきた。


 長期間の拘束のせいか体力の無いリーブに合わせたギリギリの速度で牢獄の敷地にある庭を歩いていた俺達の前に、ふいに影が落ちてくる。


 近くに影が出来る建物など無く、疑問に思って空を見上げた瞬間に目を疑った。


 何かが急速に近づいて来て、その姿が大きくなる。太陽を覆うように落ちるその紫色の物体は、心なしか動いている様にすら見えた。


 いや違う、確実に動いている。


 まるで四肢を広げたかの様に人型を作った影は、一直線に俺達へと向かって来ていた。


「避けろッ!!」


 後ろにいる二人に向かって叫びながら、自分も倒れる様に横へと跳ぶ。一瞬だけ視界に映ったギルメはリーブを抱え込む様にして一緒に回避していた。


 そして次の瞬間、俺達がいた場所に巨大な紫の塊が落ちてきた。強烈な衝撃と共に地面を抉ったそれは砂煙を巻き上げる。


「なんだっ、こいつ……」


 あまりに突然の事で理解が追い付かない。


 しかしそんな事はお構いなしとばかりに煙の中から姿を現したのは、紫の巨人だった。


 体表に盛り上がった歪なまでの筋肉を覆うのは紫色の肌。人間の倍はあるだろうその身体に乗っている顔には、獰猛な輝きを持つ赤い瞳に裂けた口が異様なまでの圧力を放っていた。


 それに特筆すべきはその魔力。腰に付けた物以外はほどんど裸の身体から噴き出す様に漏れる魔力は、以前ハルカと対峙した時と同じ程。それだけでも十分に警戒する必要があった。


「味方……な訳はないよなぁ」


「ヴァアアアアアアッ!!」


 俺が茶化したのが気に食わなかったのか、その巨体に見合わない速度で距離を詰められる。咄嗟に全力で後ろに跳んだお陰で何とか避けるが、俺の体を掠めて振り降ろされた紫の腕は地面に無数の亀裂を走らせた。


「なるほどな……その噴き出す魔力を、全て身体強化に回しているのかっ」


「ヴァァアウ……」


 人型ではあるものの、それはまさしく獣の姿。先程の一瞬でもう自分の頭は悟っていた。


 こいつには、勝てない。


「ギルメ! リーブさんを連れて早く会議場へ向かえ!」


「そんなっ、殿下を見捨てろと言うのですか!?」


 即座に判断して飛ばした指示に、珍しくギルメは抵抗する。しかし彼もかなりの腕前を持つ騎士、目の前の巨人がどれほどの相手かは理解している様だった。


 だが今は、リーブを会議場に送り届ける事が何よりも大事だ。


「優先事項を間違えるなッ! 早くしろおおおおお!」


 叫びと共に、爆発させた魔力が水となって身体の周りを覆い尽くす。せめてこの紫の巨人を数分でも食い止めなければ。


 漂う水の魔法は両手へと収束していき、その勢いを急速に強める。限界までに鋭利に尖らせた無数の刃を持つ水の魔法は俺の魔力をほぼ全て食らい尽くした。


「申し訳ありませんっ、殿下!」


 嗚咽を漏らしながら言葉を放ったギルメは、腰を抜かしたリーブを背負って走る。


 それで良い。


 自らの部下が下した判断に口元を笑みの形に変えると、そのまま巨人に向かって魔法を放った。


「一片の肉すら残さず、消え失せろッ!」


 最大まで練り上げられた魔法の水流が俺の両手から吐き出されると、それは唸りを上げて巨人の身体に飛来する。限界まで研ぎ澄まされた水の魔法は、この瞬間だけは刃物よりもよく斬れる。


 無数の水の刃は、中にいる者の生存を許さない。


 人間相手には一度も使った事のないこの魔法は、対象を塵にまで切り刻む。


 筈だった。


「ヴァオオオオオオッ!!」


 全てをまともに受けたはずの巨人は雄叫びを上げた。魔力を使い果たすまでに吐き出して撃ち終えたそこに残ったのは。


「なんだよ、それ……」


 紫の体表に薄く出来た、無数のかすり傷だけだった。


 魔力という動力を失った身体は糸が切れたかのように崩れ落ちる。倒れ込む手前の俺の身体に、ゆっくりと重い足取りで巨人は迫ってきた。


 赤い瞳を向けるその巨人は、這いつくばる俺の姿を嘲るように笑っている。


「あー、終わったなこれは……」


 もはや笑ってしまう程に圧倒的なその力を前に、せめて痛みは無い様にと願う。そして紫の巨人は俺の胴体ぐらいはあろうかというその腕を振り上げた。


 だいぶ痛そうな方法で殺されそうな事を察して目を瞑ろうとした時、顔の近くに何かが落ちてきた。目を向けるとそこには、紫色の液体。


「この液体は……なっ!?」


 その正体がわからずに視線を動かしていると、信じられない光景が視界に入ってくる。


 あれだけの魔法を使っても薄い傷しかつけられなかった巨人の足には、深々と太ももを貫通したが突き刺さっている。そこから噴き出している紫色の液体は、おそらくこの巨人の血だ。


 その事態を飲み込めないでいると、続けざまに飛来したもう一本の黒き槍は反対側の太ももにも直撃し、容易く貫通した。


「ヴァアアアアアアアァァッ!?」


 叫び声を上げて俺の隣に倒れ込んだ紫の巨人は、うつ伏せになって地面を舐める。


 その姿に困惑していると、急速に落下してきた新たなる三本の黒い槍は更に巨人の両手のひら、そして頭を貫いて地面を揺らした。


「おいおい、一体何なんだよ……」


 思わず漏らしたその問いは、上空から音もなく着地した者の姿によって解答される。


 全身を覆う黒い鎧は太陽嫌う様に反射し、巨人の頭に刺した槍を軽そうに引き抜くその姿。


 それは間違いなく、数日前にインダートで遭遇した黒魔騎士だった。


「お前が、何で……」


 消えそうな意識で問うが、黒魔騎士はそれには答えない。それどころか全く意図がわからない事を話した。


「疑似魔人の弱点は、この背中に付いた『魔人化石』だ。これを砕けば容易に倒せる」


 その言葉通りに彼が振った槍は、巨人の背中にあった魔石の様なものを砕く。すると本当に巨人の身体は蒸発する様に空気へと溶けて無くなった。


 そしてそれを確認した黒魔騎士は、俺に構う気はないと何処かへ行こうとする。


 急激に変化する状況に頭が付いて行かなかったが、どうしても聞かなければいけない事があった。


「待てっ……ハルカ達を、お前は殺したのか……!?」


 だが黒魔騎士は、それに答える事なく歩き去っていった。

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