2-2 流れる風に揺られて


 心地よい風が草を鳴らし、辺りを撫でていく。馬のひづめが渇いた土を踏みしめ、車輪が転がる音が響いていた。


 舗装ほそうされていない道を通る所為なのか時々大きく揺れるのは仕方の無いことだろう。


「痛っ!」


 大きめの石でも乗り越えたのだろうか、少し浮いた体は木製の馬車の壁にぶつかって思わず声が出てしまった。


 すると正面から小さな笑い声が聞こえた。


「その様子だと、本当に馬車に乗るのは初めてなのね」


 余裕の表情でそう言ったのは、アイリス。俺が初めてこの世界に来た場所にあったイヴォーク王国の第一王女だ。


 女性にしては短めの茶髪から覗く黄金の瞳は、まるで鏡の様に透き通って俺の姿を映していた。


 思わず見惚れて止まってしまいそうな思考を慌てて動かして答える。


「そういうアイリスは……慣れてるね」

「立場上、他国に行ったりすることも多かったからね」


 そんな彼女は癖なのかたまに丁寧な口調に戻るものの、今は気を許してくれているのか俺には砕けた話し方になっていた。


 その時、横からも声がかかる。


「ハルカもこれから慣れなくてはいけないな。なんせこの世界では一番らくな移動手段だ」


 そちらに目を向けると、吹き込む風に揺られる長い金髪があった。俺を見る緑に透き通った切れ長の目と、時折その横から見える尖った耳が特徴的に映る。


 初対面の時に被っていたフードを取った時は驚いたが、彼女はこの世界に実在する「エルフ」なのだという。


 もうエルフなど見てしまえば、この世界を受け入れるしかないのだと悟ったものだ。


 その恐ろしいまでに美しい顔から放たれた言葉の内容に、思わず気分は萎える。


「やっぱりそうなのか……厳しいな」


 元の世界の快適さを寂しく思いながら、視線を馬車の窓から見える外の景色へと向けた。太陽の光を受けて輝く緑の草原は、見える限り全ての地面を覆っている。


 いま俺達の一行は三国連合に属する国、インダート共和国に向かっている道中だった。王都を出てから二日程経ち、小さい町をいくつか経由しながらイヴォーク王国の国境近くまで来ている。


 あと一日程で着くらしい辺境の大きな町を過ぎるとインダート共和国にさしかかるらしい。


 その時、動いていた馬車が速度を落とし始める。しばらく経ってついには止まってしまい何かあったのだろうかと不安になった。


「どうしたレウス? なにかあったのか?」

「ロゼ、どうしたの?」


 アイリスとほぼ同時に馬車内からも小さな窓で繋がった二人乗りの御者席へと声を掛ける。するとそこから顔を覗かせたのは短く切り揃えた茶髪に同色の瞳をもった強面こわもての男、レウスだった。


「ロゼリア殿が、おそらく前方付近に魔物がいると言うので一度止まりました」


 元々の名前はアリウスだが、返事までに時間がかからなかったことを考えると本人も慣れたのだろう。


 そして顔は見えないが高く凛とした声が同じく御者席の方から聞こえる。


「低級のモノですし、数も少ないですが……こちらの方で処理しましょうか?」


 声の主は、長くアイリスに仕えてきたという騎士のロゼリアのものだった。


 その言葉を聞いて、少し考える。


 この世界に来てからアンデッド以外の魔物を見ていないのだ。単純な興味もあるが、魔物相手の戦闘に慣れていないのはこの世界情勢を考えると避けておくべきことだろう。


 この世界にずっといるのであれば、の話になるが。


「……いや、俺に任せてくれないか?」


 そう答えると、ロゼリアは少しだけ間を置いてから了承した。


「わかりました、それではお任せします。いざとなれば直ぐに呼んでくださいね」

 

 ロゼリアの答えを聞いて馬車の扉を開けると、思わず太陽の眩しさに目を細める。

 

 すると何故か後に続いてアイリスとエルピネが降りてきた。


「えっと……?」


 その行動に思わず疑問符を浮かべると、エルピネが気にしないでと促した。どうやら戦闘に参加する気はない様だ。


 わざわざ見る程の事なのかと不思議には思ったが、気にしない事にして足を前に進める。


「ではハルカ様が行くなら私も……」

「待て馬鹿者、王子の成長の機会を奪うつもりか」


 騒がしくなった後ろを振り返ると、レウスが何故かエルピネに魔法か何かで縛り付けられているところだった。


「いつでも仲が良いなあの二人……」


 そう呟きながらも意識は前を向ける。腰に付けた短剣には手を付けずに、軽く握った片手に魔力を集めた。


 そのまま指先まで伝わった魔力は噴き出し、それを芯としてクリスタルを具現化する。というより魔力を使うと勝手にこうなってしまうと言った方が正しいが。


 魔力は音を立てて、今日の雲一つない青空を落とし込んだ様なクリスタルの短剣となって現れた。


『おっと、戦闘か?』


 そしてこれに反応したのか、頭に響く声は嬉しそうな色を含んでいた。


「まあそうだな。出るのか?」

『勿論だとも』


 即答したかと思えば、剣を持っていない方の肩が少し重くなる。


「さあ早めに蹴散らそうか、ハルカ」

「はいはいわかったよ、レオ」


 青い結晶の鬣を持つ小さな獅子に声を掛けたと同時に、前方の草むらから掻き分ける様な音が複数聞こえた。

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