1-28 轟音


 手に持つ結晶の剣を手放すと高い音を鳴らして地面へと横たわり、しばらくすると崩れて消えていった。


 そんな光景をぼんやり眺めながらも心にかかったもやのせいで呆然と立ち尽くしていると、自分を呼ぶ高い声が聞こえてきた。


「ハルカ! 無事でしたか……」


 少し心の安らぐ声に無意識に反応すると、アイリスの姿があった。その後ろからはロゼリア達も来ている。


 一様に鎧が鮮血に染まっている所を見ると、あのアンデッドの群れを正面から突破したのだろうか。


 薄々感じていたが彼女達はとんでもない精鋭なのではないか。そんな考えに苦笑いしていると、アイリスが傍によって来た。


「全く、その力があるとはいえ一人で行かないでくださいよ……ってもしかしてそちらの御方は……アリウスさん!?」


 話している途中で視界に入ったのか、アイリスはその表情を驚愕に染めた。


 というかこの、出会った時よりも感情表現が豊かになってきている気がする。


 すると名前を呼ばれたアリウスは、同じように驚いた表情を作った。


「アイリス様!? なぜ王女様がハルカ様と行動を共にして……?」

「いや貴方の方こそ、それにその恰好は……?」


 お互いの疑問の投げ合いによって話が混乱し始めるが、それを止めたのは意外な一匹だった。


「おいうるさいぞアリウス。というか、お前達名前が似ていてややこしいんだ。名前を変えろ」


 それは珍しく俺ではなくアリウスの大きな肩に乗ったウサギもどき、アストだった。


「アスプロビット様!! お久しぶりです!」


 その姿を視界にとらえたアリウスの姿は、瞳に涙を浮かべる程に嬉しそうだった。


「ああ久しいな。随分弱そうになったじゃないか、猛将よ。今からお前の名前はレウスな」


 そして突然の改名宣告を出されたアリウスことレウスは、慌てふためいて言った。


「そんな、絶対に今思いついたでしょう! 絶対に嫌ですからね!」


 しかし必死の抗議も空しく、ついにレウスとなった彼は諦めて膝をつく。


「わかりました……アイリス様がその場にいる時はやむなしとしましょう……」


 彼なりの妥協だったのか、アイリスがいる時に限りという事で無理やり納得していた。


 しかし、先程からずっと気になっていたことがあった。


「アスト、アリウ……レウスさんは一体何者なんだ? お前の知り合いなのは間違いないだろうけど……」


 その言葉を聞いたレウスは、ハッと何かに気付いたかのように立ち上がった。


「これは申し遅れました。私はハルカ様の父上、イレイズルート様の側近であり専属騎士でもございましたアリ……レウスというものです。ですので私に敬語は必要ありませんよ」


 名乗りを上げる様に大きな声で話していたが、自分の名前の所でアストから無言の圧力をかけられて尻すぼみになっていった。


 それに補足する様にロゼリアが話し始める。


「誰も及ばないとされた絶対のクリスミナ王を支える騎士の中の騎士、特にイレイズルート様の代には最強の精鋭軍と名高い『十将』がいたのです。その隊長こそがこの御方、ア……レウス様です!」


 名前こそ間違えそうになったがロゼリアは終始興奮して話していた。詳しく聞くと、どうやら「十将」というのは国に関係なく全騎士の憧れだったそうだ。


「しかし魔人を倒してしまうとは……レウス様がいたとはいえ、やはりクリスミナの力は凄まじいですね」


 興奮そのままに放ったロゼリアの言葉に、少しだけ心が痛んだ。


「……倒せてはいません。もう少しのところで逃げられました」

「いえ、元はといえばこの私、レウス一人でどうにかするべきところ。ハルカ様のせいではありません!」


 思わず目を伏せてしまうが、直ぐにレウスがフォローをしてくれていた。


「となると……ひとまずは魔人の捜索よりも、城へと向かうべきですね」


 アイリスがそんなことを言った時、突如としてそれは起こった。


 空気を鳴らす轟音。

 地面を揺らす轟音。


 まるで天と地が接触したかの様な巨大な音が巻き起こった。


「なんだっ……これ」


 まるで世界の全てが揺れているかの様に感じるが、辛うじて音の発生した方角を掴む。そして向けた視線の先には、とても自分の目を信じられない光景があった。


 天を覆う程の両翼を掲げる赤き竜と、地を壊し尽くす黒き骨の竜が。


 イヴォーク王国の象徴とも呼べる城の上で激突していた。


「あっ、あの骨の竜の近く!」


 女騎士の一人がそう言って指をさす。


 その場所へと目を凝らすと、その黒い骨の近くに鳥の様な影があった。


「鳥……いや違う」


 その大きな翼が生える胴体は人の様に見え、その腕は左にしか付いていない。


 あれは間違いなく、俺が腕を斬り落とした魔人だった。


「不味いな……いくらフロガでも召喚中に魔人の相手は出来ない。急ぎましょう!」

「アスト!」


 逸る気持ちを乗せた荒々しい言葉で名を呼ぶと、既にわかっていると言わんばかりに俺の肩へと移る。


 同時にレオもその姿を消した。


「全員城まで飛ばすぞ! 状況がわからない今、直ぐに戦闘が出来る様に備えておけ!」


 全員が一斉に武器を構える、その音と同時にもう何度目かもわからない浮遊感が体を襲った。



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