遥かなるクリスタル ~Crystal King's Apocalypse~

ハクマーシー

プロローグ

遥かなるクリスタル


 荒れ果てた地面が続くこの場所には今、無数の音が溢れていた。


 甲高い金属同士がぶつかり合う音や雄叫びを上げる者の声、はたまた何かの命が消えていく音――


 ここは戦場、数年前から絶え間なく続いてきた人間と魔王軍との戦争の最前線だった。


 人間達と魔物が戦う最前線の更に中心部では、二つの影が闘っている。そこはどちらの軍勢の者も手を出す技量は持っておらず、ただ行く末を見届けることしか出来ないでいた。


 そのうち一つの者が距離を取り、人間に似た体格からは想像もつかない巨大な黒い翼を広げて声を放つ。


「流石に十二将の筆頭と呼ばれるだけの技量じゃないか、アリウス」

 

 するとアリウスと呼ばれたもう一つの影、銀の鎧を数多の魔物の返り血で赤く染め上げた四十歳程の男がそれに答えた。


「お前の名前は知らんがその翼が無ければ本当に人間と見分けがつかんな、魔人というのは」


 荒れた息を悟らせない様に不敵に笑って見せたが、アリウスは内心焦っていた。


 目の前にいる魔人は魔王軍の幹部であり魔法能力に特化した、アリウスの一番苦手とする種類の相手だ。名前を知られていたことを考えると、それを知っているからこそ目の前の魔人をぶつけてきたのだろう。


 ただでさえ連戦で疲労した所を襲われたせいで魔力も尽き果て、彼の体は動こうとはしなかった。


 しかしそれを嘲笑あざわらうかの様に、魔人はその体から魔力を爆発させる。


「だがその命、ここで私が貰い受けるとしよう! そして私は晴れて『四天魔』へと駆け上がるのだ!」


 高揚した気持ちを表すかの様に、魔人は暗く染まった魔力の渦をアリウスに向かって放った。


「不味いっ」


 その闇の渦はアリウスを容易く飲み込めそうな巨大さに反して予想以上の速度で迫っていく。


 今の状態の彼では、避ける手段などなかった。


「ここまでか……申し訳ありません、ハルカ様……」


 自らが仕える王へとそんな言葉を漏らした時、アリウスの目の前には信じられない光景が映り込んだ。

 

 直前にまで迫っていた闇の渦が、はるか上に広がる蒼き空を閉じ込めたかの様な色の結晶へと一瞬にしてその姿を変える。ほんの一度瞬きをした程度の時間で起こったその現象に、彼の思考は殆ど追いつかなかった。


 しかしそれでも、アリウスは一つだけ理解していた。


 魔力を一瞬にして魔結晶、クリスタルへと変化させる唯一無二にして世界最強の魔法。そしてそれを扱うことが出来るのは、アリウスが知る限りではこの世に一人しかいない。


 クリスタルが強烈な破砕音を鳴らして壊れたその場所に現れたのは、一人の青年だった。黒い髪を揺らしながら笑いかけるその眼は蒼く透き通っている。


「申し訳ありません、って言うのはまだ早いんじゃない? アリウス」


「ハルカ様っ……! 何故この場所に?!」


 この人物こそがアリウスが仕える王でありそれ以上に、魔王に対抗する大勢の人々が従う人類の象徴、ハルカという名の青年だった。


「まあそういう話は後にして、とりあえずは目の前の魔人を何とかしないとね」


 ハルカのその言葉と同時に、魔人は狂ったように叫びだした。


「十二将という大物が釣れたと思えば、かの『結晶王』まで現れるとは! 何という幸運! お前さえ潰せれば四天魔の位など最早どうでも良いわっ!!」


 すると魔人は、先程とは比べ物にならない量の魔力を体へと練り込んだ。


 その膨大な魔力が発する迫力は凄まじく、それに当てられて周りにいる者達は人間や魔物など関係なく倒れ込んでしまう程だ。


「私の全魔力を込めたこの一撃で、全てを消し去ってやる! お前を殺して人類は終わりだァ!!」


 魔人が発した闇の一撃は辺りの光さえ吸い込んでいく程に大きくなり、やがて世界は黒に染まる。


 しかし次の瞬間、世界は蒼く光り輝いた。


「なんだと……?」


 魔力を全て使い果たして膝をついた魔人は、目の前に広がる一面のクリスタルを見て驚愕する。


「……確かに、さすがは魔王軍の幹部というだけのことはある。しかしどれだけ強力でも、『魔法』であることは変わらない」


 ハルカは、先程から全く動くことはなかった。


 しかしアリウスは知っていた。この青年が使う魔法は、目の前の世界を作り出すことなど容易であるということを。


「……クリスミナ王家の生き残り、これほどまでとは……」


 魔人は呟くように言葉を漏らす。このままでは不利だと悟ったのか、その翼を限界まで広げて体を浮かせた。


「一度退かせてもらうぞ、人間の王よ。だがこの借りは必ず……!?」


 だがその魔人の動きとほぼ同時に、ハルカは地面を蹴りつけて一気に跳び上がり距離を縮める。


 その少し細身の肉体からは想像もつかない爆発力で距離を詰めたハルカはそのまま上昇し、魔人を越えて更に上空まで跳躍した。


 そして何も持っていないはずのその手を、ハルカは高く振り上げる。


「一体何を……」


 その様子に戸惑いを隠せない魔人は、そのすぐ後に起こった事象に驚愕した。


 振り上げたハルカのその腕に高密度の魔力が集まったと思えば、そこには空の色を透過して光る何かが現れる。それはハルカが自身の魔力を元にして作り上げた剣の様な物だった。


「結晶の……剣?」


 それが、魔人の最期の言葉となる。振り下ろされたハルカのその腕に握られた剣は、魔人を半分に切り裂いてすり抜ける様に消滅する。


 そうして軽やかに着地したハルカの周囲には、目の前で起こった一瞬の決着を理解できていなかった者達の沈黙が流れていた。


 しかし直ぐに、様々な所から雄叫びの声が上がり始める。


「クリスミナの王が敵の大将を取ったぞ! このまま押し込めえぇぇぇ!」

「王に続けぇええ!」


 率いていた魔人が消えて敗走する魔物達へと、勢いに乗って攻撃を始める人類を見てハルカは少し安堵した様に息を吐いた。


「これでこの戦いは勝てそうだな……アリウス、大丈夫か?」


 心配するハルカの声に、アリウスは申し訳なさそうに頭を下げて答えた。


「助けて頂きありがとうございました……私が不甲斐ないばかりに」


 そうして謝るアリウスに答えたのはハルカではなく、彼の肩に現れた生き物だった。


「全く、十二将ともあろう者が情けないぞ」


 性別や年齢すら掴めないその声の主は、クリスタルをたてがみの様に生やした手のひらサイズの小さな獅子だった。


「申し訳ありません、ウラニレオス様」


 その生き物が作り出すシュールな光景にアリウスは笑いを堪えながらも、情けないのは事実だと思い直して謝っておく。


 するとハルカは少し笑いながらアリウスをフォローした。


「言い過ぎだってレオ、アリウスも戦いが続いてるから仕方ないよ」


 ハルカの言葉に鼻を鳴らして応えたウラニレオスは、彼の肩の上で不貞腐れていた。するとアリウスは思い出したとばかりに話し始める。


「そういえば、先程助けて頂いた時に初めてハルカ様とお会いした時の事をつい思い出してしまいました」


 それを聞いて、ハルカも懐かしいなとばかりに笑いながら答える。


「もう結構懐かしく感じるなぁ……俺がこの世界に落ちてきてからどれぐらいの時間がたったんだろうか……」



 彼が思い出すのは、別の世界からこの場所へと落ちてきた全ての始まりの日の事だった。






遥かなるクリスタル


一章 イヴォーク王国防衛編

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