1-6 不思議な青年


[視点:アイリス]


 城の近くまで続く大通りを、ロゼリアが手配してくれた馬車の中で揺られながら進んでいく。


 私が乗る馬車の中にはロゼリアと、この首都イヴォークから少し離れた場所にある「幻界の森」で出会った青年のハルカという人物が一緒に乗っていた。


 ハルカに出会った時のことを少しだけ思い出す。


 私はイヴォーク王家に伝承される魔法の儀式を行うために「幻界の森」と呼ばれる場所の中心部へと向かっている途中だった。


 ごく少数の者にしかこの儀式のことは伝えられない王家の秘密である為に護衛も最小限にして森へと入ったのだが、運の悪いことにベルト達「魔王派」にその隙をつかれてしまう。


 そして護衛の者達が命を賭して私を逃がしてくれたものの、あわや追いつかれてしまうというところで出会ったのがハルカだった。


 いま向かい合って目の前にいる彼は、考えれば考える程不思議な青年だった。


 あまりこの地域では見かけない黒い髪に見たこともない服装、会った直後は黒だった気もするが今は綺麗な空を閉じ込めたような青い両目がこちらを見ている。


 私もハルカを見ていたので丁度見つめ合う様な形になってしまい、照れたのか意識的に視線を馬車の外へと移していた。


 その仕草に少しだけ笑ってしまうが、失礼になってはいけないと直ぐに表情を戻す。横からロゼの強い視線が飛んできている気もするが、それを無視しながらまたハルカの事を考える。


 あの森にいた理由は不明だが外見は少し珍しい程度なハルカは、それだけであれば普通にいる男の子言われても納得はするだろう。


 しかしそれよりももっと不思議なことがあった。

 それは三年前の戦争で途絶えたはずの人類最強だと謳われたクリスミナ王国、その王家のみが使える「結晶魔法」を使ったということだった。


 ベルトが放った魔法を一瞬のうちに結晶へと変えてしまった、他のどの魔法でも対抗することはできない究極の魔法の一つ。


 しかし三年前の戦いにて当時の国王は殺され、その一人息子であった第一王子のアトラも行方不明のままとなっているため、結晶魔法を扱うことが出来る人はもう存在しない筈だった。


 だけど私の目の前でハルカが使ったのは、紛れもなく本物の結晶魔法だった。


 幼い頃にクリスミナ国王に見せてもらったことがあったが、どの魔法よりも美しく力強いあの魔法を見間違えることなど無い。


 それにあの転移した時、もしかするとあれは先代の……


「……あの、アイリス様? アイリス様はこの国の王女様ということですか?」


 気付けばかなりの時間ハルカを見つめ続けてしまい居心地が悪くなったのか、ハルカは空気を換えるために言葉を選びながらこちらへと質問してきた。


 少し失礼なことをしてしまったと反省しつつ、そういえば状況が状況だったため自己紹介もできてなかったと思い出した。


「これは失礼しました、自己紹介もまだでしたね。私はイヴォーク・ミア・アイリス、このイヴォーク王国の第一王女です」


 おそらく先程ロゼに言った時に聞いていたのだろう、あまり驚いた様子ではなかった。


「そうなんですね。でも第一王女様が何故あんな所で追われていたのですか? ……もし聞いてはいけないことだったらごめんなさい」


 何か複雑な状況があるかも考えたのだろう、慎重に聞いてくる彼に好感が持てた。


「第一王女様なんて、貴方は気軽にアイリスと呼んでいただいても良いのですよ? それに……」


 あなたも他国の王族かも知れないのだから、と言おうとしたが飲み込んで止めた。それを今この場所で伝えるのは適切じゃないと考えたし、何よりもハルカにはアイリスと呼んで欲しいと感じたのも事実だったからだ。


 そしてハルカの疑問にどこから答えようかと考えていると、横からロゼリアが話し始めた。


「それは私が説明しましょう。姫様を襲っていたのはこのイヴォーク王国の貴族であり元騎士団部隊長のベルトという男を中心とした、魔王派の者達の事です」


「魔王派……?」


 するとロゼリアの言葉の中にあった魔王派という言葉に疑問を感じたのだろうか、ハルカは直ぐに聞き返していた。


「そうでした、魔王派というのは正式名称ではなかったですね。ハルカの国にもいたでしょうが、このままでは人類は魔王に負けてしまうと考え、早く魔王に降参してその後の立場を少しでも上げようとする者達のことですね」


 ロゼリアも魔王派という言葉自体に疑問を持ったと解釈してその説明をしたのだが、ハルカは一層疑問が深くなったかの様に考え込んでいた。


「我々が国内の魔王派の動きに気付いた時には、姫様は既に出発しておられたのです。怪我の功名とでもいうべきは、イヴォークに入り込んでいた魔王派をほぼ一掃できたことなのですが……」


 ロゼが言うには、魔王派は私を襲うことに平行して国内でも反乱を起こそうとしていたらしい。そちらは未然に防げたものの、尋問した時に儀式の事や私の情報が漏れていたことに気付いたということだ。


「先程姫様達を見つけた時も、これから助けに森へと入ろうというところだったのですが……思わぬところに救いはあるものですね」


 そうしてロゼはハルカへと笑いかけるが、反応がない。


「あの……」


 するとハルカは意を決した様に真剣な表情を作って話し出したので、何を言うのだろうと待っていると。


「あの、おかしな質問だったら申し訳ないのですが…… 魔王とは一体何ですか?」


 そのハルカが放った言葉で私もロゼも、馬車の中の空気でさえも凍り付いたかの様に固まった様に感じた。


 しばらくその場を支配していた沈黙をなんとか破り、ハルカに聞き返した。


「ふざけている訳では……ないのよね?」


 表情からも冗談だった様にも見えなかったのだが、私達にとってあまりにも想定外な質問だったから仕方の無いことだろう。


 すると慌ててハルカがそれを否定する。


「それは本当に違います! ……けど魔王というのも、このイヴォーク王国というのも全く知らないんです」


 その言葉を聞いて更に衝撃が走る。

 私の顔を知らない時点でかなり遠くの国か、外の情報があまり入らない集落の様な場所で暮らしていたのだとは想像していた。


 しかし、魔王を知らないということなど本当にあり得るのだろうか。


 ぐるぐると回り続ける思考に軽い頭痛を感じていたときにハルカから、その考え事を軽く吹き飛ばすような言葉が飛び出した。


「たぶん俺……じゃなくて私は、こことは違う世界から来たんだと思います」



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