1-7 現状


「たぶん俺……じゃなくて私は、こことは違う世界から来たんだと思います」


 自分が今置かれた状況を考える度に、同じ答えしか出すことは出来なかった。


 ロゼリアの言った魔王という存在やイヴォーク王国という聞いたこともない国、そして平然と何もない所から炎を発生させる男など、様々なものが元の世界そのものを否定している。


 違う世界に来たと考えた方が色々なことに諦めもできるし、納得もいくのだ。


「違う……世界?」


 呆気にとられた様に俺を見つめて問いかける二人の疑問に答える形で、言葉を続ける。


「おそらくは、という程度の考えですが…… 私がいた場所では、魔王というものは存在していません。それにこの国の事も名前すら知りませんでした」


 創作物の中には魔王は数えきれない程いたが、と言ってしまうと混乱させることは目に見えていたので黙っておく。


「その……言葉が悪くなりますがハルカが単なる田舎者、ということでは無くですか?」


 形の良い眉をひそめてそう聞いてくるロゼリアに向けて、静かに首を横に振った。


「それも考えにくいと思います。あまり詳しく説明するのは難しいのですが、もしその様な存在がいれば世界中のどこでも直ぐに伝わると思いますから」


 少し濁す様にはなってしまったが、馬車の外に見える景色を見る限りではとても文明の水準が現代に達しているとは考えられない。それこそこの世界に住む人達に現代のテクノロジーの話をしても伝わらないだろう。


「なるほど……もしかすると十数年前にも行われていた『界渡り』の魔法をどこかの国が使ったのかもしれません。現状では、その様な魔法に頼りたくなる国があってもおかしくはありませんから」


 考え込むように俯いて黙ってしまったアイリスを横目に、ロゼリアが答えてくれた。意外にもあっさりと受け入れられたのは過去にも同じ様な事があったからなのだろう。


 だがそれよりも、気になったのは別の部分だった。


「『界渡り』の……魔法? やっぱりこの世界には魔法というものがあるんですか!?」


 かなりの勢いで聞き返してしまったがそれも仕方の無いことだろう。先程のベルトという男が使っていた火も、もしかすると曲芸のたぐいという可能性は消しきれなかった。


 しかしロゼリアは明確に魔法と口にしたのだ。


「何を言って……もしかしてハルカの世界にはないのですか?」


 そう聞き返すロゼリアは眉間に作ったしわをさらに深くしていた。


「空想の中だけの話で、実際には全く存在していません」


 その時アイリスは凄い勢いで頭を上げて立ち上がり、顔をかなりの距離まで近付けてきた。


「でもハルカ、貴方がさっき使っていたのは間違いなく魔法でしたよ!?」


 顔一つ程空いた距離に来たアイリスの勢いに乗って、彼女の香りが鼻腔を駆け抜ける。その香りに頭が支配されていく様に感じるのは気のせいだろうか。


 花を思わせるようなその香りは、目の前の女性を無理やりにでも意識させられる。


「ちょっと……近いです……」


 流石に距離が近すぎて何も考えられなくなっていたので、恐る恐る開けた小さな口で告げた。するとアイリスは、その透き通るような白い肌を少しだけ紅潮させて元居た場所に座り直す。


「ごめんなさい……」


 呟く様に言った彼女の言葉が聞こえたが、俺自身も速くなった鼓動を押さえるので精一杯になっている。


「いえ…… さっき僕自身が使ったというと、あの魔法を砕いた時のことですか?」


 場の空気を換える為にもそう聞くと、アイリスは小さく頷いて肯定した。


「あの時の事は自分でも何が起こったのか分かっていない部分もあるんですが、何かの声が聞こえたんです。その声に言われるがままに従ったらあんなことになりました」


 当時の状況を考えながら、起こったことだけをありのまま答えた。今になって考えてみればベルトという男が放った火球も魔法なのだろうが、内側から聞こえた声に従ってその魔法に触れた瞬間に次々と結晶となった。


 あれ以降は全く声も聞こえないので、その正体もわからないのだが。


「内側から聞こえる……声」


 そしてまた考え込む様にしてアイリスは黙ってしまった。少しの間馬車の中は静寂に包まれるが、それを破る様にしてロゼリアが口を開く。


「……まあその辺りは後程詳しく聞かせて頂くとして、まずは魔王について話しておきますね」


 そうしてロゼリアの口から語られたのは、この世界に慣れていない俺にとってかなり現実離れしたものだった。



 魔王とはその文字通り、この世界に存在する魔物と呼ばれる生物達を支配する王の事である。十五年前に突如として出現した魔王はその不可思議な力を持って、烏合の衆だった魔物を従え一大勢力を築き上げた。


 出現した当初に討伐していればよかったのだが、人類は魔王の力を軽視して勇者と称した数人の腕利きを差し向ける程度しかしなかった。その隙に魔王は着々と力を蓄え続け、ようやく人々が危機感を抱いた時には既に一大国とほぼ同格の力を持ってしまった。


 しかしまだその段階では人類は負け続けるという程ではなく、むしろ優勢とさえいえる状況だったらしい。


 なぜならば、魔物に絶対的な王がいるのと同じように人類にも絶対的な王が存在していたからだ。


 それがクリスミナ王国という、今は無き国である。


 王家代々に発現する強力な「結晶魔法」は個人で国さえ落とすと言われ、それを支える絶対的な魔法軍事力と経済力を持った、人類最大にして最強の国家だった。


 結晶魔法という名前から先程の魔法を一瞬だけ連想したが、魔法を砕くだけのものが国を落とせるとは思わないのでおそらく別物だろう。


 しかし三年前の戦争で魔王はクリスミナ王国を落とし、王家は行方不明の者を除いて全員が殺されてしまったという。


 そこから統率の取れなくなった人間達は各地で魔物に負け続けた。


 戦いを挑んでは滅びる国や戦うことを諦めて魔王の軍門に下る国、極めつけは理性を無くした人間同士で戦争をする国さえ存在し、戦況は悪化するばかりなのが現状だという。


 ロゼリアから語られた内容は、想像をはるかに超えるこの世界の切迫した状況だった。


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