第34話 モフの恩返し。薬物ダメ、ゼッタイ(前編)


 前回のあらすじ

 

 性欲をコントロールするためにニムブス(サキュバス的な種族)の巣窟に乗り込んだ主人公。


 果たして、ブッダよろしく性欲に打ち勝つ事は出来たのだろうか?

 


 

「ど、どうでしたか?」


 いつもの神域のオフィスである。


 アルカイック・スマイルを浮かべ、寂然と合掌する男に、女神は恐る恐る問いかけた。


「……世界が違って見えまする。もはやわたくしは世俗の色欲とは無縁の存在……」


「さ、悟りは開けた。と?」


 すると男は困ったように破顔した。


「御冗談を。未だ道なかばなれば……」


「そ、そうですか(困惑)。……ところで今回はお土産とか……」


「神よ。物欲とは、執着とは、いわば認知の機能障害なのです」


「は、はぁ……?」


 男は唐突に説教を始めた。女神はさらに困惑する。


「それを求めた結果なにが起こるかを想像できない――いわば想像力の欠如と申しましょうか」


「……」


「それを求めることで、己が何かの奴隷に成り下がる様をお想いになりなさい。あなたは何者の奴隷でもないはずだ」


「いえ、その……話はすごく分かりますが……お土産はないんですか?」


 すると男は微笑したまま首を振った。


「いえ。今までが今までもありますし、いきなりこちらの都合で取り下げるような真似もできませぬ。殊勝ながら、ご用意させていただきました」


「そ、そうですか」


 女神は笑顔を浮かべ、男も笑顔のまま土産を取り出す。


「では、お納めください。ニムブス界特産のツヤツヤボンデージ衣装でございます」


「だろうと思いました!!!」


「グワー!」


 神の怒りがオレを貫く。


 クソ! また聖痕が増える!!


「いや、仕方なかったんですよ。ニムブスの世界ってあんまり合法的なお菓子とかなくて……」


 だもんで、ぜひとも着ていた抱きたいんですがねぇ。へへへへへ。


「まったく……。何が性欲を乗り越えた、ですか!」


 チッ! バレちゃあ仕方ねぇ。オレはオレのままさ。ただし、


「言っときますけどコントロールには成功しましたからね。成功したうえで言っているわけで」


「消えてないでしょうが!」


「消すこととコントロールできることは違うんですよ。完全に己の性欲を支配下に置いた今、オレは自らの性欲を0にも100にも、自在に操ることができるということです」


 審判の神、ジャッジメントのお墨付きだぜ!


「ならコントロールなさい! 誰がそんなもの着ますか!」


「そんな……ガー様のことだけを想って、あの超ド級エロ殺法の波状攻撃に耐えてきたのに……」


 なんということなのですか神よ。あんまりだ。


「本来なら、ガー様にはがんばったオレの100パーセントの性欲を受け止めていただきたいところなのに」


「そんな義理はありません。あなたが勝手にやったことでしょうに」

 

 相変わらずつれないお人だねぇ……だが、それが逆にオレを高ぶらせる!!


「まぁ、すんなり着てはいただけないと思ってはいたので、おいしいものもご用意してます。さぁどうぞ」


「……それ、食べると『理性が蒸発する』お菓子でしょう」


「ふぁ!?」


 そそくさと取り出したクッキーの詰め合わせを目にしたガー様は、ズバリ指摘してきた。


「ななな、なぜにそれをー!?」


「浅はかにもほどがあります。まさか薬物を持ち込もうとは……」


 待って待って待って! 待って!!


「いえ違うんですよ、これ薬物とかじゃないんですよ。関税通ったし!」


 まさか見抜かれるとは思わなかった!


 ガー様が言った通り、こいつは食べるだけで理性が蒸発するとも言われるニムブス印の名産品らしいのだ。一切の後遺症がないため普通に持って帰れたのだ――が、


 まさかカタブツのガー様が知りおるとは!


「同じことです! 依存性がなくても、そういうものの力を借りて事に及ぼうとすること自体、許したい!」


 ガー様は神器の杖を握りしめてこちらをにらみつけてくる。


 だがその様もまた、お美しい――帰ってきたっていう気がするね!


「……わかった。好きにしてくれ」


 半分は話のネタにでもと思ったのだが、見抜かれては言い訳のしようもない。


「…………まぁ、本物の魔薬まやくの類に手を出さなかったことは評価します」


 ゆ、許された?


「そ、そうなんですよ。いやーあそこってエロいお姉ちゃんがたくさんいるだけじゃなくて、とにかくヤバいブツが目白押しで」


 それらの誘惑に耐えたところも評価してほしいものである。


「それについてはもういいです。それよりも次の転生の話をしましょう。…………それ以外にも何か持ってきてないでしょうね?」


 ――ドキッ!


 オレは言葉ならず動揺した。


「……」


 ガー様ががたりと立ち上がる。


「違うんです! 友人へのお土産でぇ!!」


 これも関税通ったやつだからぁ! ジャッジもセーフって言ってたしぃ!


「あそこのお土産にまともなものなんてあるわけがないでしょう!! いいから出しなさい!」


 その時だった。


 ピーンポーン。と来訪者を告げるブザーが鳴った。


「あ、だれが来たじゃん! オレが出ますね! はーい誰です―!?」


「まだ話は……」





 

 あービビった。なんだよもー。にしてもガー様妙に詳しいな……。


 なんでだ? ……ハッ! まさか、以前悪い男に引っかかって、あそこに通い詰めていたとか!?


 あの場所でガー様はあんなヤバい品の数々を!?


 オレの知らない男と一緒に!?


 クソ! こんなこと考えたくないのに!


 しかし想像してしまう!


 ――――興奮する!


 そこで、ガチャリと扉を開けると、そこにはもふもふとした白いやつが立っていた。


「……失礼する」


「おお、なんだモフ夫じゃねーか」


「なんだはこちらのセリフだ。いきなり恋女房でも寝取られたような顔をしおって……」


 おっと。しまった顔に出ていたか。


「何でもない。性欲をコントロールしていたところだ」


 そうだ。落ち着け。オレはもはやどんな性癖にも動じない力を手に入れたのだ。


 ガー様の過去になにがあってもオレは揺るがない!


 そういう訓練をしてきたはずだ!


「相変わらずお前の言うことはまるで理解できん。……まぁいいだろう。お前にも用があったからな」


「オレに?」


 



 というわけで、とりあえずオレは訪ねてきたモフ夫をガー様のもとへといざなった。


「先日はおせわになりまして。お礼もまだでしたので、改めて参らさせていただきました」


「これはご丁寧に……。本来お礼を言われるようなことでもありませんのに」


 床に三つ指ついて頭を下げるモフ夫にガー様も恐縮している。


「几帳面だねぇ。カルラは来ねぇの?」


「……また騒ぎになっても困るからな。正直お前に近づけたくないのだ」


「なんだとー。恩人に向かってグハァ!」


 文句を言おうとしたところ、モフはなにやらデカくて丸いものを投げつけてきた」


「恩人だと思うから礼の品を持ってきたのだ。受け取るがいい」


 受け取るがいいと言われても、この投げつけられたものは何なのだろうか?


 大きさは大玉のスイカほど、しかし色合いは茶色で、表面はつやつやと光っている。


 まるでデカい栗のようである。――つーかこれって。


「いやドングリじゃねーかこれ。でっか! これがお礼なのか?」


 お土産にドングリって、トトロかテメェー。


「由緒ある神木になる実だ。そうそう手に入るものではないのだぞ?」


 へぇー。しらんかった。


「で、どうすんだこれ?」


「食べるのです!」


 わきからガー様が言った。言って目をそらす。


「……その通り、火にくべれば自然と外皮が割れ、中の果肉をそのまま頂けるようになる。七大世界にもまたとない美味として知られるのだぞ」


「そらぁすげぇな。……てか、相変わらず食い物には我を忘れますねガー様」


 思わず声が出てしまったのか、ガー様は赤くなっているが、まーいつものことだしいいか。


「んーじゃあ。ちょうどいいし、これは女神さまに召し上がっていただきますかね。直火で焼くのか?」


「うむ、直火でそのまま焼くのが習わしだ」


「……バーベキューセットでいいかな」


 オレは自前のバーベキューセットを取り出す。何せデケェからな。ここで焚火すんのもアレだし。


「ダメです!」


 またガー様が叫んだ。


「そんな器具を使ってはなりません! せっかくなのですから……えーと、そうです! こんな時のために神の七輪があったはず!」


 七輪はいいのかよ。てかなんだ神の七輪て。


「待っていてください! 今探してきます!」


 ガー様はパタパタとどこぞへ姿を消してしまった。


 今回お土産がなかったせいか、欲望が止まらなくなっているようだな。


 まったく未熟な神もあったものだ。でもそーいうところも好き♡


「なんというか、こんな一面もあるお方だったのだな」


「んまー食い物のこととなるとどうしてもなぁ」


「……お美しいだけでなく、お可愛らしい方だ」


 ん?


「まー、それはそれとして、モフ夫よ。きいておくことがある」


 二人で取り残されてしまったので、オレは言った。


「誰がモフ夫だ。なんだ? ……よ、寄るな! なんだっ!?」


「気持ち良かった?」


「きも……?」


 一瞬困惑したモフは、意味を悟り、赤面した。


「き、きき聞くなぁ! そう言うことを!!」


 オレは女だったモフの性別を男へと変え、モフ子あらためモフ夫へと変えた。


 そしてモフ夫はあの鳥女と愛を伝えあい、結ばれた。


 ――――ってことはしたんやろ? あの後、夫婦の営みをアレしたんやろ? 


「いや、主治医としてきいておかないとね? ……何か不具合や違和感はありませんでしたか?」


「なにが主治医だ! この……真面目そうな顔しおって……。そんなものはない!」


 それでも一応応えてくれる辺り常識人である。


 からかい甲斐があるというものだ。


「ふむふむ。では参考までに、どんな体位でどのくらいアアアアア!!」


 モフ夫は突如として刃物を掲げ、オレの命を狙ってきた!


 なんてことだ! 患者が狂った!!


 



後半へつづく





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