第18話 天気の女神とニン……ア、アイエェェェ!!(後編)

前編から続けてお読みください。こんなはずじゃなった。きっとニンジャのせい。



「……ござるは言ってない」


 忍者装束の偉丈夫は――この際断言しよう、ニンジャであると! ――手振りを交えてそう返した。


「言ってないよぅ……」


 背後の女神もそう付け加える。


「……」


 男はしばし、状況を呑み込むために沈黙した。そして、


「ほんまや!」


 納得した。


「あ――あまりの事に動転していたらしいぜ」


 そして、またしばしの沈黙。


「……つーか、マジで誰? 知ってる?」


「え……と、警備部の主任の人だと思う」


 女神に耳打ちするとそのように返してきた。じゃあ、キミが呼んだの?


「ううん。わたしもしゃべったことないし……」


 じゃあ、なんでいるんだよコイツ。


「――言伝ことづてを預かっていたのだ」


 うわ、会話に入ってきた!


「言伝――って、誰から?」


「ここの、大元の担当者からだ」


 んん? じゃあなにか? コイツまさかガー様の知り合いってこと!?


「はぁぁぁぁぁ!? あっそう!? へ―そうなの!?」


 はぁぁぁぁぁん! なにが、とか言わんが気にくわねぇ!!


 まさかあのダ女神に男の影があろうとは思いもよらなかった。

 

 つーかオレ以外の男キャラが出てくる時点でおかしいだろ!?


「下衆の勘繰りは止めておけ」


 心読むんじゃねーよ。女子に読ませるのは構わんが男に読まれんのは気色わりーしムカつくだけだ。


 オレは心を殺し――自らの心を戒めた。


「……ほう、隠形滅心の法を心得るか」


 いや、ニンジャじゃねーから。「妨読心具マインドマフ」のスキルじゃボケェ。言い方が一々古いんだっつーの

 

 つーか、「ほう、」じゃねーんだよ。上から来んじゃねーよいちいちムカつく。


「てか、アンタ何しに来たんだよ。お呼びじゃねーんだけど?」


「できることなら、最後まで監視にとどめようと思ってはいたが、仕方があるまい。これ以上の狼藉ろうぜきは見過ごせぬ」


 狼藉ぃ?


「なんかったっけ? 狼藉とか」


「あったよぅ!」


 傘子はようやく取り返した神器を抱えて叫ぶ。


 なんか怒ってる?


「キサマの子女への行い。――尚且つ、神への粗暴なる行い。目に余る」


 へぇーえ? さいですか。


「だったらどうするってんだよ!?  ニンジャヤロー。てかなんなの? コスプレ? それともファッションですかコノヤロー」


「――まずは謝意を示せ。制裁はそれからだ」


 制裁ときたか。鉄拳ですか? もしかしてオラオラですかー?


 はぁー、時代錯誤もいいとこだね。苦情とかきちゃうぜ。


「あ、あやまったほうがいいよ。あのひとスゴく強いんだよ」


 脇から傘子が声を掛けてくる。


 いや、アンタに謝れって言ってんだけどねアイツは。


 しかし、強いねぇ? へぇ―そんなに強いのぉ?


 なるほど、この上から頭ごなしに来る感じ。なるほど強いヤツのパターンだわ。


 で、オレってば、そういう自分が強いと思ってる奴が嫌いだったりするんだよねぇ。


「……」


 ――へッ。ま、とりあえずは、


「スミマセンでした。自分でも調子に乗りすぎたと思います。勘弁してやってください」


 頭を下げた。まぁ、多分にこの娘のせいでもあるんだけど、やりすぎたのはわからんでもない。


 謝罪もむべかるかなというところだ。


 ここに、異論はない。ここにはな。


「ふぇぇ!? あ、うん。分かってくれればいいよぉ。わたしが運が悪いのもあると思うし。わたし、なんだかいつもみんなにイジられちゃうっていうか……神様なのに変だよね」


 そういって、傘子は百点満点のテヘペロをする。


 ――うん。それって運とかじゃねーわ。なんつーか才能? っつーか天性のもんだと思うよ?


「……ならば、あとは説法を説くことで良しとしよう」


 謝意そのものに他意が無いことを見てとってか、ニンジャもわずかに気を抜いた。


 全身に漲っていた刃のような殺気が、わずかに収まる。


「――ハァ? 何言ってんだこのニンジャヤロー。てめぇに言ったわけじゃねーんだよ」


 が、そうは問屋が卸さない。


「……」


「な――何言ってるのぉ!?」


「さがってな。今からこのニンジャをぶっ転がすんでなぁ」


「――愚かな」


 ニンジャはそうつぶやき、踵を返そうとした。


「どこ行くんだてめぇ」


「見逃してやる。のでな。興味も失せたわ」


 ほぉー。言ってくれますな。


「おとなしく、いつも通りに転生するがいい。八つ当たりはその先でするがよかろう」


 へぇ―、いいねぇ煽るねぇ。すっげぇ面白れぇわ。――ただ、それってシャレで言ってんだよなぁ?


「待てや! てめぇがそういう気なら、こっちにも考えがある」


 傘子のためにもあえて言わずに済まそうかと思ったが、そう言う態度をとるなら仕方ねぇ。


 カードを切らせてもらうぜ。


「……」


 野良犬の言葉など介さぬ――といわんばかりに、ニンジャは無言で背を向ける。  


 いーや、逃がさん!


「おまえさー、なんであんなタイミングで出てきたん? ちょっと遅くね?」


 その言葉に、ニンジャは足を止める。


 へぇ、やっぱそういうことか。


「……どういうこと?」


「いや、アイツが出てきたタイミング。遅くない? 最初からいたならもっと早く出てくりゃいいんじゃん。そしたらキミも泣かなくてよかったわけで」


 まぁ、実行犯がいうのは何ですがね。


「……」 


 ようやく意味を介したのか、傘子は再び顔を赤面させて眉根を寄せる。


 うーん怒ってるねぇ。可愛いけど怒ってるよちゃんと。


 その怒りはオレではなくニンジャに向けられている。


 理不尽なようだが、仕方ない。だって、いぢめられてるのをしばらく眺めてたってことだもんな。


「あー、そっかー。お前さぁ、見ちゃったんだろ?」


 というわけで、無慈悲に畳みかけさせえもらうぜ。お前がなんで出遅れたのかまで、オレはとっくにお見通しなんだよ!


 図星だったのか、ニンジャは振り返ってこちらを見た。


 だが、もう遅い。


「――なにを?」


 傘子も問うてくる。ククク、もう逃げれんぜ。


「パンツ」


「パ……?」


 そう、パンツである。


「最初にやったじゃん。ガバーッて」


「い、いいい言わないでよぅ!」


 傘子は焦るが、ぶっちゃけ焦る意味はない。


「いや、アイツも見ちゃってたんだよ、あの時のパンツを。だって最初からいたわけじゃんあいつも」


 傘子はしばし無言で硬直した後――全身を茹で上げられたかのように真っ赤にした。


 そうである。あのニンジャがガー様から話を聞いて最初からこの神域に潜んでいたんだとするなら、あのパンツガバーッ、も見ていたはずなのだ。


 で、それで気まずくなるのがアレだったから、出てくるのをシブってたわけだ。


 はぁぁぁぁぁあああああ!!!! カッコわるぅー!


 思春期の坊やですかァー!?

  

 なに意識しちゃってんのぉー。


 ぶひゃひゃひゃひゃひゃ。

 

 言葉に出さず、あえて心の声を聞こえるように防読心具マインドマフのスキルを解いた。


 ニンジャは沈黙したまま、こちらに向き直っていた。


 余裕で腕を組むのもやめ、立ったまま、あらん限りに四肢を踏ん張り、全身を一個の拳とするがごとく、憤怒を湛えている。


「なにキレてんだてめぇー? つーかてめーこそこの娘に謝れよこの覗きヤロー」


 ニンジャは応えず、一歩こちらに向かって歩を進める。


 まるで地をどよもすかのような一歩である。


「……知古の頼み故、見逃そうと思ったのが、そもそもの間違いか……」


「っせーな。だいたいなんでニンジャなんだよてめー。どの辺が神なんだよ」


 対するオレも、当然ニンジャに向かって進む。逃げる気も、それる気もねぇぜ?


「アレが手を焼くのも無理からぬな……聞きしに勝る邪鬼!」


 なに親しげに俺の女神様のことをアレとか言ってんだてめぇ!? ちょくちょく親密度をアッピルしてんだぁ!? あぁ!?


「え~? なんですか―? きこえなーい。なんかの忍術ですかぁー。それとも恥ずちいのかなぁー? てかなんでニンジャなのマジでー」

 

 距離が縮まる。とっくに間合いだ。それでもなお互いに、まっすぐ、接近し続ける。


「今なら、まだ謝罪で済ます用意もあるぞ」


「いや、その前になんでニンジャなのかを言えよマジで」


「その辺にしておけ――」


「だから、なんで神のクセにさー。あれ? 神なんだよね? それともコスプレしただけのおじさんったりします? ――」


「――それで、なにかの!」


 ニンジャヤローの身体が沈み込んだ。力をためるように、全身が引きしぼられる。


「揚げ足を取ったつもりか――ッ!!」


「――どっちかっていうと――」


 同時に、オレも跳ぶ。手には愛用の短剣が握られている。


「素朴な疑問なんですけどぉーッ!!」


 これはマジだ。いろいろあってムカつくのは確かだが、何はともあれなんでニンジャなのかは確認しておきたかった。


 ――が、今となってはどうでもいい。


 まずは、コイツを全力でボコる。異世界転生者なめんじゃねーぞ?


 交差する。


「――ぷぁッ!」


 その瞬間、突き立てようとした短剣は弾かれ、砲弾みてぇな拳が飛んできた。


 間一髪かわす。――が、どうやら近接戦じゃ分が悪いらしい。


 やっぱ見掛け倒しじゃねーなコノヤロー。


「上等だ!」 


 出し惜しみはしねぇ! 最大戦力で一気に潰す!!


 一足飛びに距離を取った男は両手を組み合わせ、連続で印を結んで一種のキネトグリフを生成する。


 ――難しく考える必要はない。要はみなさんご存知のアレだ。


 ――そう、忍法・口寄せの術である!


 忍法には忍法! オレにも覚えがあるのさ。昔スーパーニンジャ大戦に参戦した(させられた)ことがあるからな!


 さらに、手で術が使えるなら、口を遊ばせておく必要はない。


 オレは印を結び続けながら同時に無詠唱魔術を行使しつつ、さらに「同意並列処理」と「高速詠唱」のスキルを使用する。


 コレで二ダースに及ぶ行動選択を同時にこなせるわけだ。


 攻・防に必用なスキル・魔法・術式でバフ・デバフの類いを縦横に展開していく。


 俺ほどになれば、格闘をこなしながらでもこれぐらいできる訳なんだが――


 あのニンジャ野郎、今の一交差で姿を消してやがる。


 しかもこっちの索敵にまったく引っかからねぇ。


 どんな手を使ってやがる?


 ――いや、構うか!


 どこに居ても関係ねぇ!


「口寄せ、大召喚!!! ――来たれ! 機蟹王きかいおうメガルギノス!!」


「アッサーム!!!」


 神域――つまりを空間そのものを揺るがすようにして、鋼鉄の巨蟹が出現する。


『思ったよりスゲーの来た!』


 軽く見積もっても200メートル以上はある。


 しかしなぜコイツは紅茶の銘柄を叫んでいるのだろう? 鳴き声? カニって鳴くんだっけ?


「――どっかにニンジャっぽいのが居るはずだ! 探し出してチョッキンしろメガルギノス!」


「アッサーム!!」


 メガルギノスは巨大なハサミをジャキジャキやって意気込みを伝えてくる。うむ。やる気は十分だな。とりま、言う事は聞くようだし、問題なさそうだ。


 メガルギノスは武骨なマシンボディーの腹部を開くと、そこから大量の子機――のような、つまりは小さなカニを大量に放出した。


 なるほど、コイツ等を使って探そうってことか――こいつメスなんだろうか? それともただのメカなのか……。


「「「「「「アッサーム!!!!」」」」」 


 まぁ、みんなやる気みたいだし、いいか。


 個にして一軍ってところか。なるほど最上位の戦闘ユニットってのはマジみたいだな。


 そういや、傘子は大丈夫だったか?


 潰れてたりしなきゃいいが――。


 しかし、その心配はまったくの杞憂きゆうに終わる。


「アッサム!?」


 轟くような声と共に、メガルギノスは巨大なハサミで頭上から降っていた岩石を受け止めた。


 降ってきたと言っても、それは隕石の類いではない。まるで粘土のように引き延ばされた宿が変形して鎌首をもたげるよう伸びてきているのだ。


 無論、その鎌首は一本とは限らない。


「――どうなってやがる! ここは神域じゃねぇのか!?」


『――忍法、大岩宿おおいわやどの術――』


 どこからともなく声が響いてくる。


 マジか。あのニンジャ野郎……こっちがユニット召喚する間にフィールド召喚してたってのか!?


 この空間全てを!? こっちの探知を全部すり抜けて!?


 嘘だろ!? ――速すぎる!!


 つーか普通に忍法とか言ってんじゃん。やっぱ神じゃなくて本業ニンジャだろアイツ!


 ――が、相手の思惑を察するいとまも、驚愕に打ち震えるひまさえも残されてはいなかった。


 周囲を、或いは地平の彼方までをも埋め尽くす岩宿は、その全てが波打つ波濤の如く流動し、雪崩を打ってメガルギノスへ殺到してくるのだ。


 子機達は一気に押し流されてしまった。


 それはそうだ、足場の全てが岩石の硬度を持ったまま流動するのだ。


 いかに機蟹王きかいおうとはいえ、これを受け止めきれるはずもない。


「クソ――しょせんただの岩だ。掘削しろメガルギノス!!」


「アッサーーーーーム!!!」 


 メガルギノスは体中から掘削用のカギ爪を生やすと、それを駆動させて岩の中を遊泳し始める。


 まずは、これで良し。


 ――あの野郎、土属性いや、地属性なのか!?


 それとも属性なんて関係ないのか?


 とりあえず見つけださねぇ事には……


 瞬間、凄まじい衝撃に見舞われる。


 ――今度はなんだ!?


『土遁――多重積神岩たじゅうせきじんがん』  


 再び出所のわからない声が響く。


 次いで、凄まじい圧力がメガルギノスにのしかかってくる。


 なんてこった! 野郎、上から大岩を――いやこんなもんもはや「地盤」じゃねぇか!


 港区ぐれぇはゆうに乗せられるぐれぇの馬鹿でかい「岩盤」が連続で降ってきやがる!


「ア゛、ア゛ッザム――」 


 もはや、次々のし掛かってくる質量の桁すら予想がつかない。


 大地を、そのままぶつけられているようなものだ。


 如何に強靭なメカニカルボディーを誇るメガルギノスと言えど、この質量を受け止め続けることは出来きない!


「も、戻れメガルギノス!」






 地上。巨大な質量の暴力にて相手を土中深くに押し込めた神――ニンジャはそれを岩宿の上より見下ろす。


 ――こんなものか。


「しょせんは転生者。――ムキになりすぎたか」


 その自戒の言葉を聞き知ったか否かは不明だが、――返答は日本列島1ダース分をゆうに凌ぐほどの大質量を粉砕することによって成された。


「――ほう」


「みぃぃぃぃーーーーーつけたぁぁ!!」


 ピンポイントで飛んできたのは、いましがた大地そのものと言える岩盤を切り裂いた大剣であった。


武器庫全解放アサルト・アーセナル・エンゲージ! ――全兵装一斉掃射ソードバレット・フルブースト!!」


 度重なる異世界転生で手に入れた聖剣・魔槍・仙斧・神弓・霊槌から、さらには戦車や攻城兵器に至るまで、ありとあらゆる超兵装の数々であった。


 どれも、一つの世界で究極を極めた一振りだ。


 それを惜しげもなく、まるで使い捨ての石くれの如く射出する。


 着弾した刀剣類が余波だけで岩盤を砕き、怨敵の周囲を不毛の死地へと変えていく。


 もはや水爆核のつるべ打ちですら比較にならない。

 

 地表を、或いは一つの文明を更地にできるほどの大破壊である。


「――――クソが!」


 だが、それほどの超破壊を行いながら男の顔色は優れない。


 怨敵は、――このニンジャは健在であった。


 直撃は皆無。


 余波による破壊ですすら、彼の立つ周囲の岩盤を削っていたに過ぎない。


 すべてさばき切っていたというのか!?


 さらには、本来は魔素・放射線・猛毒による汚染で生きているられるはずがないのだが、かの偉丈夫はそんなものを露程にも気に駆けず泰然としている。


 ――なんでだ!? 


 男はこれ以外も、即死系スキル&魔法・因果律、運命操作・現実改竄・時空間侵食・イデア干渉・情報汚染と、ありとあらゆる術理を用いてこの相手を阻害しようとしていたが、そのどれもがまるで効果を発揮しない。


 効かない、というよりも、届いていないような感触がある。


 ヤロウが神だからってことか!?


「えーやだもー。なにこれ―」


 それってチートじゃん! はぁぁぁぁぁ。なえるわー。


 ――相手がこういうチートしてくるとマジで冷めるよね。チートとかカスだよカス(クソブーメラン) 


「くっそ、どうすっかな。帰るか?」


 勝負にならん。チート野郎相手に真面目にやるってのも……


「ん?」


 男の視力は、当初の位置から一歩も動いていない怨敵の挙動を見逃さない。


 偉丈夫は、腕組みしていた腕を解き、指を立てた手の甲を向けてくる。


 そして、手招きするように、クイ、クイっと空を掻く。


『どうした、来ないのか?』


 と。


「――や、やろォォォォォッッ!!!」


 上等じゃねぇか! ――この上は、直にぶん殴る!


 虚空を蹴って飛翔。次いで急加速し、一気に音速を超える。


 「フロート」みたいな魔法に頼るのは危険。問答無用で掻き消されてる可能性がある。


 武装も召喚ユニットも効果がない。直接干渉系の魔法もスキルも意味がない。


 よって、いま頼れるのはおのれの五体のみ!


「それならそれで、やりようはある!」


 男はおのれの内部で、そのステータスを急速に書き換え始める。

 

 彼には複数の冒険で獲得した無数のステータス表記が存在する。


 「架空想定」と「多元存在」、「多次元干渉」のスキルを総動員して、これらの種別の異なるステータスを「別の自分」のステータスと定義する。


 そしてこの別々のステータスを一つ一つ、今の自分に加算していくのだ。


 いわば、無数の次元に存在する自分のステータスを一時的に借り受け、数値的に統合していくわけだ。


 ――直接的にステータスをイジって、「無限」とか出来ない訳じゃねーが、それをやるとキャンセルされる恐れがある。


 つうか、予感がする。


 おそらくだが、世界の法則みたいなものに直接干渉して書き換えるなんてやり方だと、神には通用しないってことだ。


 なら、間接的にステータスを強化して、物理で行くしかねぇ。


 地道に積み上げた物理的ダメージなら、ヤツにも届く。


 ただの勘だけど、多分当たってるぜ。 


 ――クロックアップ開始。


 ――高速演算スタート。 


 ――専用の「ステータス編集」スキルを作成


 ――各種ステータスを選別


 ――基本ステータスを固定


 ――ステータス収束


 ――ステータス複製


 ――ステータス重複


 ――ステータス編纂


 ――完了


 ――ステータス多重累積開始


 ――完了 


 ――全ての「数値」を「身体能力」の項目へ統合。


 ――完了


 ――全ステータス、圧縮


 ――完了


 ――――全行程、オールクリア。



 全ての作業は瞬きほどの間に完了した。


 あとはこの身体を一個の彗星と化し、拳を叩き付けるのみ! 


 蹴り足の速度が上がりすぎ、周囲の大気は既に炎上している。


 残した軌跡にはプラズマが極大の渦を巻き、次々に弾けては鈴なりの太陽を生成する。まるで天駆ける一匹の火焔龍のごとく。


 ――はは、スゲェな。物理法則の方がまるでついて来れてねぇ。


 そして、ついにはあのニンジャ野郎の喉元まで肉薄する。

 

 ――どうだ、正面喰らって後悔しやがれ!



「――――――――――惑星ほしよ、戦慄わななけ!」



 ――これが、現状考え得る、オレの最強の一撃だ!!!!!



命名・星砕きスター・クェイク!!!」



 



 しかし、星も敵も砕けることはなく、ただ目の前が真っ暗になった。


 赤熱する拳は空を切る。


 分身である。


 拳を打ち付けたのは、分身だったのだ。

 

 なんとも初歩的な忍術だ。


 しかし、その初歩的な術を用いてやったことは、筆舌に尽くしがたい、絶技と呼んで差し支えない所業であった。


 分身を囮に、本体は向かってくる相手に近接する。


 そして虚を突いた一瞬の間に、脇から正確にカウンターを見舞い、十分な余裕を残して離脱。


 なんという精密で無駄のない戦術・体術・そして胆力であろうか。


 ――いや、嘘だろ? 今のオレは人類を1000度は滅ぼせる超巨大隕石みたいなもんだぞ? ――


 ――何をそんな冷静に、弱パンチでカウンター取ってんだよ――


 ――――こんなに遠いってのか?


 まるで、相手の拳技を花拳繍腿かけんしゅうたい※とあざ笑うかのような――否、教示するかのような挙動であった。


「知るがいい――これが、神だ」


 ――だから、神云々の前にてめぇニンジャじゃねぇーか……――


 ――駄目だ……ツッコミすら、ままならねぇ――


 完敗――だ。

  

 堕ちる。――落される。


 空間はいつの間にか、見慣れた神域へと戻っていた。


 男はそのまま、深と静まった床に出現した魔法陣の中に吸い込まれていく。


 女神の扱うそれとは異なり、まるで奈落の大穴を思わせる、それは巨大なうろだった。


「次はなんの特典も無しの転生だ。せいぜい、――腕を磨くことだな」


 ――チク……ショウ――


 そこで、男の意識は断絶した。

 

 男を呑み込んだ魔法陣は消失し、再び、神域に静寂が戻る。


「……あの」


 傘子は恐る恐るニンジャ――否、忍神にんじんと呼ぶべきか――に声を掛けた。


「うむ。……大事ないか」


「あ、はい。……でもそうじゃなくて」


「構うな。負傷などしていない」


 あれほどの激闘を経ても無傷だというのか、あるいは傷のうちに入らないということなのか。


 余人の眼にはうかがい知れないことであった。


 ――が、傘子が問題にしたいのはそうことではないようで、


「そうじゃなくて、――その、それって私の仕事……なんです、けど……」


「……む」


 これには忍神も返す言葉がなかったらしい。

 

 というか、結論から言うなら、最初からこの男が業務を代っておけば何の問題もなかったわけである。 


「……すまん」


「はぅぅ……。わたし、何しに来たのぉ……?」


「……すまん」


 ホロホロと涙をこぼす傘子を前に、忍神のわずかに戸惑うような声がコダマするばかりであった。 











※補足


花拳繍腿(かけんしゅうたい)


武術用語。花拳とは花で飾りつけられたような拳、繍腿とは刺繍をしたような腿という意味で、見た目ばかり華やかで中身が伴わない技や武のことを言う。


魔法少女とかがたまに使う。


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