エトワール!
杏
第1話 なんてったって
「――次は香坂ひかりちゃんです。華やかな黄色のドレスは春にぴったりですね。ひかりちゃんの新曲、『花かんむり』です、どうぞ!」
司会者の紹介とともに、私はステージに飛び出した。マイクを握りしめ、一礼して歌い始める。
春の花と言えば なあに
さくら なでしこ 菜の花 もも
そうね 私は たんぽぽかしら
春の訪れを告げる使者
たんぽぽの 花かんむり
あなたに ひとつ あげるわ
スタジャンには似合わないかしらね
花言葉は 「愛の信託」
あなたが 好きです
バンドの演奏が終わり、司会者の「ありがとうございました!」の声。大きな拍手が私を包み込んだ――。
私が芸能界にスカウトされたのは中学二年生の夏のこと。歌手やアイドルに興味はあったけど内気で引っ込み思案な性格上、少しためらった。「せめて話だけでも……」と言うスカウトマンや母の励ましの言葉に背中を押され、事務所内のオーディションに参加。晴れて合格し、歌やダンスのレッスンを重ねて「スターダスト・エチュード」でデビューしたのは半年後の事だった。キャッチフレーズは「輝け!星(エトワール)」。こうしてアイドル、香坂ひかりが誕生した。
「ひかりちゃん、今日も良かったよ!」
「お疲れ様!」
「ありがとうございました!」
スタッフさん一同に挨拶して、楽屋に戻る。ステージ衣装を着替え、マネージャーの伊藤さんの元へ向う。その時、「ひかり」と声をかけられた。その心地よいテノールは振り向かなくても誰か分かる。
「進也!」
「お疲れ。新曲いい感じ。ファンの掴みもいいし。ヒット曲になりそうじゃん」
「そう?ありがとう」
つい頬が熱くなる。
「じゃ、俺このあと収録あるから」
「頑張ってね!」
すれ違いざまにさり気なく手が触れ合う。
進也がスタジオに向かったあと、私はさり気なく周囲を確認する。今のは誰にも見られていないはず。
「ひかり!」
今度は別の明るい声。振り返ると見知った顔が二つ。同期の原田花梨と酒井千秋だ。
「いつからいたの?」
「いつからって割とずっと。ひかりと進也が喋ってる時かな」
「というより、俺たち最初は三人でいたんだよな。それでお前が来るのが見えたから、気を利かせて脇に避けた」
「感謝してよね~」
「ちょっと花梨、声のボリューム!」
私はあわてて花梨の口をふさぐ。
「大丈夫だって、誰もいないから、ね?ひかりと進也がイチャイチャしてるとこなんて誰も見てないよ」
「もう、花梨ったら!」
私が顔を真っ赤にしている横で千秋は苦笑い。
「花梨よせ、これ以上からかったらひかりがゆでだこになっちまうって。……ところでひかり」
急に千秋が声を潜めた。
「最近、マスコミがかなり動き回ってるらしい。大丈夫だとは思うけど、気をつけろよ」
「マスコミが?いつものことじゃないの」
「そうじゃなくって。どうもネタ切れらしくちょっと不自然な動きをしたらそれをひどく大げさにして書かれる危険性があるってこと」
「二人のことは俺たち四人の秘密だ、まだマネにもばれてない。アイドルは人気商売だ、堕ちてからじゃ遅い」
二人ともいつになく真剣な表情だ。
「わかったわ、ありがとう二人とも」
「お~い!どこだ、ひかり~~!」
この声は……マネージャーの伊藤さんだ。二人と別れ、待ち合わせの場所へと急ぐ。
「あ、いたいた。そろそろ局を出ないと衣装合わせに間に合わないぞ」
「ごめんなさい、花梨たちと喋ってたの」
「ホント仲良いな、同期の絆ってやつか。けど、間違ってでもスキャンダルはご免だからな」
「はーい、わかってます」
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